【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第12話 黒猫は恋する

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 マネージャーの仕事は思っていた通り忙しく、俺にしては珍しく毎日忙殺されるほどの忙しさで、第一営業部にいた時よりも外回りの営業の頻度はだいぶ減り、デスクワークが中心となっていた。
 社員教育や会議、日々上げられる稟議書類の処理に追われているうちに、気が付くと時間はあっという間に過ぎていて、季節はもう夏だというのに、俺は未だに彼女に会えていなかった。

 それから更に季節は過ぎ、秋も深まった10月。
 新卒社員達のOJTも終わり独り立ちして早3ヶ月が経つ頃、社会の波に揉まれて、配属されたばかりの頃の学生気分はすっかり抜けて顔つきもだいぶ精悍になり頼もしくなってきた。

 漸く一連の流れが一段落してホッとしたのも束の間、もうあと数ヶ月もするとまた新卒社員が入社してくる。その時期にはついこの前までひよっこだった新卒社員達が、今度は先輩社員として指導する立場になるわけだから、なんだか不思議な気持ちになる。

 本社メンバーはもちろん、元々支社採用だったメンバーも研修修了と同時に支社に配属になってから、徐々に作ってきた足場も固まり始め、配属された新卒社員達は皆それぞれようやく社会人としての一歩を踏み出したという所だろうか。

 そして、大体このくらいの時期になると、新人の中でひとりくらい大きな成果を上げるやつが出てくる。
 今年は誰が1番にでっかい成果を上げて来るか、管理職の中でそんな話がチラホラと出始めた矢先の営業部全体MTGで、第一営業部からとんでもない成果を上げた新人がいるとの報告が挙がった。

 先日、俺が日本独占販売権を獲得してきたばかりの海外の某有名雑貨ブランドのショップを、新人社員が全国展開しているショピングモールにて出店する契約を取ってきたとの事だった。

 正直、新人が受注できるような案件ではない。
 一体どこのどいつがどうやって獲ってきた?

 いくら他人に興味のない俺でも流石にこれはかなり興味を引いた。
 少し前のめり気味に話をきくと、その新人とは…今俺が最も興味を引いている彼女、仲原 名月…その人だった。

 吃驚を通り越して、最早感嘆の息しかでなかった。

 そして俺ははたと思った。これは彼女と会えるチャンスではないか、と。

 それからの俺の行動は早かった。

 案件担当者としてすぐにでも会いに行くためにMTGの手配をした。
 そして顔合わせの日程を整え、仲原さんの上司であるマネージャーにメールをすると、思いもよらない返信が返ってきた。


 "流石にマネージャーと新人で、という訳にはいかないし、話にならないだろうから話のわかるやつを寄越す。"


 そして、当日は第一営業部から彼女の上長であるサブマネージャーの楠木が挨拶にきた。

 うん、まぁ……そうなるよな。

 わかっていた事だが、漸く会えると思っていたので、流石に柄にもなく意気消沈した。

 もうすぐ冬を迎えるというのに、俺は相変わらず彼女に会えていなかった。



 ◇◇◇



 あの案件からメキメキと頭角を著した彼女は、あっという間にトップ営業の仲間入りを果たし、営業部内に留まらず社内で一躍有名人となった。

 俺としては、彼女が正当な評価を受けられているこの現状をよかったと心から思っているが、彼女本人はどう捉えているのだろうか。
 あの時の自己評価の低さから察するに、すごい勢いで謙遜をしている姿が目に浮かび、堪らず忍び笑いをする。


 あー……会いたいなぁ……


 気がつくとそんな事ばかり考えている。全くもって俺らしくない。
 だけど、会いたい気持ちは日に日に募っていき、次第に俺の中で大きくなっていった。


 でも、会ってどうするのか?その先は?

 会いたい気持ちだけが先行しているが、いざ会えたら俺はどうしたいのか、考えてみたが……ノープランだ。いくら考えてもわからない。

 ただ、会いたい、それだけ。

 その気持ちだけが俺の心を占めていた。

 彼女から俺に会いに来ることはないのだから、いっその事俺から会いに行けばいいのだろう。だけど、そんな簡単な問題でも無いことも理解しているつもりだ。

 それはそうだろう、他部署のマネージャーがいきなり新卒社員に会いにいくなど、彼女の立場を脅かしかねない。
 ただでさえ俺も彼女も目立つので、彼女のためにも余計な波風を立てられない。変な噂を流されて困るのは俺じゃない、彼女なのだから。

 人付き合いが苦手と言っていた彼女の事だから、きっと足場を固めるのに並々ならぬ努力をしたはずだ。俺の軽率な行動で彼女の努力を台無しにする事は絶対に出来ない。
 そう考えると、リスクを犯してまで積極的に会いに行こうとは思わなかった。

 それにただ漠然と会いたいと思っているだけで、特段会いたい理由もあるわけではないから行動も起こせない。

 気づけば季節はもうすぐクリスマス。
 焦れる日々が過ぎていく。

 相変わらず俺は日々の業務に追われているが、気分転換のクライアント訪問や、部下のアポイントに同行して外回りをする機会も増えてきて少しばかり余裕が出てきた気がする。
 そして、あれほど苦手だったデスクワークも、以前程苦では無くなってきていた。


 確実に時間は過ぎていっている事に、俺は若干の焦りを感じ始めていた。



 ◇◇◇



 ある日の午後、部下と訪問するアポイントの件で小会議室で打ち合わせをして部署に戻る帰り道、俺はタバコを吸う為に珍しく喫煙ルームに立ち寄った。
 俺は基本的に気分転換を兼ねて屋上でタバコを吸っていたので、喫煙ルームにほとんど寄り付かないのだが、この日は後にも仕事が詰まっていたため、手早く喫煙ルームで済ませることにしたのだ。

 この時の判断が、後に俺達の関係をより複雑にするという事に、この時の俺はまだ気がついていなかった。


 喫煙ルームに入室すると、たまたまその時間は喫煙ルームには先客は誰もいなかった。誰かいても面倒だったので都合がいい。

 俺は窓側の席に座り、缶コーヒー片手にスマホでメールチェックをしながらタバコをふかしていると、今年の新入社員と思しき2人組が入室してきて向かいの席に座り、何やら楽しそうに会話をしている。話題はひとりの女子社員についてだった。かなり大きな声で話していたから嫌でも会話が耳に入ってくる。

 学生かよ、他所でやれ。

 耳障りだしめんどくさいなと思い、撤収のため席を立ったその時、2人組から思いもよらない名前が飛び出し俺は瞠目して固まった。


「そういえば、一営の仲原さん、最近超可愛くなったと思わない?」


 仲原…って彼女か?

 俺は思わずもう一度着席し、話に聞き耳を立てる。他の女の話は耳障りだが、彼女の話題なら別だ。
 怪しまれないようにタバコに火を着け、適当にふかしていたが、2人組は話に夢中で俺の事など目に入っていないようだ。


「それ、俺も思ったわ。垢抜け感半端ないよな。研修の時は、ぶっちゃけ、マジメかよって思ってたけどさ~。すげーよなぁ…いきなりデカイ案件も当ててさ。」

「今の仲原さんなら、俺付き合いたい!いや、むしろ付き合って欲しい!バッチリメイクなのにあのホワホワした感じたまんないわ。」


 垢抜けてバッチリメイク……

 以前会った、清楚な可愛らしい彼女からは全然想像がつかないが、話によると今は今で可愛いらしい。
 それは是非とも一度お目にかかりたいと、外見についても若干興味が湧く。

 遠目でもいいから一度見に行くか。

 俺に気がついた時にどんな反応するか楽しみで、ふと含み笑いが零れそうになる。

 気がつくと仲原さんの事ばかり考えている自分に呆れ気味に自嘲すると、再び2人組の話に耳を傾ける。


「いやいや、お前じゃ無理だわ。ほら、二営の出来るヤツいたじゃん?研修でリーダーやってたやつ…」

「えーと、鈴木?」

「あー、そうそう、鈴木。仲原さん、アイツと付き合ってるよ。」



 は?え?嘘だろ……付き合う?
 同期の恋人ができたのか……


 衝撃が走り、途端に目の前が真っ暗になった。


「え、マジ?うわー、アイツやるなー。いつから?」

「研修の時から。なんか大学も学部も一緒だったみたいだしな。美男美女でなんだかんだお似合いなんじゃね?」

「うわー、マジかよ。じゃあ最近可愛くなったのは、鈴木のおかげかよー。くそー!鈴木め、爆発しろー!」

「だな、爆発しろ!あ、やべ、そろそろ戻らないと。」


 嵐のようにやってきた2人組は、騒ぐだけ騒いでまた嵐のように去っていったが、俺はあまりの衝撃にその場から動くことが出来なかった。

 俺の世界から一気に色がなくなった。
 胸が痛い。苦しい。
 あれ、息ってどうやって吸うんだっけ…呼吸が出来ない。
 辛い…辛い…辛い…
 なんだ、この胸を抉られる感情は……
 こんな感情、俺は知らない。

 身が引き裂かれそうだった。

 他人に興味が無かった俺が、初めて興味を持ち執着した。
 彼女のことを思うだけで温かくなれたこの気持ちはなんだ?
 こんなに彼女のことばかり考えるのは?会いたいと思うのは?
 そして、こんなに胸が痛むのは何故?心揺さぶられるのは?


 考えて考えて、そして、俺は結論づける。

 この気持ちに名前をつけるとしたら、それは間違いなく『恋』だ。


 あぁ、そうか……俺は彼女が好きだったのだ。

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