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第一章 黒猫の恋
第13話 黒猫は自覚する
しおりを挟むこの胸が締め付けられるような痛みと身が引き裂かれるような切なさの正体は『恋』なのか。
今まで生きてきた中で、一度だってこんな想いを抱いた事はなかったが、一度『恋』を自覚するとなんだかストンと納得できた。
それなりに男女経験はあるが、全て、来るもの拒まず去るものは一切追わず…そんな状態なので、俺から人を好きになった経験は0だ。
そもそも他人に興味がない俺が誰かに執着するなど、極端に言えば0か100 しかない。よっぽど嫌いかとっても好き以外は存在しない。
と言うことは……
彼女の事はとっても好き、すなわち恋しか有り得なかった。
俺は彼女に恋をしている。
それも恐らく初恋だ。
そして、恋の自覚と同時に俺は失恋をしたのだ。
心揺さぶられるのは"恋をしていた"から。
こんなにも胸が痛むのは"恋を知った瞬間に失恋をした"から。
俺がもたもたしている隙に、まさかこんなに早く彼女が既に誰かの物になってしまっているとは、夢にも思わなかった。
完全に俺の失態、落ち度である。
彼女に会おうと思えば会えたのに、なんだかんだ理由を付けて、会いに行かなかった自分のヘタレ具合に腹が立って仕方がない。だけど、後悔しても全てはもう遅いのだ。
俺は彼女に恋をしている。
仲原さんが好きだ。
漸く自分の感情を理解すると、後悔、嫉妬、焦り、また後悔…の感情が寄せては返す波のように順番にやってきて、俺の心をジリジリと苛み胸が痛んだ。
あまりの痛みに呆然としていると、いつの間にか吸っていたタバコが根元まで灰になっていた。
気が付いた頃には全て終わっていた…まるで、今の俺のようだな。
俺は軽く自嘲しそれを灰皿に押し付けると、別に吸いたかったわけでもないのにもう一本タバコに火を着け、それを気持ちを落ち着かせるように大きく吸い込んだ。そして、それを一気に吐き出す。
タバコの煙が目に滲みたのか視界が滲んできて、俺はギュッと目を瞑ると額に手を当てて天を仰いだ。
27年間生きてきてこんなに人に固執することなど、ただの一度もなかったし、まさかこんな気持ちになるなど思ってもいなかった。だから、今更こんな感情を抱くなんて自分でも吃驚している。
彼女は魅力的なのだから、遅かれ早かれこうなるのはわかっていたのに、いつまでもグズグズとしていた自分の馬鹿さ加減には流石に呆れてものも言えない。
逢いに行く勇気がなかったヘタレ自分が悪い。
彼女はもう他の男の物になったんだ、だからもう諦めろ。
会う前でよかったじゃないか。
女は彼女だけでは無い。
たかが女ひとりに固執して感情を振り回されるなんてごめんだ。
そう自分に言い聞かせるが、思い浮かぶのは彼女の事ばかり。
思春期の子供かよ、と自嘲すると同時にどうしようもない程の切なさに襲われ、胸がギリギリと締め付けられるように痛んだ。
彼女は他の男のものだ。
さっさと会いにいかなかった俺に付け入る隙はない。
でも、そんなに簡単に諦められるわけがない。
だから……
ただ密かに想い続けるのはいいだろうか。
それくらいは許して欲しい。
今まで他人に興味を持った事のない俺が、唯一彼女にだけは興味を引いたのだ。当分この感情は引き摺る事になるだろう。
だけど、それで構わない。
そう結論付けると、俺は心を決める。
ならば、俺は見守ろう。彼女が幸せであるように。
いつか助けが必要になったら、その時には手を差し伸べられるように。
そして、彼女がもしも幸せでないのであれば……
その時は俺が彼女を相手から奪ってでも幸せにしてやる。
決めてしまえば嘘のように心は楽になった。
時間がかかったっていい。虎視眈々とチャンスを伺えばいいのだ。
それには早く俺の存在を認知して貰わないといけない。
どうやって?
接点を自ら作って行けばいい。仕事で関われるように。
幸いにも第一営業部と第三営業部は関わりが深いので、大所帯の第一営業部に影響を及ぼすくらい、俺が仕事で成果を出せばいいのだ。
時間がかかってもいい。
彼女に俺を知って貰いたい。認知して貰いたい。
そして、あわよくばその瞳に俺を映して貰いたい。
あの意志の強そうな綺麗な瞳に俺だけを……
そう思ったら、気分が高揚して下半身の自身が昂り身体が熱くなり、ぶるりと身体が震えた。頭を振って、気を鎮める。
「……片想い、か。らしくねぇなぁ。」
こんな感情初めてだ。
まずは敵情視察でもするかな。
第二営業部の鈴木とやらのツラを拝みにいくか。
俺は大きく嘆息すると、手元の吸いかけのタバコを消して喫煙所を後にした。
◇◇◇
それからの俺は、今までよりも一層仕事に打ち込んだ。
管理職の仕事はもちろん完璧にこなし、獲得してきた案件についても精度を高め受注確度を上げるようにしてから、第一営業部に引き継ぐようにした。
その地道な努力の甲斐があってか、いつからか俺の案件は営業部内で重宝されるようになり、部長以上からは『行けポン案件』、営業達からは『猫さん案件』と呼ばれる程にまでなっていた。
そして気が付いた頃には、俺の案件は、誰でも担当出来る案件から役職以上対応かつ部長がアサインメンバーを決定する案件へと価値を上げていた。
彼女への想いを自覚したあの日から、がむしゃらに仕事に打ち込んでいたら、気がつくとあれから1年半の歳月が流れていた。
部下からの情報によると、全く嬉しくないことに、彼女と鈴木は未だに続いているらしい、との事。
だが、そんな事は俺には関係ない。
相変わらず俺は、諦めることなく彼女を想い続けている。
我ながら未練たらしく往生際が悪いとは自覚しているが、諦められ無いのだから仕方がない。
心が彼女を求めているのだから、俺に諦めるという選択肢はなかった。
恋心は理屈ではないのだ。
だが、そんな長く続く膠着状態の関係にもほんの少しばかり進展があった。
彼女が昇進する事が決まったのだ。
今やトップ営業の彼女は入社2年目の昨年、チーフへ昇進し、3年目のこの春、更に昇格して彼女はリーダーの役職を拝命する。
リーダーともなると、間もなく管理職の仲間入りだ。
となると、月に一度の管理職以上の会議である、営業部全体MTGに参加する事になる。
また、俺の案件へのアサインもリーダー以上が対象になるので、今後彼女に振られるようになり、打ち合わせや引き継ぎなどで顔を合わせる機会が出てくるのだ。
異例の速さの彼女の昇進に驚きつつも、漸く確実な接点ができることに俺は思わず人知れず快哉を叫んだ。
あの公園で出会ってからもうすぐ4年、恋心を自覚してから3年…
他人なんてどうでも良かった俺が、こんなにも長くひとりの人を想い続けるなんて思いもよらなかった。
もちろん、その間彼女らしき物は作っていないし、いるはずもない。
あれだけ派手に遊んでいた女遊びも辞めたし、セックスもしてない。
まぁ、未遂はあったが……
この俺がプラトニックを決め込んでいるのだ。恋の力は偉大だと思わずにはいられない。
彼女の昇進の発表は来月の人事発表だ。会議に参加するようになるのは、2ヶ月後。
あぁ、彼女に会えるのが待ち遠しいな。
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