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第一章 黒猫の恋
第17話 瀬田の勘
しおりを挟む「またまた連れないねぇー。あ、でも俺心当たりあるぞ?えーと、確か…"なつき"だっけ?」
「は?な、なんでその名前……」
瀬田の口から思いもよらない名前が出て、俺は思わず目を見開いた。
なんで瀬田がその名前を言うのか?軽く頭がパニックになる。
俺のその様子を見て何か感じたのか、それとも何かを確信をしたのか、瀬田はひとつひとつの出来事を確認する様に俺に訊ねた。
「んーと、ちょっと前?お前が珍しく酒で潰れた事あったろ?その時に呟いてた名前…"なつき"?あれからずっと気になってたんだよね。社内だと思ってなかったからスルーしてたけど、社内なら、もしかしなくても、仲原女史のことだよな?少なくとも俺の知る限り、"なつき"なんて、仲原女史…仲原 名月しかしらない。」
言い終わると、瀬田はまるで射る様な視線を俺に投げた。
「……」
「黙っているということはビンゴだな。」
黙り込んで狼狽える俺に全てを察した瀬田は深い溜息をひとつ吐くと、次の瞬間ニヤニヤと厭らしい笑顔を浮かべた。
「お前が社内で惚れそうな人間なんて、彼女以外にいないだろ。管理本部の横の繋がり舐めんなよ。」
ドヤ顔でそう言う瀬田に俺は不快感を顕にして冷たい視線を向ける。
瀬田の勘に聡いところと、人のパーソナルスペースに土足で踏み込んでくる所がずっと前から気に入らないのだが、楽しそうにケラケラ笑う瀬田は何処吹く風だ。
俺は苛立ちをかき消すかのように、黙って手元のビールを飲み干して、タバコに火を付けた。
瀬田も勝手に俺のタバコを吸い始めたが、最早そんな事は気にもならなくなっていた。
タバコの煙を吐きながら、瀬田は呆れるような口調で言った。
「自分をしっかり持ってて、美人。尚且つ人に優しく思いやり溢れる…お前じゃなくても惚れるって。実際、彼女かなり人気あるぞ?惚れてるなら何故いかない?いつもならスマートに誘うお前らしくないじゃねーか。」
「わかってる…俺らしくない事くらいな。だけどきっかけがなかった。それに…彼女には恋人がいる。」
"恋人がいる"
自分でその言葉を発したくせに、発した言葉に俺の心はズクリと傷んだ。
俺らしく無いことなど、瀬田に言われなくたって自分でも十分過ぎるほどわかっている。
今までの俺だったら、相手に恋人がいても関係なくアプローチしていただろうが、彼女にはそれが出来なかった。
正直な話、身体を繋いでしまえば俺に縛り付けて離さない自信はある。だけど、そんなことはしたくなかったし、彼女の事が大事だからそんな風に適当に扱いたくなかった。
真綿で包むように大切にしたい、そう思っていたのだ。
だけど、どんなに俺が想おうと彼女の恋人はアイツで、そのアイツは、彼女を適当に扱っている。
俺なら、もっと彼女を大切に出来るのに……
そんな考えが頭を過ぎった途端、怒りで身体中の血がカッと沸騰するような感覚を覚えた。
アイツへの怒りと、ここぞと言う時に押せない自分のヘタレ具合に、俺は苛立ちを隠せず思わず髪をくしゃくしゃっと搔きあげた。
瀬田は珍しく俺が真面目な告白をしたことに驚いたように目を丸くして、何やら心痛な表情を浮かべている。そんな瀬田に俺は力なく笑いかけると、瀬田は俺にどうやって声を掛けていいかわからないような顔をして視線を彷徨わせた。
暫く気まずい空気が流れたが、店員が追加のドリンクを運んで来たところで、瀬田が沈黙を破り重たい口を開いた。
「恋人、か……で、仲原女史の相手をお前は知ってるのか?もしかして社内か?」
「あぁ、二営の鈴木だよ。」
その瞬間、瀬田は何かを思い出したかの様な顔をしたが、直ぐに心底何かを軽蔑する様な表情に変わる。
「マジかよ…二営の鈴木って笹尾さんとこの鈴木か?はぁ…なんでよりにもよって…てか、ソイツうちの宮田と付き合ってるはずだぞ?え、まさか…」
「あぁ、そのまさかだよ。アイツ仲原さんと付き合っていながら、他の女とも付き合ってる。」
「…お前、そこまで知ってたのか。ていうか、二股掛けるとか…マジで最悪だな。仲原女史は置いといて、まぁ、鈴木と宮田は似た者同士お似合いかもな。あ、ちなみに問題の女子社員はその宮田だから。」
瀬田は乱暴にタバコを吸い込み、煙を大きく吐くのと同時に苦虫を噛み潰したように呟いた。
言い終わると、瀬田は直ぐにニッコリと笑顔を作り、底冷えするような冷たい声で恐ろしく真っ黒な一言を言い放った。
「てなわけだから、仲原さんの敵と思って思いっきりやって貰っていいからね。管理本部としては、更正すればよし、だめなら退職で構わないと思っているからさ。初めからそのつもりだしね。」
そう言って瀬田は、少し乱暴にタバコを灰皿へグリグリと押し付けながら冷たい微笑を浮かべた。
そのあまりの冷たさに、周りの温度が数度下がった気がした。流石、氷の貴公子の二つ名は伊達ではない。
その氷の貴公子こと瀬田は、いつの間にか二本目のタバコに火を着けて、ふぅと長く煙を吐くと話題を元に戻した。
「それで、仲原女史の事はいつから?」
今までにない瀬田の直接的な質問に、これまで誰かに心の内を晒すことをしたことのない俺は少し戸惑い視線を泳がせるが、じっと強い視線でこちらを見据えている瀬田の視線からは逃れられなかった。
何故この男はそうまでして、俺の心に入って来ようとするのか理解が出来ない。
俺は諦めたように嘆息すると、俺も瀬田をじっと見据えた。
瀬田の目から悪意は感じず、寧ろ俺を心配している事が伺えた。その瞳はあの時の彼女の瞳と同じだった。
なんだ、瀬田も彼女と一緒か。
それがわかると肩の力が抜け、斜に構えていた気持ちがふっと消えていく。
だけど、正直な話、俺は今まで家族にすら心の内を明かす事はなかった。だから、こういった状況に慣れていないし、少々…いや、かなりの抵抗があるのだが、思い返して見ると、瀬田は学生の頃からこういう奴だった気がする。
お人好しで友人想いで……
そう考えると、些か不本意ではあるが心の内を明かす事もやむなしなのかもしれない。
それに、ここまで踏み込んでこられたら時間の問題だろうし。
今更隠し立てしても仕方ないと腹を括ると、俺は溜息をひとつ吐いた後、素直に瀬田の質問に答えることにした。
「どこから話したらいい?」
「そんなの初めからに決まってるだろ。」
面白そうにニヤリと笑い瀬田は言った。
俺は額に手を当てて天を仰ぐ。
「はぁ、マジかよ。」
「マジだな。てか、話さなきゃ今日は帰さねぇよ?」
ニヤニヤ顔の瀬田はタバコの煙を吐き出しながらそう言うと、ツマミの枝豆をポイっと口に放り込んだ。
ニヤニヤしているが瀬田は本気だろう。これは話さなければ、離してくれそうに無さそうだ。
俺は諦めの境地に立ち、深い溜息を吐くと、しぶしぶ話を始めた。
「それは困る……はぁ、もうわかったよ。彼女が就活してる時に、ばったり出会って。多分一目惚れだろうな。そこからずっと俺の一方的な片想いだわ。らしくねぇよな。」
「うわ、それは長いな……そうか、それでここ三年くらいパッタリ女遊びしてないのか。しかし、他人に興味持てない冷徹人間のお前が一目惚れで片想いねぇ…お前のファン達が聞いたら卒倒するだろうな。」
瀬田の面白そうにくつくつと笑ったその瞳はとても優しかった。
その表情に思わず俺も連られて笑顔になる。
「なぁ、想いは伝えないのか?奪っちまえよ。」
そう言うと瀬田は真剣な眼差しを向け、グラスの氷をカラカラと回す。
「今は機会を見計らっている、って感じかな。その為に本部長にかけあったんだから。」
「なるほどな。認知されてないなら、強制的に認知してもらおう作戦か。お前、策士だな。で、どうやって本部長に説明したんだ?」
「俺の案件を確実に受注してこれるのは、仲原さん以外にいない。会社の利益を考えたら、戦略的に彼女に専属になってもらうのがいいだろうって説明した。」
「ちょ……会社まで巻き込むとか…これだから出来る営業は嫌だわ。」
「確実に手に入れたいからね。使える物はなんでも使うよ。」
俺は少し考えて、答える。彼女の事を考えると自然と頬が緩んだ。
そんな俺の様子を見て、瀬田は表情を緩めると、ふっと笑った。
「本気なんだな。」
「……もちろん。」
「そっか。良かったよ。お前の荒れてた頃を知っている俺としては、お前に幸せになってもらいたいからな。何かあったら協力は惜しまん!管理本部の情報網全部使ってやるからな。」
「ははは、サンキュ。」
「いいんだよ。…いやー本当に良かった。」
瀬田は頻りに、よかった、といい柔和な笑みを浮かべると、吸っていたタバコを灰皿に置き、そしてグラスを目線まで持ち上げる。
カチン
俺たちはグラスと目線を合わせ、互いにふっと笑うと一気にグラスを煽った。
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