【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第25話 猫に待ては出来ません

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「…名月…好きだ。君を愛してる…」


 俺は意を決して胸の内の想いを告げた……はずだったのだが、暫くしても何の反応もない。

 あれ?と思い彼女の顔を覗き込むと、肝心の彼女は俺の腕の中で、すぅすぅと気持ち良さそうに寝息を立てていた。


「へ?……マジかよ…このタイミングで寝る?」


 想定外の自体に思わず思ったことを声に出すも、彼女からは一切の反応なし。

 うわ……これは本気のやつだ…

 その証拠に、鼻を摘んでみても頬を引っ張ってみても、キスをしてみても胸を吸い上げてみても、彼女は一向に目を覚ます気配はない。

 それどころか、気持ち良さそうに俺の胸に擦り寄る始末。


「うにゅ…黒猫…もふもふぅ……」

「う、嘘だろ……俺のコレはどうしたらいいんだよ……」


 いや、可愛いよ…可愛いけど… それ、今じゃないだろ……

 俺は天を仰いで脱力する。
 5年以上恋焦がれ、焦れ焦れして、やっと繋がれると思った矢先にまさかの寝落ち……

 嘘だと言ってくれ……

 俺はガックリと肩を落とし、安らかな寝顔の彼女をジト目で見る。
 こんなの完全に据え膳……美味しいご飯を目前に待て状態だ。
 おいおい、猫に待ては無理だよ… 犬じゃないんだから。
 それならば、と猫は猫らしくご主人の気を引こうとちょいちょいと悪戯を仕掛けてみるが、そんな俺の気持ちなど知ったことのない彼女は、変わらず俺の下ですやすやと気持ち良さそうな寝息を立てて眠っている。

 普段の凛とした彼女からは想像出来ない程、あどけない寝顔だ。
 口を開けて、無防備な表情で幸せそうに眠る彼女を見て、俺の中の燻る欲望などどうでも良くなり、思わず笑ってしまう。

 そして、同時に愛おしさが胸の奥から湧き上がる。


「ねぇ、名月。君は今日の事、どこまで覚えていてくれる…?」


 気持ち良さげに眠る彼女の頬を、指でつつきながら俺は言う。
 流石に今日のことを全て無かったことににされるのはきついので、せめて俺の痕跡を残そうと思った俺は、彼女の首元に、胸元に、そして背中にも幾つか赤い所有の印である鬱血痕キスマークを付けていく。
 そして、沢山咲いた俺の所有の印の花に満足すると、うっそりとほくそ笑む。


「ふふっ、明日目が覚めたらどんな反応するかな?」


 やっと繋がれると思った矢先、目前でお預けを食らったのだからこれくらいの意地悪はしても許されるだろう。
 この状況に吃驚して慌てる彼女の顔を思い浮かべてふっと含み笑いをする。

 そして、当の俺はというと……今にもはち切れんとしている行き場を失ったコレを、どうしたものかと思いつつ深く深く嘆息する。

 仕方なしに彼女の隣に横になり、抱き寄せて腕の中に抱き込めると、寝惚けた彼女がふにゃふにゃと寝言を零した。


「……猫さん、お名前…なんですか?…ふにゃ」

「名月、げんだよ。ねぇ、俺の名前を呼んで…」

「…ん……げ、ん……」


 寝惚けていたのできちんと理解しているかは怪しいが、彼女に名前を呼ばれただけで、切ない気持ちと幸せな気持ちが入り混じって涙が零れた。


「……うん、名月。そうだよ、弦だよ……」


 俺が眠っている彼女の頭を撫でながら言い聞かせるように囁くと、彼女はふにゃりと笑み零し、俺の胸に額をぐりぐりと押し付けてきた。

 あぁ、俺は彼女がどうしようもなく好きだ。

 愛おしさが溢れて、腕の中の彼女をぎゅぅっと抱きしめた。


 トクントクン…

 密着して自分ではない心臓の音に耳を澄ませる。
 どちらの鼓動かわからなくなる程、ピッタリと肌と肌を合わせると、彼女の高い体温と規則的な寝息が心地よく俺に染み渡ってきて、緩やかに心地のよい眠気が訪れる。
 目を閉じて彼女に全てを委ねると、徐々に身体が重くなり始めた。

 そういえば、久しくゆっくり眠っていなかったな……
 仕方ない、今日は彼女の温もりを感じながら眠るとしよう。

 明日は土曜日、目が覚めたら一日中…いや、日曜日まで離すつもりは無かった。


「おやすみ、名月。いい夢を…明日こそ愛し合いたいな…」


 額にキスを落とすと、もう一度しっかりと彼女を腕に抱き締め、俺はゆっくりと薄れていく意識を手放した。



 ◇◇◇



 ……喉乾いたな。


 俺は喉の乾きで目が覚めた。ベッドサイドの時計を見ると4時半を少し過ぎたところで、空は未だ真っ暗だった。

 リビングに向かいウォーターサーバーで水を汲んでベッドに戻ると、彼女がコロコロと寝返りをしていた。


「名月…起きたの?水飲む?」

「…ん、の…むぅ…」


 耳元で言うと、彼女は目を閉じたまま掠れ声で寝言のように応える。俺は彼女の首に腕を回しコップの水を口に含むと、少しずつ彼女に口移しで飲ませていく。
 コクコクと喉を鳴らして水を飲む彼女に、俺は満足するまで何度も口移しで飲ませた。やがて喉が潤ったのか彼女は脱力すると、またすやすやと眠りに落ちた。

 俺は、彼女の唇にちゅっちゅと音を立ててキスを落とす。
 起きて欲しくて顔中にもキスをした。


「ねぇ、名月…また寝ちゃうの?起きてよ。」

「ん~ぅ…もちょっと…ねか……せ…ぐぅ。」


 これはダメだ…
 彼女は一度寝たら起きないタイプだな。

 起きてくれないのは少し淋しいけど、彼女の知らなかった一面が知れて頬が緩む。

 彼女を横たえると俺ももう一度ベッドに潜り込み、彼女を腕の中に引き込む。彼女の頭に顔を埋め匂いを嗅ぎ、胸がいっぱいになると、また緩やかに眠気がやってきた。
 俺は彼女の旋毛つむじにちゅっとキスをして、溜息と共に呟く。


「名月、早く目覚めて。目覚めたら沢山愛を囁いて、甘やかしてドロッドロに愛してあげる……辛いことなんて全部忘れさせてあげるよ。」


 眠っている彼女の顔を覗き込むと、自然と笑みが零れ幸せな気持ちになる。

 あぁ、幸せだ。

 まさか数時間後にその幸せが腕から零れ落ちるとは露ほども思っていなかった俺は、この時にはを噛み締めて再び微睡んだ。



 ◇◇◇



 あれから数時間、夢現の中気持ちよく微睡んでいると、遠くで何か声がする。

 名月…起きたのかな?

 朦朧としてハッキリしない意識の俺は、腕の中にあった温もりがいつの間にか無くなっていることに気が付き、温もりを探して未だ目を瞑ったまま前へ手を伸ばした。

 そして、伸ばした手の先に探していた彼女を見つけると、そのままぐいっと腕の中に抱き寄せ、無意識にその背中に唇を寄せると、幸福感で胸がいっぱいになる。

 目覚めた時に愛する人が隣にいる事がこんなに幸せな事だとは、知らなかったな。

 俺はもう一度ぎゅっと彼女を抱きしめると、彼女の首筋に顔を埋めた。
 すると、腕の中の彼女はびくっと身体を強ばらせた後、モゾモゾと動いてこちらを向いたと思ったら、今度は俺の顔をじーっと見ているような視線を感じた。
 なんだかそれが擽ったくて、俺が抱き締める腕の力を強くすると、何故か腕の中の彼女が飛び上がった。


「@#%☆€?\$!!!」


 何を言っているか聞き取れなかったが、物凄く大きな声がしたかと思うと、次の瞬間ベッドが跳ねた。何事かと思い、目を開けようとすると、廊下でバタバタと物音がした後、バタンと玄関のドアが開閉する音が聞こえた。

 その音に無理矢理覚醒してパチッと目が覚める。俺は慌ててベッドから跳ね起きて、バッと横を見ると既に彼女の姿はそこにはない。咄嗟に辺りを見回すも彼女の姿はどこにもない。ベッドサイドに散らばった彼女の服もない。


 え?もしかして……帰った?


 彼女の素早さに吃驚すると同時に、逃げられたことに対する落胆が襲ってきた。
 溜息を落とすと、部屋着を着て玄関のドアチェーンをかけに行くついでに、タバコを吸う為キッチンに向かう。

 目が覚めたら愛を告げて、明日までじっくりと彼女を堪能するつもりだったのに、ぐっすりと眠ってしまっている間にまんまと逃げられてしまった。

 数ヶ月ぶりに熟睡ができたのか、ここの所感じていた気怠く重たい感じも消えていて、体の状態はすこぶる良かった。

 彼女を抱いて寝ただけなのに、こんなに心も身体も癒されるなんて……

 やっぱりもう手放せないな。
 このまま彼女の家まで迎えに行くか?
 いや、今向かったら間違いなく不審に思われる…

 まぁ、いい。どうせ月曜日の営業部全体MTGで会うのだ。
 その後に食事にでも誘ってそのまま捕まえてしまおう。そしてそのまま部屋に閉じ込めてしまいたい。

 さっきまで腕の中にあった温もりが恋しくて堪らないけれど、月曜日まで辛抱すればいいのだ。
 今は焦れながらも大人しくした方が、この後の事を考えた上では、得策だろう。

 会いたい気持ちと淋しい気持ちに無理やり蓋をする。

 そうしながらも、想うのは彼女の事ばかりだった。
 酔いながら淫らに乱れて、俺を求めた彼女の痴態を思い出すだけで、下半身が熱くなってくる。

 さて、どうしたものか……

 燻るタバコの煙を見詰めながら物思いに耽った。
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