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第一章 黒猫の恋
第27話 彼女との邂逅は近い
しおりを挟む25階の会議室フロアにエレベーターが到着すると、深夜という事もありフロア自体の照明は既に落ちていて、灯りといえば自販機の照明と避難誘導灯の灯だけでかなり薄暗い。
まぁ、流石にこの時間までいるわけないよな……
ふとそんな事を思ったがそんな訳あるはずもない。過度な期待もせず大会議室の扉を開けると、中には暗闇と静寂が広がっていた。少しだけ落胆するが、それはそうだ、こんな時間までいる訳ないのは当たり前だろう。
それでも、もしかしたら…と少しばかり淡い期待をしていた自分に嘲笑すると、パチンと後方の照明を付け、いつもの指定席に向かう。
長テーブルの上には丁寧に畳まれたジャケット、それに名刺サイズの可愛らしいメッセージカードにチョコレートが2粒とビスケットが添えられて置いてあった。
"有難うございました。必ず御礼させていただきます。気の利いた物がなくて…こんなものしかなくてすみません。お仕事の息抜きに食べてください。"
御礼なんて気にしなくていいのに相変わらず律儀だな、と感心しつつ、メッセージの内容に心が温まった。
添えられていたお菓子は恐らく、営業に出る際のおやつ用に持ち歩いていたものだろうか、何とも可愛らしいお菓子に頬が緩む。
手書きのメッセージカードも嬉しすぎて、思わず頬を擦り寄せキスを落とすと、無くさないように名刺入にさっさとしまった。
ちなみに、案件票に付いてくる付箋やメモなど、彼女からのメッセージは全てファイリングしてデスクの引き出しにとってある。
もちろん、このメッセージカードも明日即ファイリングするつもりだ。
なんだか女々しいな…俺……
改めて自分の行為を振り返り思わず失笑する。
不意にぶるりと寒気がして気がついたが、俺は今ワイシャツとベスト、手にコートを持っているだけの格好だった。暦上では春とはいえ、まだまだ寒い時期なので、流石に空調の切れているガランとした会議室は寒い。テーブルの上のジャケットを手に取り羽織る為広げると、ふわりと彼女の香りが漂い、俺は思わず、自分のジャケットに顔を埋めた。
先程まで、彼女が身につけていた為、彼女の香りがジャケットに移ったのだろう。
彼女の移り香と俺の匂いが混ざった甘ったるい香りが鼻腔に充満し、頭の芯がジンジン痺れクラクラと目眩がした。
クラクラしながらジャケットに袖を通すと、ふわりと香る彼女の香りと人肌の温もりで、まるで後ろから彼女に抱き締められているような感覚を覚えて、カッと身体が熱くなる。
堪らない気持ちになり、思わず両腕で自分自身を抱き締めると、ドクドクと脈打つ心臓と、荒くなり乱れる息に加え、自分では抑えられない欲望がむくむくと湧き上がってきた。
纒わり付く彼女の香りが俺の思考を蕩かせていく。
これは、ダメだ…飲みになど行ってる場合ではない、熱を帯びた身体が今にも暴発しそうで、一刻も早く自身を慰めたかった。
俺はすぐさま社用携帯で楠木に連絡をする。
「お疲れ、楠木。申し訳ない……急用が入ってしまって……今日はこのまま解散にしてもいいかな?」
「あ、もちろん大丈夫です。仕事ですか?お手伝いしなくて大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ。今度必ず埋め合わせはするから…じゃあお疲れ様。」
性急に通話を切ると、ベルトを緩め、スラックスから熱く猛った半身を取り出すと、指を絡め上下に滑らせた。
彼女の匂いを感じただけで充てられ、先日の彼女の甘さを思い出す。それだけで背筋がゾクゾクし、酷く興奮した半身は、触れるだけで今にも破裂しそうな程膨張している。
「あぁ……名月…抱きたい……抱きたい……繋がりたい……君を感じたい……」
彼女を思って触れるだけで、物凄い快感が身体中を駆け巡り、生理的な涙が零れる。
「名月…お願い……俺を見て……俺だけを…お願いだよ……」
彼女の涙を思い出し、嫉妬心と焦燥感に駆られ、激情のまま手を動かすと、あっという間に果てた。
たかが匂いで理性が飛ぶとか……
鞄からウエットティッシュを出し、自身の事後処理をしながら、情けなさに溜息をつく。
どうやら俺は名月の事になると、感情のタガが外れ易いようだ。
松本の案件が終わるのが3週間後…それまでは落ち着いて時間が取れなそうだ。
次に会えるのは、次回のMTGか…
「長いなぁ……」
俺はポツリと呟き、身支度を整え会議室を後にした。
◇◇◇
あれからなんだかんだとバタバタ忙しく過ごしていると、気が付くとあっという間に全体MTGの日になっていた。
俺はこの日、先月のリベンジを果たすつもりでいる。
今日の最終アポイントが15時、このアポイントは先月松本が発注ミスをしたクライアントでどうしても外せない。
前回の失態の件もあり、時間がかかりそうだが、なるべく早く終わらせて会議が終わるまでには間に合わせたい。
名月の予定は既に把握していて、今日は会議に出席のチェックがあったし会議の後の予定も入ってなかった……というか、名月の直属のマネージャーに予め牽制して入れさせなかった。
彼には大きな貸しがあるので、こういう時にこそ役に立ってもらわなければ。
しかも今日は幸いにも週末の金曜日だ。名月を食事に誘ってそのまま家に連れ帰っても何も問題はない。嫌でも気持ちは浮き足立ってしまう。
浮き足立つ気持ちを抑え込みながら、アポに向かう。
そして、アポイントが終わったのは16時少し前、普通に向かったのでは間に合わない。同行した松本と楠木には申し訳ないが、別行動を伝え俺は目の前でタクシーを拾い飛び乗る。
「行先も目的も一緒なのに別行動とは……今日の会議には何かあるんですか?」
「うん、ちょっと…あ、もう時間ないから行くな。あと、今日は会議後直帰するからよろしくな。」
訝しげに楠木に訊ねられたが、笑って誤魔化しついでに直帰する事も伝えた。
そこまで話すと、楠木が何かを感じ取ったのか、発車直前にニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。
「…わかりました。直帰…女ですね。そういうことなら後は任せてください。猫実さん、頑張って!」
そう言うと、楠木はタクシーのドアをバタンと閉め、ガッツポーズをした。
よくわからないが、応援してくれているらしい…
時刻は16時過ぎたところ、ちょうど渋滞しやすい時間帯だ。
さぁ、会議終了までに間に合うか……
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