【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

第44話 牽制

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 名月と結ばれてから初めての出勤日。

 朝起きてから玄関出るまでの時間が、生まれて初めて幸せだと思えた。あの甘い時間をこれから毎日過ごせるのかと思うと万感胸に迫る。
 そして、恋人と手を繋いで出勤出来る幸せ。これも筆舌に尽くし難い程だ。
 俺の可愛い名月を見せびらかして歩けるのは、社内恋愛歓迎の社風のおかげなので、こればかりは社風に感謝してもしきれない。

 高校生か?と突っ込みたくなる程、年甲斐もなく朝からふわふわと浮き足立ってしまっている俺がいる。

 今日の名月の装いは、袖口と胸元にたっぷりとフリルのついたブラウスに、春らしいベージュのフレアスカートのスーツで、ハーフアップに纏めたミディアムの髪がふわふわ揺れて本当に可愛らしい。


 どうしよう…名月がキラキラして見える。
 天使か……天使だろ……尊い…
 俺の名月が可愛すぎる…


 今までは遠くからチラリと見たり声を聞くだけだった名月が、現実に触れられる距離にいるというだけでも気持ちも身体も昂ってしまうのに、これ以上名月は俺をどうしたいのだろうか。

 こんな事を思うなど、完全に俺らしくない、キャラが崩壊しているのは自覚がある。
 しかし、何年も拗らせ膨らみ募った名月への想いは、恋人となってからもその勢いとどまることを知らずどんどん大きくなっている。寧ろ、恋人になってからの方が加速度が高いと言えるだろう。

 俺の非常に残念な頭の中は綺麗に隠して、今日も俺は外面全開の人好きのする笑顔を浮かべる。

 以前から名月がモテるのはわかっていたし、情報通の瀬田からも度々状況を聞いていたので、先手を打つためにも名月には申し訳なかったが、今日この日は多少強引な手段をとった。
 エントランスホールでの男性社員の羨望と落胆の眼差しは、今も思い出しても非常に小気味よく心情痛快だったな。


 そして、問題は部署の第一営業部のあるフロア内だ。
 このフロアには第一営業部、第二営業部、管理本部と3つの部署がぶち抜きワンフロアに入っている。営業部だけあって、やはり男性社員の比率は6:4でやや多い。
 ただし、同フロアにある管理本部は女性が多いので、その部署が女性比率を上げているだけで、実際、第一営業部の7割以上が男だ。

 俺としてはこんな狼の巣窟に、可愛い可愛い名月を放り込むなど到底できないし、なんとも身が裂かれそうな思いに駆られているのだが、当の名月は全く意に介してない様子だ。

 なんとも危機感のない……

 休日の間に、同期の管理本部のマネージャーである瀬田と、以前の上司の山田マネージャーには根回し済みだが、やはり心配なものは心配なので、名月の住所変更の手続きがてら、俺は名月を第一営業部のフロアまで送り届ける事にした。

 俺が名月を伴いフロアに足を踏み入れると、一斉にフロアの人間が俺たちに視線を向け注目をする。


 驚き、羨望、落胆、嫉妬……


 俺はその様々な視線を横目で受け流し、愛しい名月だけを見つめる。
 その中には名月に向ける憎悪に似たものもあり、それらについては、視線の先へ警告の意味を込めて薄らと冷笑を送った。

 それよりも…思った通りとでも言おうか。
 名月の事を意識していた男の視線の多さには正直驚いた。

 やはりここでも牽制が必要だと感じた俺は、帰りに渡そうと思っていたマンションのカードキーを徐に取り出し、名月に差し出す。

 俺の行動にそれまで騒がしかったフロアは、しんと水を打ったように静かになった。

 名月はカードを受け取りながら、不思議そうな顔で俺を見上げる。俺はにっこりと作り笑顔を向けると、名月は一瞬何かを考え、俺の意図に気が付いたのかハッとして周囲をキョロキョロと見回し、第二営業部の方を見て名月が固まった。

 視線の先には、目を見開いて名月を見つめる鈴木の姿があり、その表情に僅かだが未練の情がみてとれた。

 一瞬、怒りの様な感情が湧いて出たが、それは即座になりを潜めた。名月がふいと、鈴木から視線を外し、俺を見上げた際の名月の瞳には、鈴木への未練も情も何も感じなかったからだ。


 残念だな、名月はもう俺の物だ。
 お前には指一本触れる権利はないし、許さない。


 俺は鈴木に向かって、鈴木の目を見て薄く笑む。
 鈴木は俺の視線に気がつくと、ぱっと名月から目線を逸らし、俯いた。

 しかし俺は鈴木から視線を移すことなく、牽制をし続けた。

 その時、漸くフロア中の注目を集めた事に気が付いた名月は、青くなり天を仰いで盛大に溜息をついた。

 名月にも周囲にも俺の意図はどうやら通じたようで、無事に牽制とマーキングは完了し、俺は心の中でほくそ笑んだ。


「あれ?猫じゃん?久しぶりに古巣に出勤か……?」


 不意に横から声をかけられ、声のした方に視線を移すと、にやにやと含み笑いをしているかつての上司・山田マネージャーがいた。

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