【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

第49話 反省と後悔

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 やってしまった……


 隣で寝息立てている名月を見て、俺は盛大に溜息を吐いた。

 事の発端は、楠木嫁の詮索から始まった名月の俺への態度だが、あの時は名月に目を逸らされた事に酷く動揺した俺は、余裕がなくなり後先考えずに名月を無理矢理連れ帰りそして、お仕置と称して長時間啼かせてしまった。

 最悪だ……

 そもそも目を逸らされた原因だって、俺自身にある訳で…名月に非はひとつもなかった。

 どうしてこうなった。

 そして、よくよく考えてみると、俺と名月には圧倒的にお互いを知るための時間が足りていなかったことに気が付く。

 まだきちんと知り合って日も浅い。
 話だって出来ていない。
 信頼関係だってきちんと築けていない。

 そんな状態であの噂…ほぼ真実だが…を聞けば、誰だって不安にもなるだろう。
 目だって逸らしたくもなる。

 そんな事は、少し考えればわかるはずなのに……

 それなのに俺ときたら、頭に血が上って名月に酷いことをしてしまった。


 俺は馬鹿か?馬鹿なのか?
 いや、どう考えても世界一の大馬鹿野郎だな……


 当たるべきは名月ではなく、自分自身のはずなのに、何の罪もない名月に当たり散らした挙句、気を失うまで抱き潰してしまうとか……

 いくら反省してもし足りない程の激しい後悔の念に襲われる。

 腕の中で眠っている名月の顔にかかった髪をさらりとあげると、名月の睫毛は涙で濡れていた。

 ズキリと胸が痛む。
 傷つけて泣かせたのは誰でもない、俺自身だ。
 嫌われても仕方がない事をしたのは重々承知だが、嫌われたかもしれないと思うだけで、心が張り裂けそうな程胸が痛かった。
 目の前の名月を失いたくない、だけど、もしかしたらもう失ってしまっているかもしれない。不安と焦りで気が触れそうだが、完全に俺の自業自得と言うやつだ。
 それでも、どうか俺の事を嫌わないで欲しい、そう願うしかなかった。

 俺には人の愛し方がわからない。何故なら、愛された事が無いから…わからないから傷つけてしまう。
 このままだと、また名月を傷つけて泣かせてしまうのではないか、それならいっその事、もう誰も愛さない方が良いのではないかと、そんな事を考えてしまう。

 名月の涙を拭うと、俺の目からも涙が溢れた。


「ごめんな……やっぱり、俺には人を愛する資格はないのかもしれないな……」


 額に手を置き自らの愚行に嘲笑すると、隣の名月が身動ぎをし、ゆっくりと目を開けた。


「……弦?どうしたの?泣いてるの?」


 名月は起きてすぐの開口一番にそう言うと、心配そうに俺の頬を撫でた。

 思えば出会った時からそうだった。
 明らかに俺の有責で殴られているのに、目の前の怪我人を放って置けずに手を差し伸べてくれる… 俺はその優しさに惹かれたのだ。

 そしてまた、俺の有責なのに、しかも自分が傷つけられたのに、自分の事よりも俺を心配する名月の表情に胸が締め付けられた。
 あんなに酷いことをしたのに、こんな時にまで、俺の心配をする名月が心の底から愛しい。

 俺は名月の手に自分の手を重ねて、頬を押し付ける。


「あぁ、なんでもないよ。それより……さっきはごめんね。俺どうかしてた……名月は何も悪くないのに……」


 俺は名月の手をぎゅっと握りしめ、掌にキスをした。
 どうか嫌わないで欲しい、と気持ちを込めて……

 名月は俺の手を握り返すと、徐に腕の中から抜け出し、背もたれに寄りかかり俺の頭を膝にのせた。
 突然の事に混乱する俺の頭を、名月は優しくぽんぽんと撫で始めた。


「ううん、あれは私も悪かったから…噂話真に受けて、不安になって変な嫉妬して…ごめんなさい…」


 嫉妬?何故?何に?俺の女遊びの話を聞いて嫉妬?
 あの話を聞いて嫌悪されるのは理解出来るが、嫉妬される要素なんてあっただろうか……
 名月は一体どんな話をきいたんだ……?

 俺は目をぱちくりさせて、名月を見上げた。


「……嫉妬……?不安って……?」

「そう、嫉妬……聞いてもいいかな…?あの……社内に元カノとか…いる?」

「へ?元カノ?社内に?いる訳ないよ…もしかして……」


 名月の嫉妬相手は、もしかして社内に居たかどうかもわからない俺の元カノか……?


「うん、今朝一緒に出勤した時に……弦の事好きだった人沢山いたみたいだから……もしかしてその中に……と思って。社外ならまだ我慢できるけど、社内にいたら…って思ったら…なんか落ちちゃって……」


 そう言うと名月は目を伏せた。


 なんという破壊力か……
 名月は、存在しない元カノへ嫉妬をした、と言っているのだ。
 可愛すぎるだろう……
 参った、と俺は片手で目を覆う。

 社内恋愛歓迎の社風だからこそ、後々面倒くさいことになるのはごめんだったから、社内の女には一切手を出さない。それは徹底していた。
 だから、社内には元カノはおろか遊び相手すらいない。

 そう説明すると名月は小さく頷き、俺の顔を覗き込みながら言った。


「うん、弦がそう言うなら信じる……あと、誰にも本気になれないんだよね?……じゃあ私の事は……本気?」


 なるほど、名月が俺から目を逸らした理由はこれか。

 名月は女を取っかえ引っ変えする俺の噂話を聞いて、俺の気持ちが本気か不安になったのだ。

 あぁ、俺は本当に何をしていたんだ……
 いくら人の気持ちがわからないとはいえ、名月と話をしようともせず、一方的に責め立ててしまった。

 理解をすると、先程の非ではない程の凄まじい後悔が襲い、名月に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分をぶん殴ってやりたいが、今はそんな事よりも少しでも名月の不安を取り除く事が先決だと思い、俺も身体を起こした。

 きょとんとする名月を抱き寄せ、額、目、頬、唇に順番にキスをした。
 そして、両手で名月の顔を挟み、額と額をコツンとくっつけて、ゆっくりはっきり名月に告げた。


「本気に決まってる。じゃなきゃ6年も片思いなんてしてないし、色々と手を回したりしないよ。」

「手を回すって…?」

「……俺の案件、実はもうずっと名月にしか回してない……ちゃんと本部長の決済も貰ってる。どうにかして名月との接点が欲しかったから……気が付かなかった?」

「そう……だったんだ……全然気が付かなかった……」

「うん、そうだよね。表向きは本部長預かりにしてたからね。依怙贔屓になっちゃうから。まぁ、実際依怙贔屓なんだけどね。とにかく、名月との接点を作るのに必死だったんだ。」


 ここまで話をして、漸くお互いの気持ちの行違いが起こった事に気がついた。
 名月は俺の噂話を聞き不安になっただけなのに、俺は名月が隠し事をして俺を拒否したと思い込み、今に至るのだが、最初にきちんと話をしなかったから、こういった行違いが起こったのだ。

 もう二度とこんな過ちは起こしたくない。
 だからこそ、きちんと説明をしようと思った。

 俺は名月を抱きかかえ体勢を変えると、俺の足の間に座らせ抱きしめる。


「名月……ちょうどいい機会だからちゃんと話をしようか。」

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