【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

第51話 昔話-後編-

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「ううん、辛いのは私じゃないよ。弦の心だよ。この涙は私のじゃなくて、弦の心が流してる涙なの。だからもう全部出そう?私が受け止めるから。」


 名月は、俺の代わりに、そう言うと大粒の涙をポロポロと零した。
 名月の涙が俺の肩に落ちる度に、心の澱が少しずつ洗われていくような気がした。

 あの地獄の中で生きていくのに感情なんてものは邪魔物以外なんでもなかった。そんなもの不必要だと思って、感情も気持ちも押し殺して生きてきたら、ある時から感情が揺さぶられる事もなくなった代わりに、生きるのが楽になった。

 そして、全てがどうでも良くなった。
 そうなると、他人に対してもどうでも良くなる。

 自分の事ですらどうでもいいのだから、当然他人になんて興味ないし、理解してもらおうなんてこれっぽっちも思ってなかった。

 でも名月と出会って、初めて他人に興味を持ち、俺に興味を持って欲しいと思った。
 初めて理解をしたいと思い、理解をして欲しいと思った。

 きっと俺は、本当はこうやって誰かに話を聞いて欲しかったんだと思う。

 ありのままの俺を受け止めて欲しかったんだ……
 それが名月で良かった……

 気が付くと俺の目からもパタパタと涙が溢れていた。

 名月の言葉と涙に俺は救われた気がした。
 俺は腕の中の愛しい名月を抱きしめる。


「名月……ごめんね、ありがとう……。」

「ううん、謝らないで…私が勝手に泣いてるだけなんだから……。あの…弦のお父様は…お継母様の事止めなかったの?」


 名月はふるふると頭を振り、俺にしがみついて泣きながら訊ねた。
 連れてきたのに父親は庇わないのかと思うのは当然の疑問だ。


「父親はね、婿養子なんだ。身寄りがなくなったとはいえ、愛人との間の子供を押し付けたわけだし、継母には強く言えなかったんじゃないかな。表向き、継母はとても俺を可愛がっているように見せてたし。
 でも、父親の目のないところでは使用人扱い、折檻は当たり前だった。だから高校進学の時に、父親に頼んで家を出たんだ。」

「そんなに早くからひとりで暮らしてるの…?」

「あんな所にいるくらいならひとりの方が全然マシだよ。
 ひとりで暮らすようになって、やっと父親とは関係ない人間関係が築けるって、漸く色眼鏡なしで付き合えるって思ったのに……どこからか、俺が梶原の息子だって分かると今まで見向きもしなかった奴らが、掌返したように擦り寄ってくるの。明らかに父親の権力狙いとか、金に媚びて来る奴らばかり。
 そうじゃないって思って、付き合った友人も女も、結局俺の父親に取り入りたい奴らが、子供をダシにしてただけだったり、俺の後ろ盾とかが目当てだった。擦り寄ってくる奴らの大半がそうだってわかってからは……噂の通りだよ。」

「誰も信じない、誰にも本気にならない……」


 名月ははっと顔を上げ、全てを理解したように呟いた。


「そう、友人も女も。幼い頃からそう言う人間の二面性を嫌という程見せつけられ続けたら……誰の事も信じられなくもなるよ。女に関しては特にね。
 だから、相手が一晩限りの遊びを望めばその場限りだし、彼女という立場を望めばそれなりの付き合いはしてきたよ。表面上はね。でも、誰ひとり本気になれる奴はいなかった。名月以外は……。」


 そう言うと、俺は何かを考えて固まっている名月の額にキスを落とした。


「俺ね、家に人入れたの家政婦以外は名月が初めてなんだよね。女に関しては会うのは絶対に外だし、セックスするならホテル。ここに入ったのは名月が初めてだよ。
 家に入れるってさ、心を許すってことでしょ。そんな人間と出会えるなんて思ってなかったけど……」

「そんな……私…はなんで?」

「初めてだったんだ、純粋な善意をぶつけられたのは…俺の周りには、人を蹴落とそうとか取り入ろうとか…悪意と媚びに満ちた人達ばかりだから、そういうの直感的に分かるんだよね。
 だって名月、あの時、純粋に困ってた人を助けようとしただけでしょ?」

「……うん。」

「名月と出逢ったあの日あの時に、君のその悪意のない優しさと、純粋で意志の強さを湛えた瞳に、俺はひと目で捕らえられて恋に落ちたんだ。理屈じゃなくて、本能で。それが恋だって気がついたのは、もっとずっと後の事だけど。」


 そこまで話すと、俺は一度名月から身体を離してきちんと向かい合って座り直し、名月の手を取る。
 目を閉じて深い深呼吸をしたら、ゆっくりと目を開け名月をじっと見つめると、名月も俺に視線を合わせ、じっと見つめ返してくれた。


「名月、俺の長い話を聞いてくれてありがとう。俺が本気だってわかってくれたかな?それとも、こんな俺はもう嫌になっちゃった?」


 言い終わると、再び名月の目からは大粒の涙が零れ落ちる。
 俺は名月の泣き腫らして少し赤くなった目をみつめ、涙を拭うと、おでこをくっつけて柔らかい笑みを贈った。


「うん…うん…私こそ、ごめんなさい。疑って…こんな辛い話までさせて……本当にごめんなさい……嫌になるはずない……」


 俺は泣きじゃくる名月を抱き寄せてきつく抱き締め、名月の頭を撫で柔らかい髪を指で梳き、項にキスをする。
 名月の甘い香りがした。


「ありがとう。本当はね、鈴木が宮田と付き合ってるのもだいぶ前から知ってたんだ。すぐにでも逢いに行きたかったんだけど、名月に逢いに行く勇気がなくて……何年もかかっちゃった。ごめんね。色々と拗らせてヘタレな俺だけど……これからも一緒にいてくれる?」


 名月は泣きながら、コクコクと何度も首を縦に振る。
 漸く名月と本当の意味で繋がれた、そう思うと、腕の中にいる名月が紛れもなく自分のものなのだと実感できた。

 名月の瞳を覗き込み、想いを言葉にして伝えた。


「色々と順番を間違えてごめんね。改めてちゃんと言うよ。
 仲原 名月さん、君を心から愛しています。俺と結婚を前提に付き合っていただけますか?ゆっくりでいいから、信頼関係を築いていこう?それで……名月さえ良ければ…俺と家族になって欲しい。」


 名月は涙をボロボロと零しながら、顔をくしゃくしゃにして精一杯の笑顔を作り言った。


「ふふふ……それ、ほぼプロポーズ……」


 ふたりして、ボロボロ泣きながらお互いに見つめ合い、ふっと笑い合う。


「はは、ほんとだね。あぁ…かっこ悪いな。正式なのは、指輪を用意してからちゃんとするから……それで、名月……返事…聞かせて?」


 俺は名月の頬に手を伸ばして溢れる涙を拭うと、名月も俺の頬に触れ俺の涙を拭い、しっかりと俺を見つめて返事をした。


「……はい、私もあなたを愛しています。私こそ、これからも猫実さん…弦と一緒にいたい、家族になりたい……一緒にいてくれますか?」


 その言葉に俺は、弾かれたように名月を抱きしめると、名月も俺の胸に頬を擦り寄せ、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
 名月の気持ちが伝わり、遅れて、歓喜の感情がゆるゆると胸の中に広がっていき、感極まって視界が涙で滲む。


「もちろんだよ……。嬉しい…こんなに嬉しいのは初めてだ。名月、愛してるよ。俺と、ずっと一緒にいて欲しい。いや、もう一生離さない。」


 気持ちを込めてぎゅっと抱きしめ、顔中にキスの雨を降らせると、名月は蕩けるような表情でそれを受け止めてくれた。

 唇にちゅっと音を立ててキスを贈り、おでこをくっつけ見つめ合うと、名月が破顔して言う。


「だから……弦、それ、ほぼプロポーズだって……」

「……んー、じゃあ、結婚しよ?」


 俺はそう言うと、名月の唇を啄んだ。何度も角度を変えながらキスをすると名月も目を閉じて、俺の首に腕を回し深いキスを受け入れる。
 ベッドに横たえ、舌を絡めお互いを貪るようにキスをすると、どうしようもなく下半身が熱くなってきて、より深い場所で繋がりたい、と思ってしまう。


「……ねぇ、このまま名月と繋がりたい……ダメ?」


 名月は俺の言葉に蕩けるような笑顔で、答えてくれた。


「私も……弦とこのまま繋がりたい。……来て?」



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