【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

文字の大きさ
55 / 106
第二章 黒猫の恋人

第52話 境遇

しおりを挟む
 
 昼休みに莉佳子とランチをしている時に聞いた弦の話があまりにも衝撃過ぎて、きちんと理解が出来ていないうちに、当人登場……

 で、思わず目を逸らしてしまった事に怒った弦に、長時間に渡って頭がおかしくなりそうな程の焦らしによるお仕置きをされた。
 もちろん、その後は気を失う程、弦にたっぷり愛されたけれど…… 本当にこんなお仕置きはもう二度と勘弁して頂きたい。

 ただ、このお仕置きのおかげで弦の本音も聞けて仲直りも出来たし、結果的には問題なかったのだが、弦はお仕置きの事をとても気にしているようだ。

 お仕置きの方法はさて置き、発端は彼本人に目を向けずに噂を鵜呑みにして、彼の本気を少しでも疑ってしまった私に非がある。弦だけが悪い訳ではないからそんなに気に病まないで欲しいところだが、どうやら弦は物凄く気にしている様子で、真剣な顔をして話をしたいと言ってきているのが、今の状況だ。


「お話……?」


 先程までの会話で、ある程度は噂についての不安要素は払拭できたはずなのだが、他にも何か話をしていないことがあるということなのか……一体どんな話なんだろう。
 私は一抹の不安を感じずにはいられず、じっと弦を見つめた。

 弦は顔を強張らせ拳を握りしめゴクリと息を飲み込むと、意を決したように口を開いた。


「突然だけど、名月は〇〇党の梶原って知ってる?」


 突然弦の口から出た言葉に、一瞬何を言っているのか分からず、目をぱちくりさせてしまった。


「え、あぁ…うん。内閣官房長官で次期総理大臣って言われてる……」


 日本国民で、恐らく知らない人はいないであろう有名な政治家の名前だが、一体何故このタイミングで出てくるのだろうか……私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 私のその様子を見た弦は大きく息を吐くと、次の瞬間に驚くべき発言をした。


「うん、その梶原。俺ね、実は…………その梶原の庶子なの。認知はされてるけど…ってもういい歳だし、認知もクソもないんだけどね。一応、生物学上の父親になる。」


 なんと……弦の父親はあの大物政治家だと言うのか……
 吃驚し過ぎて喉が詰まって言葉が出なかった。

 かろうじて絞り出した一言は、「…そう…なんだ……」だった。、

 もっと気の利いた言葉は出なかったのか、と若干後悔しつつ視線を上げ弦の顔を見ると、弦は眉を寄せ辛そうな顔をしていた。
 握りしめた拳に更に力が入り、プルプルと震えているように見えた。
 弦はそれを落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をすると、話を続けた。


 弦の母親と父親は幼馴染で相思相愛だったのだが、代議士の秘書をしていた父親が代議士の梶原の娘と政略結婚をする事になって……
 それでも、お互い恋心を忘れられなくて、母親は代議士秘書にまでなって…暫くして弦が出来たが、本妻にバレて職場を追われて田舎に未婚で子供産んで……
 実家にも勘当されて、女手一つで子育てしていた母親は、弦が10歳の時に亡くなったと……
 その時駆けつけた病院で初めて死んだと聞かされていたはずの父親と対面して……


 なんと想像を絶する話だろうか……
 いや、でもこれはまだきっと序章に過ぎないだろう。
 それだけでもかなりキツい話なのに、幼い弦はこれをひとりで耐えてきたのだ。

 私も両親を12歳の時に、交通事故で亡くしている。
 突然の親との別離は12歳の私でも相当辛かったのだから、片親でそれよりも幼い弦の辛さ、悲しさ、寂しさは想像するに難くなかった。
 幼い弦の姿を想像すると当時の私の姿と重なり、酷く心が痛み、涙で視界が揺れた。

 ふと、目の前を見ると弦の握られた拳は辛さに耐えるように震えていた。私はその弦の手を優しく撫でるときつく握られた指をひとつずつ開き、指を絡めてギュッと握りしめた。そこで私の手も震えていた事に気が付き、涙がこぼれた。
 すると、弦が私の手を握り返してきたので、私は驚いてぱっと顔を上げると、絡んだ視線の先の弦の瞳には不安と恐れ、痛みとそれから少しの共感の色が滲んでいた。


「名月もだよな……俺ら結構境遇似てるのな。」

「そうだね……でも私なんて、弦の境遇程壮絶じゃないよ。続き、聞かせて?」


 私は懸命に笑顔を作ろうとするが上手く表情が動いてくれなかった。
 どんどん涙が滲み、零れそうになった時に、弦は私の眦に溜まった涙を唇で拭い、私の肩に弦は顎を載せて、ふぅと息を吐き頷くと話を続けた。


「その後は、一応母方の祖父母と父親で話し合いをして、俺は父親に引き取られたんだけど……」


 父親は議員宿舎にいてほとんど家に帰らず、弦を本宅に預けっきりで世話は本妻家族と使用人に任せっぱなし。
 父親は、弦がいびられている事には気が付かなかったのだろうか……


「…弦……凄く苦労…したんだね。」

「いや、名月程ではないよ。俺はいびられたりはしたけど、衣食住や経済的には苦労してないからさ。」


 大変な苦労をしたのだろうが、そんな中でも、大学まで行かせて貰えた事に感謝しているという弦に、胸が締め付けられ、愛おしさが溢れる。
 辛そうに嘲笑をする弦を私は抱きしめ、震える背中を何度も撫でると、少し落ち着きを取り戻した弦は短く息を吐き、先を続けた。


「結局、本妻との間には男児が出来なくて、男は俺だけだから、養子縁組して地盤を継いで欲しいともいわれたんだけど、今の時代何も男が継がなくても、優秀な姉さんがいるし、継ぐつもりは無いって断ったんだ。」

「弦にはお姉さんがいるの?」

「うん、5つ上の姉と6つ下の妹がいるよ。女の子の扱いはほとんどこのふたりに叩き込まれたようなものだよ。あの家で優しくしてくれたのは姉と妹だけだったから、俺にとっての家族はこのふたりだけ。」


 姉妹がいたんだ、と思った時にふと弦のヘアスタイリングの事を思い出した。


「……あっ、もしかして、髪……」

「ふふっ、そう。妹のね。俺が高校進学と同時に家を出るまで毎日やってたから。安心した?」

 なるほど、他の女性に触っていた訳ではなく、妹さんの髪をスタイリングしてたのだなと得心すると、安心すると同時に見当違いをしていた事がとても恥ずかしくなり、かあっと顔が熱くなる。


「これで不安、ひとつは解消出来たかな?」


 弦は私が不安に思っていた事に気が付いていたようで、真っ赤になって俯いている私の顔を覗き込みながら、悪戯っぽく訊ねるので、私は素直にコクンと頷いた。


「…うん。出来た。」

「それはよかった。」


 弦はふわりと笑うと私の頭を撫で、頭に顔を埋め私を抱きしめた。私は弦の背中に腕をまわし、弦の広い胸に頬を擦り寄せ、心臓の音に耳を傾けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...