【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

【閑話】楠木 慎太郎は悩む-後編-

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 嫁からランチのお誘い……
 しかも、猫実さんを連れて来いと……

 これは明らかに今朝の件含めた尋問会食だなと、即座に気付いたが、正直、俺もその辺気になっていたところなので渡りに船だと思い嫁の誘いに乗ることにした。
 俺はくるりと向き直り、稟議書の押印をしている猫実さんに声をかける。


「猫実マネージャー、昼飯行きませんか?」

「……なんだ、何か相談事でもあるのかな?」


 猫実さんは怪訝な顔をし、それでも手元の稟議書と睨めっこをしながら俺に訊ねた。


「相談というか、嫁に猫実さんを連れて来て欲しいと言われまして…。」

「は?嫁?なんで?」


 手元の稟議書をバサッと放り投げ、不機嫌そうな視線を向けた。

 はぁ……その視線……♡

 って、そんな事思っている余裕はなかった。

 仲原も一緒だということは、多分…今朝の件諸々だ。
 誤魔化しても仕方ないので、正直に話すと、猫実さんは少し考え、心底面倒くさいという顔をして溜息を吐き、渋々首を縦に振ってくれた。
 何とか猫実さんを宥めてOKをくれたので、早速嫁のグループウェアの予定に俺と猫実さんを追加すると、嫁へ『OK』の返信をした。



 ◇◇◇



「うん、それで?」


 何とかランチに連れ出したのはいいが、着いてそうそうに莉佳子と仲原が猫実さんの地雷を踏んだようで、目の前の猫実さんは完全に外面モードの綺麗な笑顔になっている。

 猫実さんは一度チラリと横の仲原に視線を遣ると、すぐにまた俺達に視線を戻してにっこりと笑顔を向ける。


「俺の本気ねぇ。そんなの名月以外に信じて貰おうと思ってないけど、数少ない名月の友人っぽいし?ちゃんと説明した方がいい?ねぇ?名月?」


 顔は綺麗に笑っているのに、恐ろしい程に冷たい声でそう言うと、猫実さんは仲原の首の後ろを掴み引き寄せ、噛み付く様なキスした。仲原は猫実さんの胸を押し返したり叩いたりして抵抗していたが、体格差で押さえつけられ抵抗は封じられてしまう。
 やがて、仲原が抵抗を辞め、猫実さんのキスを受け入れると、甘い息を漏らし始めた。

 おい、仲原…こんな所で勘弁してくれよ……

 そう思い顔を上げ猫実さんを見ると、鋭い目付きで莉佳子を睨み付けながら、まるで仲原への本気度を見せつけるようにキスをしていた。

 角度を変えながら深く、何度も、何度も……

 その表情から、猫実さんが本気で怒っていることが伺い知れた。

 うわ……莉佳子マジ何やってんだよ……


 普段から柔和で人あたりのいい猫実さんは、よっぽどの事がない限り怒ることがない。
 入社して8年、猫実さんの部下として5年間やってきたが、トラブルについても冷静沈着に物事を対処してきた猫実さんが怒ったところ見たのは両手で数えられる程だ。

 しかも、こんなに感情を掻き乱される程、激しく怒ったところは見た事は……皆無である。

 尊敬して止まない上司の珍しい光景に、不謹慎ながら気分が昂揚してしまい、顔が熱くなってきた。
 落ち着かせるように、お冷のグラスを手に取り口に運ぶと、猫実さんの視線が隣の莉佳子から俺に移り、視線がかち合う。

 俺の様子に猫実さんは何か気づいたのか、仲原へキスを落としながら片口角を上げにやりと不敵な笑みを浮かべ、仲原の項にかかった髪を俺達に見せつけるように掻きあげた。

 ――――っ!!!

 そこには沢山の鬱血痕…キスマークが、まるでこれは俺の所有物ものだと主張しているように燦然と存在しており、俺は目の前の光景から目が離す事が出来なくなっていた。

 そして、猫実さんはゆっくりと仲原から唇を離し、自分の唇をペロリと舐め上げ艶然と笑み、俺達に言った。


「……っは。どう?コレでわかる?俺、こいつに溺れきってるの。外面なんか被る余裕ないくらい。」


 そのあまりの濃艷さに背筋がゾクゾクと粟立ち、下半身がズクリと疼いた。

 はぁはぁと荒い息をしてくったりと猫実さんの胸にもたれかかっている仲原を、猫実さんは愛おしそうに抱き締め、髪にキスを落としている。


 これは……
 どこからどう見ても本気で溺愛してるじゃないですか……

 莉佳子も仲原も猫実さんの何を見ているのか。
 こればかりは同じ男として、猫実さんに酷く同情する。

 知らぬは本人ばかりなり…と。

 莉佳子と猫実さんが何やら話をしていたが、俺は猫実さんが不憫過ぎて心の中で密かに合掌をした。

 ―――ゾクッ

 不意に、正面から射殺されそうな程の鋭い視線を感じ、顔を上げると、獰猛な肉食獣のような目をした猫実さんが俺と莉佳子を威圧していた。


「噂を聞いてるなら、この話は聞いた事ない?俺、誰にも執着しないって。その上でどうかな?俺の名月への執着の程度。ふたりとも目の前で嫌という程見ただろうから異論は認めないけど。」


 いつの間にか莉佳子だけでなく、話が俺にまで飛火をしていたようで、猫実さんは俺達を交互に同意を求めるような圧力をかけつつ睨めつける。
 その圧力の凄まじさから、俺達は頷くしかできず振り子のようにブンブン首を縦に振ると、漸く猫実さんから不穏な圧力がなくなった。

 猫実さんは溜息をひとつ吐くと、仲原の手を引き立ち上がり、5千円をテーブルに置き俺に声をかけた。


「楠木、今日このまま外出して直帰するから、代理頼める?出来るよね?…… 名月……行くよ。あ、楠木、釣りは要らないから。楠木嫁もくれぐれもよろしくね。」

「は、はひぃぃぃっ!!!!」


 顔はいつものにっこり笑顔なのだが、猫実さんの目は、出来ないとは言わせないよ、と語っており、俺は恐怖で縮み上がった。



 ◇◇◇



 猫実さんが仲原を引き摺って店を出ていく様子を、俺達は恐怖で固まってしまって振り返って見ることも叶わず、また想定外の出来事にふたりして呆気に取られて暫し呆然としていた。
 気まずい沈黙を最初に破ったのは、莉佳子だった。


「慎ちゃん……6年間の片想いって…猫実さん、本気だね。」


 莉佳子が俯いてぽつりと言った。
 俺は短く嘆息し、莉佳子に返答した。


「…あれはどこからどう見ても本気以外有り得ないでしょ。」


 あれが本気じゃなくて遊びだったら、世の中のカップルの大半が遊びになってしまう……
 そう言う俺だって、莉佳子のことを愛しているが、あそこまで体裁かなぐり捨てて自分の気持ちを曝け出すことはできないだろう。

 猫実さん、かっこいいっすわ。
 男の俺でも惚れてまうやろ。

 そんな猫実さんに愛されている仲原は幸せなやつだな、と少し羨ましくなる。
 もう一度言うが、俺には一切そっちの気は無い……


「……キス……凄かったね……」

「あ、あぁ……目のやり場に困ったけど…凄かったな……」


 頬をぽっと赤く染めながら莉佳子が言うから、俺もつられて顔が蒸気して赤くなった。
 どちらからともなく、お互いの手を握り指を絡める。
 完全に充てられてしまった。

 くそー!俺も莉佳子とイチャイチャしたいぞ!
 今晩は娘の茉莉ちゃんを早く寝かせて久々に……

 俺の頭の中にはそんな不埒な事がぐるぐるとしだしたところで、無性に隣の莉佳子にキスがしたくなり、莉佳子に顔を近づける。


「名月、大丈夫かな……」


 すんでのところで、莉佳子が呟いた。
 完全に気勢を削がれ、ガックリとしながら受け答えをする。

 うぅ……キスしたかったよ……


「うぅ~ん……あれは大丈夫じゃないんじゃないか?………って、俺も大丈夫じゃない!!!あぁぁぁ……どうしよう…猫実さんの仕事……代わりにやらなきゃ…」


 イチャイチャする事で頭の中がいっぱいだったところ、現実に引き戻された。

 猫実さんが帰ってしまったから、今日はやることが多すぎて残業確定なのだ。
 半分以上莉佳子のせいなので、俺が引き受けるのは致し方が無い。
 イチャイチャしたかったが、それはまたの機会にと悶々とした思いを慌てて押し込めて蓋をする。

 危ない……
 これ、ちゃんとやらないと明日殺られるパターンだった……



「とりあえず、帰社しますか……。ごめん、今日残業……茉莉ちゃんと先に寝てて……くすん」


 短く嘆息し隣の莉佳子に言うと、


「う、うん……私のせいでごめんね?」


 と、申し訳なさそうに莉佳子は言った。


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