【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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番外編

初めての大型連休の過ごし方 連休8日目-ここは高級旅館では…?-

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 弦に連れられて来た旅館は歴史ある温泉宿で、古き良き和の風情を感じる老舗旅館だった。
 雰囲気だけでここが高級旅館である事がわかる程の佇まいの立派さに呆然と立ち尽くしていると、トラベルバッグ片手にやってきた弦が目を細めて私を見つめながら、ごく自然にするりと腰に手を回してにっこりと笑顔を向けた。


「さ、名月行こう。」

「ま、待って待って。ここって…予約取るの大変じゃなかったの?」

「んー、そぉ?普通に取れたよ。ここの離れ。」


 私の質問に涼しい顔してしれっと言う弦に、途端に白目になる。


 いやいやいやいや、こんな人気の老舗旅館がそんな簡単に取れるわけない。
 連休中、ましてやゴールデンウィークというハイシーズンの最中だ。


 人気の高級なお宿だよね?寧ろなんで取れたのよ?
 離れだから?高いお部屋だから空いてたのか?!
 そんなん絶対目玉が飛び出るくらい高いじゃん!
 せめて自分の分位は出さないとやばいよね……
 あぁ、いくらくらいするのかな…月給何ヶ月分だろ……


 戦々恐々としながらも、鼻息荒く矢継ぎ早に弦に捲し立て……ることも出来ず、辛うじて絞り出したセリフがこれである。


「えぇ、離れって…てか、ここ……凄くお高いんじゃ……流石に宿代……自分の分は……」


 あーん、私の意気地無し。

 弦の笑顔と背後に見える旅館の雰囲気に圧倒され言いたい事も言えず、もじもじと小声で伝えると、弦は楽しそうにくつくつと喉を鳴らして笑って言った。


「んーん、要らないよ。勝手に予約して勝手に連れてきたのは俺だし。サプライズってやつ。それに、こういう時は男に花持たせてよ。ね?」


 サプライズもサプライズ、特大級のサプライズだ。

 普通、こういうサプライズはプロポーズとかでやるサプライズであって、なんでもない日にやるサプライズってもっともっとライトでカジュアルなものではないのか、という疑問が浮かんだが、ここでふと思い出す。

 そうだ、弦はいいところのお坊ちゃまなのだ。

 高校生で家を出てから、相当な額の生活費を貰っていたらしいので、金銭感覚が多少…ズレていても仕方がないのかもしれない。
 まぁ、それはこれから少しずつ矯正して行けばいいか、と思い直し、先程口からでかかった疑問をグッと飲み込んだ。

 それよりも…散々アウトレットで買い物してもらった上に、こんないい宿を取ってもらい、更に宿泊費まで出してもらう事に対して、申し訳なさと居た堪れなさで俯いてしまう。


「うぅ…またそういう事言う……今日かかったお金、全部弦が出してるじゃない。申し訳ないよぉ……」


 恐縮してぷるぷる震え、上目遣いで見上げる私の頭をぽんぽんと撫でながら、弦は優しい笑顔を浮かべて言った。


「ふふふ、名月を喜ばせたくてやってる事なんだから、恐縮するよりも笑って欲しいな?大した額じゃないし、好きでやってるから気にしないでよ。申し訳ないと思ってるなら…そうだな、後でお返しに名月をいっぱい頂戴?ね?」

「ふぇっ?!いっぱい?!」

「そ。いーっぱい。2泊取ってあるから明日は温泉入ってお部屋でゆっくりまったりしようね?お礼はそれでいいよ。」


 た、大した額ですよ……?
 それに…いっぱい?!いっぱいって言った?!
 弦の満足するいっぱいってどれくらいだ?!

 体力おばけで絶倫の弦は普段の時でも3回は当たり前に求めてくる。翌日が仕事の平日の夜にだ。

 次の日が休みの週末の夜は、気が付いたら空が白んでいる事が大半で、特に外出のない休日は昼までして、ちょっと寝たら、また夜が明けるまで。私が気を失っている時と食事やお風呂の時以外はずっと抱き合っている。

 引越ししたばかりの頃は毎週のようにお買い物に出かけていたのでこんな事は稀だったが、買い物が落ち着いたこの連休中はもうずっとこんな感じだ。

 それで、お出かけデートがしたいと強請ったのだが、突如してお泊まりデートに変更となった。

 しかも2泊。ゆっくりまったり、という事は明日は……

 弦の言葉の言外に含まれる意味の恐ろしさに、遠い目になり、乾いた笑いが漏れた。

 しかし、ここで思い直す。

 折角高級旅館に宿泊してゆっくりと温泉に浸かれるのだ。心ゆくまでのんびりしてたまの贅沢を堪能したい。

 申し訳ないが、弦のように盛っている場合ではないのだ。

 そうと決まれば、言うことは決まっている。私ののんびり平和な高級旅館でのひとときの為にも意を決して、あえて弦の発言の意図している事をスルーして私の希望を主張することにした。


「せ、折角温泉来たんだし、明日はゆっくり休ん……」

「うん、だから明日はゆっくりお風呂に入ったりお布団でまったりしようね?さぁ、疲れたから早く部屋行こう?もう名月が足りないよ。そろそろチャージしないと。」


 弦は目を細めて私を見つめると私の頬をするりと撫で、反論を許さない笑顔で私の言葉に被せ気味に断言した。
 まるで私の言おうとしている事を知っていたかのように…
 私がスルーすることもちゃんとわかってて先回りして潰しにきたのだ。

 鋭いというか…なんというか……
 あなたはエスパーか何かですか?!

 相変わらずの感の良さには、驚きを通り越して、寧ろ少しばかりの畏怖の念を抱きつつある。

 そして、先程からの弦の態度の意味する事それは……

 『明日はゆっくりまったり一日中セックスをする』

 もうこれは変えるつもりはない、既定路線ということだ。
 そして、私はそれを理解すると脱力してガックリと項垂れた。


 あぁ……さよなら…私の……


「……温泉……美味しいご飯……うぅぅ……」


 涙を浮かべて恨みがましく呟くが、その声は隣で鼻歌を歌っているえらくご機嫌な弦には届いていたかどうかは不明である。

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