【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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番外編

独身最後の夜~三十路男子の深夜の恋バナ~

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「そう言えば、結婚式以来会ってないけど嫁さん元気?」


 一頻り笑った後ギムレットの残りを煽り、お代わりにソルティドッグを注文すると猫実は唐突に言った。


「あぁ、元気だよ。実は…子供ガキが出来てさ、今ようやく安定期に入ったところ。」


 猫実が仲原さんと付き合うのと同じくらいのタイミングで嫁の妊娠がわかり、ちょうど猫実が結婚するこのタイミングで安定期に入ったところだった。

 来週には情報解禁する予定だったし、こちらもちょうどいいタイミングだったので打ち明けると、猫実は一瞬吃驚したかのように目を見開き、そしてすぐに嬉しそうに破顔した。


「そっか。なんだよ、お前の所もおめでとうだな。そういえば、今年で結婚3年目だっけ?」

「そうそう、3年目。てか、よく覚えてるな。」


 普通はなかなか人の結婚期間なんて覚えていないと思うが、猫実は覚えていてくれた。それがとても嬉しくて、頬が緩んだが、猫実の次の一言でその喜びは綺麗さっぱり吹き飛ぶ。


「名月がリーダーに昇格した年だからよく覚えてるよ。」


 あー……そゆことね。

 昇格は昇格でも、リーダー昇格は営業部全体MTGミーティングに参加出来る役職だから特別だよなぁ…

 恍とした表情で言う猫実を見て理解する。
 わかってはいたが、改めて認識すると乾いた笑いが漏れた。


「あ、うん……知ってた。お前の基準は仲原さんだったもんな。」


 思わず遠い目になりながらそう言うと、猫実は真剣な顔で言い放った。


「当たり前だろ。名月は俺の生きる意味だからな。俺の世界は名月を中心に回ってる。」

「あー、はいはい。って言うか、ドヤ顔で言うなよ…」


 俺は呆れながら、同じくやや呆れ顔のママにお代わりのウォッカトニックを注文すると、手元のシャンディガフのグラスの残りをグイッと煽り、アボカドクリチーを立て続けに3つ口に放り込んだ。
 その中にわさびの塊があったようで、突如強烈な辛味が鼻を抜けて思わず涙目になり、あまりの辛さに噎せながら、チェイサーのお冷を一気に飲み干した。

 猫実は一連の流れを楽しそうに笑いながらタバコを吸うと、俺の嫁の話を続ける。


「そう言えばお前の嫁さん、幼馴染だったよな。」

「あぁ、そうだよ。両親もみんな幼馴染でさ、生まれる前から許嫁ってやつ。上流階級でもないただの一般市民パンピーなのに変だよな。」


 俺の話に猫実は瞠目して呟いた。


「許嫁、ね……確かにね、一般的には珍しいけど…俺の父親がそうだったし、俺の姉も許嫁と結婚したし、俺の周りは許嫁婚結構いるな。」

「えっと……あれ、姉さん?猫実って兄弟姉妹きょうだい…いたのか?」

「あぁ、話してなかったっけ?腹違いだけど、姉と妹がいるよ。まぁ、俺の家は特殊だから参考にはならないけど。」


 サラッとドデカい爆弾を投入されて俺は一瞬固まった。
 高校生になると同時に豪華なマンションで一人暮らしをはじめた辺りから、何か訳ありな気がしていたが、そんな秘密があったとは全く知らなかった。
 踏み込んでいいものか悩み、若干気まずいながらも、恐る恐る訊ねてみる。


「えっと…それは結構複雑な感じ?」

「いや、そうでもない。」


 家族の話などは触れちゃいけないタブーな気がしてあえて聞かなかったのだが、当の猫実はさほど気にした様子もなくあっさりと事情を明かしてきたので、俺は拍子抜けしてしまい、何とも間抜けな声が出てしまった。


「…っあー……そう。なら…いいんだけど。」

「ははは、なんだその間抜け面。そうそう、だから気にしないでいいよ。それよりも、お前の許嫁の話聞かせてよ。」


 猫実はピックに刺さったアボカドを口に運び、楽しそうに笑いながら俺に話の先を促した。


「別にいいけど…特に面白くはねぇよ?」

「いや、十分面白いから大丈夫。ねぇ、瀬田は許嫁の話はいつから聞いてたの?」

「えーと…小さい頃から許嫁の話は聞いてたな。だけど、相手を知らされたのは中学上がってすぐだったな。」

「相手幼馴染だろ?わかった時は嬉しかった?」

「いや、まさか!って思った。」

「まさかって、それは相手が不服だったの?」

「いや、嫌というか…思春期で反抗期に入ったばっかりだし、色々あるだろ?まぁ、抵抗もしたけどさ。最終的には結婚出来たしな。」

「ふぅん。それは相手の事が好きだったから?好きな奴と幼馴染で許嫁で、結婚とか。それはかなり羨ましいな。俺なんて、恋心を自覚した瞬間、失恋からのスタートだよ。そこから焦れること5年。いやー、拗らせたね。」


 猫実は何かを思い出したかのように乾いた笑いを浮かべ、ふぅと大きくタバコの煙を吐いた。

 そう言えば、猫実は仲原さんに一目惚れした事に気が付かず、アプローチをかける前に既に他の男に攫われた後だった。そこからのスタートは確かにキツイが、俺の方も幼馴染の関係に悩んで荒れた時期があった。

 それが原因でその後、結婚するまでが結構大変だったんだよなぁ、と苦笑いが零れた。


「そうか?俺も色々あって相当拗らせたぞ?初恋の判定タイミングって難しいよな。」

「確かにね。初恋か…俺は恋をした事がなかったから、名月に恋人がいるとわかった時に、抱いていた気持ちが恋心だって事にようやく気が付いたんだけどさ。今までに感じた事の無い気持ちだったから、この時が俺の初恋になるんだよな。瀬田は?」


 猫実は新しいタバコに火を着けながら、切ないような苦しいような憂いを帯びた表情をした。


「うぅん…俺のはなかなか難しいんだけど…好きになったのは子供の頃だから、親とか第三者からみた方が先なのか、それとも自分が自覚した方が先なのか…どっちが初恋になるんだろうな。」

「それは難しいな…俺的には自分の自覚かな?と思うけど、傍で見てた人達の証言も無視できないしな……。」

「だろ?混乱するし、拗らせるよなぁ……。」


 当時を思い出して遠い目をする俺を横目に、猫実はタバコの煙を深く吐きながら言った。


「そうだな。それで、お前の幼馴染の嫁って、あの柏木本部長狸親父の娘だろ?もしかして、この会社入ったのって…」

「そうだよ。幼馴染とはいえ色々あったからな。何とか認めて貰わないとってさ。」

「へぇ。それは……純愛だな。」


 言いながら猫実はニヤリと意地の悪い笑顔を向けた。
 俺が荒れてた時期、一緒に過ごしてきたはずの猫実から思いも寄らない単語が出てきて、吃驚して思わず声が上擦る。


「いやいや、お前が純愛とかいう?!どんな交友関係だったかお前が一番良く知ってるだろうにさ。」


 猫実は楽しそうに声を上げて笑うと、しれっと話題を変えてきた。

「てか、嫁さん美人だよなぁ。本部長の娘とは思えないわ。母親似か?」

「美人だろ?ていうかめちゃくちゃ可愛いんだよ。そうだなぁ、母親似かもな。てか、惚れるなよ?」


 嫁が美人と褒められて嬉しくないわけがない。自分でもわかる程、デレッと頬が緩んだ。
 それを目敏い猫実が見逃すはずはなく、片目を瞑り首を傾げやれやれと言う顔をすると、大きくタバコの煙を吐きながら、心底興味がないというような口調で言った。


「俺には世界で一番綺麗で可愛い名月がいる。名月以外欲しくないから、悪いけど惚れてくれと頼まれてもお断りさせていただくよ。」

「あぁ、そうしてくれ。だけど、言わせてもらうが、うちの嫁は普段ツンだけど、最高に可愛いんだぞ。仲原さんにも負けないんじゃないか?」

「それはないな。うちの名月が一番に決まってるから。」

「いやいや、うちの嫁の……」


 くだらない言い合いをしていると呆れ顔のママがツカツカとやって来て、俺が言い終わる前に、顔の前にぬっと鏡が割入れられた。


「はいはぁーい、やめやめ。はい、ふたりともー鏡見て?見えるかしら?自分達のと~ってもお間抜けな顔。デレデレしちゃって、全く…だらしないったらありゃしないわ。」


 そう言うとママは猫実の前にソルティドッグを、俺の前にウォッカトニックをドンと乱暴に置くと、胸のポケットからハンカチを取り出し、端を噛み締めキィーっと言い放った。


「大体、何なの、あんた達?お互いの嫁自慢?惚気話?ひとり寂しいオカマの目の前でそんな胸焼けしそうな激甘話しないで頂戴。やりたいなら他所でやってくださぁーーーーーーーーいっっ!!!」

「「あ、は、は、はいっ!!!」」


 鼻息荒く息巻いているママの鬼迫に圧倒され、俺と猫実は出されたカクテルを一気に煽りながら、ただただ首を縦にコクコクと頷くしか出来なかった。


「ん、わかればよろしい。で、あんた達、次はどうするの?」


 ママはその様子を眺めるとフンと一層大きく鼻を鳴らすと怖い顔でじろりと俺達を睨め付けた。
 俺達はママから視線を逸らし明後日の方向を見つつ、のろのろと帰り支度を始める。


「あー……俺はそろそろ…帰ろうかなぁ…と。なぁ?猫実。」

「う、うん。俺も…すっかり遅くなってしまったし、名月が寂しがってると思うから帰ろうかな。」


 すると、俺達の言葉を聞いたママはシッシッと手を振り、追い返す仕草をしながら、山盛りだったアボカドクリチーの僅かな残りをグサグサとピックに刺して、俺と猫実に突き出し言った。


「そう?じゃあこんな所でおっさん同士で恋バナなんてしてないで、さっさと愛する人の元へ帰りなさいな。」

「あ、はい……」


 俺はそれを受け取りつつ鞄から財布を出そうとすると、猫実がそれを制止してクレジットカードをママに差し出した。
 すると、ママはふわりと微笑み猫実のカードを押し返してウインクをした。


「今日の飲み代はアタシからふたりへのお祝いよ。それと、猫ちゃん。今度あんたの嫁、ちゃんと紹介しなさいよ?いい?」


 その優しく慈愛に満ちた表情に、俺は不覚にもまた少し鼻の奥がツンとしてきたが、隣からは何故だろうか…若干不穏な空気を感じる。チラリと横の猫実を見ると、案の定、悪戯っ子の様な表情を浮かべていた。

 うん、なんだか嫌な予感がする。


「お、おい?弦……」


 俺は慌てて制止をするべく、猫実に声を掛けたが既に一足遅かったようだ。
 にこにこ顔の弦がママの地雷を踏み抜いた。


「ありがとうございます。……もちろ…」

「だからっ!ママってお呼び!!!でないと、今日の飲み代100万円請求するわよ!!!」


 猫実が言い終わるよりも早く、ママこと、一之さんの怒号と猫実の楽しそうな笑い声が店中に響き渡った。

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