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トラヴェエ王太子の責務と恋
□もうひとりの幼馴染
しおりを挟む政務棟を出ると日が傾き始めていた為、私は少し急ぎ気味に王族居住区へ向かった。
王太子であるヒュー兄様の私室は王族居住区の最奥にあり、基本的には王族と限られたものしか入れない場所にあるのだが、幼馴染で子供の頃から一緒に育ってきた私たち兄妹は特別にその場所に立入る事ができる許可があり自由に出入りができた。
王族居住区へ行くには、通常は王城内の通路をぐるりと進む必要があるのだが、もう日も落ちかけている為、なるべく早くヒュー兄様の元に行きたい私は、政務棟から王族居住区への直線距離で最短の中庭を通ることにした。
王城の中庭には季節毎に色とりどりの花や植物が咲いていて、天気の良い暖かい日はここでお茶会等の催物を行うこともあったりと、いつ来ても人々の目を楽しませてくれている。
幼い頃はここでよく遊んだなぁと感傷に浸りながら蔓薔薇のアーチを潜り抜け、お気に入りだったガゼボの前を通りかかると、ふいに突然後ろから声をかけられた。
「あれ?リーナ?こんなところで会うなんて、吃驚したよ。どうしたの?」
振り返ると、そこには私のもうひとりの幼馴染、アルベール・プロト・リトヴィエ第二王子殿下がいた。
「アル?」
随分と久しぶり会うアルベールは私よりも2歳年下の弟のような存在……のはずだった。しかし、目の前にいるのは、立派な青年で、身長もぐんと伸び以前会った時と比べて少し大人びたように思える。
少し前までは私の事を見上げていたはずなのに、いつの間に私を追い越したのだろうか、今では私が見上げる側になっていたことに吃驚した。
「うん、リーナ。久しぶり。」
そう言ってはにかんだ様な笑みを浮かべたアルベールは政務棟からの帰りだろうか。供も連れずに居るところを見ると、余程急いでいたのだろうか、恐らく私と同じで近道をしてきたようだった。
私の考えていたことがわかったのか、アルベールの目が「君も?」といたずらっぽく語っていたので、私も「えぇ、貴方も?」と目線で返す。そして、2人で同時にしたり顔をする……
見た目は大人になっても、子供の頃から変わらない2人のやり取りに思わず吹き出して笑ってしまった。
「ご機嫌よう、アル。」
「こんにちは、リーナ」
ひとしきり笑った後は、改めて淑女らしくカーテシーで挨拶をすると、アルベールは優雅な仕種と麗しい笑顔を見せて丁寧に挨拶を返してくれる。
アルベールのこの丁寧な対応と人あたりの良さそうな笑顔はもちろん、サラサラの濃灰の髪に王妃様譲りのアメジストの瞳は、一見の価値があり、今や兄の王太子に負けず劣らず貴族のご令嬢方に人気を博している……らしいが、私はそれよりも素のアルベールの方が好きだけどなぁ、等と思っているとアルベールに話し掛けられた。
「それで?リーナはあっちに何か用でもあるのかな?」
「あ、そうそう。ヒュー兄様に用事があって。」
「兄上に?そういえば、今日父上と謁見があったはずだよ。」
「そうみたいね。先程執務室にいらっしゃらなかったら私室かなって。ジュー兄様のご用事で登城したからついでにヒュー兄様のお顔を見てから帰ろうかと。」
「ついでにって…兄上がついでにされるなんて、他のご令嬢では考えられないや。」
アルベールは私のついで発言に目を見開くと楽しそうにくつくつと喉を鳴らして笑った。
「だって……このまま帰ったらきっとヒュー兄様怒るわよね。」
「あぁ、なるほど。確かにね。それは後でジュストが八つ当たりされる案件だね。」
そうなのだ。以前父のお遣いで登城した際、城下町に行く予定があった私はそのままヒュー兄様に会わずに帰った事がある。
そして、その日の夜……いつもよりも遅く深夜近くに帰宅した兄に叩き起され、「お前がヒューを無視したせいで八つ当たりされた!」と兄に文句を言われた事があったのだ。
あの時のような思いは流石にもうしたくない。
「そうなの!そして、その八つ当たりの八つ当たりに合うのは私だもの。そんなの御免だわ。」
遠い目をする私を見て、再び面白そうにアルベールが笑う。それにつられて私も引き攣った笑いを浮かべていると、目の前に影がかかった。
「でも……」
頭上からアルベールの声が降ってくる。ふと見上げると、いつの間にかアルベールは私の正面に来ていたようだ。アルベールの顔からは先程までの笑みは消えている。
「え?アル?どうし……」
アルベールは吃驚して声を上げた私の言葉に被せるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「兄上ばかり狡いなぁ。ねぇ…リーナは私には少しも会いたいと思ってくれなかったの?」
同じ幼馴染なのに…と呟いたアルベールの顔はいつになく真剣で、私は返答に困ってぐっと喉が詰まった。
しどろもどろしているうちに、ジリジリとアルベールが距離を縮めてくる。
そして、アルベールはすぐ私の目の前までやって来くると、顔を近づけてじっと覗き込んできた。
私の頭は混乱を来し反射的に身体が強ばった。どうしたらいいの分からず、唇が震えたその時、アルベールはふっと表情を緩め、吹き出して笑いだした。
「…ぷっ!冗談だよ。ごめんね、リーナ。もう、そんな困った顔しないで?」
ごめんごめん、と言い少し涙目になりながら笑うアルベールに、私が目をぱちくりして固まっていると、更にアルベールの笑いはエスカレートしていく。
子供の頃から年が近いせいか、会う度にアルベールは私を何かと揶揄っていたが……今回も揶揄われたのだろうか。
全く悪趣味にも程がある……
ふつふつと怒りに似た感情が湧いてきたが、相手は腐っても王子殿下なのだ。幼馴染とはいえ、不敬は働けない。
「あ、兄上ならきっと私室にいるよ。それじゃあまたね。」
私のそんな葛藤を見ながら一通り楽しんで満足したのか、アルベールは一瞬目を細めると私の頭にぽんと手を置くとあっさり去っていった。
一体何だったんだろう……
いつの間にか、私よりも大きくなっていた幼馴染の後ろ姿を見送りながら、複雑な心情になっていた。それよりも……
えーと、私今頭を撫でられた?
ぽんと頭の上に置かれた手の感触を思い出し、顔が赤くなった。
アルベールのことも気になるが、すっかり日も落ちてしまって当たりはかなり暗くなっていた。
流石に、これ以上遅くなってしまうと夕餉の時間に帰宅出来なくなるので、一刻も早くヒュー兄様の所へ向かうべくすっかり日の落ちた中庭を早足で抜けた。
王族居住区はもう目前だ。
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