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トラヴェエ王太子の責務と恋
□王太子の恋人
しおりを挟むヒュー兄様は深くひとつ息を吐くと、意を決したように口を開いた。
「リーナ、私に同盟国の王女との縁談がきている。」
「えっ……それって……」
「縁談の相手は……君が対応する事になっている、ハイデリガの第一王女だ。」
やはり今回の王女の来訪には意味があったのだ。
それにしても、王女殿下の来訪の理由がまさか縁談とは思わなかった。
その事実に一瞬で目の前が暗くなった。
いや、少し考えればその可能性がある事くらいわかっていたはずなのに、どこかでそんなことあって欲しくないと思っていた自分がいた。だから私はその可能性を端から排除して目を逸らしていただけだ。
折角ヒュー兄様へ気持ちを自覚したと言うのに途端に失恋をするとは……
じわじわと視界が滲み、堪える涙で鼻の奥がツンとした。
先程までの幸せだった気持ちは見る影もなく萎んでしまった。
上を向いて必死に涙を耐えている私の手を、ヒュー兄様はずっと握っていてくれた。
「取り乱してしまって……ごめんなさい。」
そう言った私はきっと酷い表情をしていたのだろう。向かいに座っていた兄には心配と労り、そして慈しみの表情が浮かんでいた。
私はこれ以上心配を掛けたくなくて、精一杯の笑顔を作り兄とヒュー兄様に笑いかけた。
ヒュー兄様は苦しそうな表情を浮かべると、言葉を続けた。
「北のオラダスがハイデリガと我が国の国境地帯に侵攻した。同盟国として、軍事介入をする必要があっての政略的婚姻だ。ハイデリガの状況が悪い今、同盟国として看過できない……」
隣のヒュー兄様を見上げると、困ったように眉を寄せて今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そして、絞り出すような声で言った。
「私は……国を守るため、王太子としてこの婚姻を受けねばならない。それが王太子としての義務だから……だけど……」
そう言うと、ヒュー兄様は力なく笑うと、私の手をぎゅうっと握った。
「だけど…私には愛する人がいて、その人を妃に迎えたいと願っている。」
ヒュー兄様は真っ直ぐに私を見つめた。
国のために全てを諦めて、意に沿わない結婚をしようとしているこの人を心から愛おしいと思った。その姿にどうしようもなく胸が締め付けられる。
そして、ヒュー兄様も……
私は目を閉じて深く大きく息を吐くと、握られていた左手をぎゅうっと握り返してた。
ヒュー兄様は目を見開いた。
私はヒュー兄様に笑いかけ、そして頷いた。
するとヒュー兄様は徐に立ち上がり私の前に跪いた。そして、左手をとり、真剣な眼差しを向け私に愛を乞うた。
「リーナ、こんなことを私が言う資格がないのはわかっている。でも言わせて欲しい。リーナ、私はリーナを愛している。後にも先にも、君だけを愛しているし、君だけを愛し抜く。だから、私に付いて来てはくれないだろうか。」
「ヒュー兄様…」
「どうか……どうか、兄ではなくヒューと呼んでくれないか?愛しいリーナ。君が傍にいてくれれば、この先どんな苦しい事も耐えられる。例え、意に沿わない婚姻を結ぼうとも……私は君だけしか要らないし、私が愛するのはアイリーン・ソーニエル、君ただひとりだ。」
ヒュー兄様は私の左手の甲にキスを落とすと、私を見上げる。私を見つめるヒュー兄様は今にも泣き出してしまいそうな程不安な顔をしていた。
「どんなに時間がかかろうと、どんなに困難があろうと、私はリーナ…あなたを必ず妃に迎える。だからどうか……どうか、私の愛を受け取ってはくれないだろうか。」
ヒュー兄様のシルバーの瞳は私に愛を乞い、その答えを望んで不安の色に揺れた。
ヒュー兄様の大きな愛を感じて、堪えていた涙が瞳から溢れて頬を伝った。
私はヒュー兄様を愛している。
例え結婚出来なくても、ヒュー兄様の傍にいたい、と本心からそう思った。
だから… 私の答えはただひとつ。
「ヒュー兄様……いえ、ヒュー。私も貴方をお慕いしております。私も貴方と一緒にいたい。だから…どんなに辛くても、例え茨の道であろうとも……ヒューゴ・リュカ・リトヴィエ王太子殿下、貴方に共におります。」
ヒュー兄様の綺麗なシルバーの瞳を見つめ先程の答えを告げると、途端にヒュー兄様は弾かれたように立ち上がり、震える腕で私を強く抱きしめた。
「あぁ……リーナ。愛している……心から君を愛している。私にはリーナだけだよ。」
絞り出すように愛を紡ぐヒュー兄様…ヒューの震える背中に両手を回し、気持ちが通じ合った幸福感を噛み締めながら抱きしめると、私もヒューに愛を返す。
「はい、ヒュー……私も、貴方を愛しています。」
その言葉にヒューが私を愛おしそうに見つめ、私も想いを返してヒューを見つめた。
そして、お互いに見つめ会い破顔する。
徐々にふたりの間の空気が甘くなっていくと、目の前でゴホゴホと咳払いをする音が聞こえた。
「あー…………ご両人?また俺の存在忘れてない?」
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