見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

文字の大きさ
157 / 161

第41話 夏祭りと浴衣と花火と…… 中編

しおりを挟む

 翌日の土曜。昨日の雨が嘘のようにからっと晴れわたった正午――。
 聖ミカエル教会の礼拝堂にてフランチェスカは定位置の長椅子でその身を横たえていた。
 午前の説教を終えたばかりの彼女はふわぁとあくびをひとつ。
 「あーつかれた!」とスマホに繋げたイヤホンを装着。ロックの騒々しい音が流れ込んできた。
 途端、くぅと可愛らしい腹の虫の音が。

「ホント説教って、なんでこんなに腹減るんだろ?」と腹部に手を当てながら。

 冷蔵庫になにかあったっけな、と記憶を巡らすが、結局やめた。この暑いなかでは料理する気にもなれない。
 よし! とがばっと半身を起こす。

「たまには外食するか! 今月は余裕あるしね」
 
 そう言うと見習いシスターは颯爽と礼拝堂を出た。
 
 七月もそろそろ終わりの陽射しが容赦なく照りつけるなか、フランチェスカは商店街のアーケードへ。
 馴染みの店から挨拶と「良いの入ったよー!」と威勢の良い声。
 見習いシスターが向かった先はラーメン屋だ。赤い暖簾のれんをくぐると、カウンターからおばさんが「いらっしゃい!」と出迎えてくれた。

「ひさしぶりだねぇフラちゃん。今日はなににする?」
「えーとね……」
 
 壁に貼られた短冊型のメニューを順に見ていく。
 「あれ!」と指さしたのは期間限定の冷やし中華だ。

「あいよ冷やし中華一丁ね!」
「うん! あ、パイナップルやさくらんぼは無しでね」
「あいよ!」

 おばさんの手際良い調理ですぐに料理が出来上がった。

「はいおまちどお!」
「いただきます!」
 
 パキッと割り箸を割ると、おもむろに麺をすする。

「んんーっ! おいしっ!デリシオーソ!
「フラちゃん冷やし中華好きだねぇ」
「うん! こんな料理、スペインにはないし。期間限定なのが残念だけどね」
 
 ずるずるっと麺をすすりながら、ふと壁のほうを見ると夏祭りのポスターが貼られていることに気づく。

「いよいよ今夜からね。フラちゃんは行くの? 夏祭り」
「もちろん!」

 ふたたびポスターに目をやる。浴衣を着た女性をぼんやりと眺めていると、おばさんが気づいたらしく、「フラちゃんは浴衣持ってるの?」と聞いてきた。

「キモノとかのたぐいは持ってないの。興味はあるんだけど……」
「なら貸してあげようか?」
「え、いいの……!?」

 見習いシスターの顔がぱあっと明るくなった。

「うちの娘が着てたものだけどね。でもフラちゃんならピッタリよ!」
「ありがとうございます!」
「じゃ、お祭り行く前にここに来てね」

 †††

 午後6時。空が夕暮れで染まるなか、安藤は玄関でスニーカーを履いてトントンと爪先を蹴る。
 「じゃ、行ってきます」とドアを出た。

 同時刻。
 神代神社の社務所兼自宅の自室にて下着姿の舞は浴衣を羽織り、後ろから帯を巻き、長いほうを折り畳んで結び目を形づくっていく。
 最後に帯をまわして結び目を後ろに持ってくれば、文庫結びの完成だ。
 姿見で出来映えを確認。前と後ろを交互に見ていく。

「……よし!」
 
 満足した舞がうなずき、神主でもある祖父に「夏祭り行ってくるね!」と声をかけ、「気をつけていくんじゃぞー」と背中で聞きながら玄関の戸を開いた。

 一方、フランチェスカは約束通り、ラーメン屋の前まで来た。
 準備中の札がかかった戸をがらがらと開くと、おばさんが「いらっしゃい」と出迎えてくれた。
 厨房の奥へ進むと、幅の狭い階段を上って部屋の中へと入る。
 スイッチの紐を引っ張ると丸い蛍光灯があたりを照らし出す。
 「ちょっと待っててね」とおばさんが箪笥たんすの下段を開き、そこから丁寧に包装された包みを取りだした。
 紐を解いて包み紙を開けると、そこには朱色を下地に梅の花をあしらった浴衣が。

「わ、カワイイ!」
「サイズは合うはずだからね。さ、着てみましょうか」

 修道服スカプラリオを脱ぎ、下着姿になると、そこへ浴衣が羽織られる。
 前を合わせ、おばさんが帯を締めるあいだに手で押さえる。
 後ろで帯をぎゅっぎゅっと絞め、結び目を作れば完成だ。

「はい、これでよしと!」
「ありがとう!」
「そこの鏡で見てごらん」
 
 たたたっとおばさんが指さした鏡のもとへ。鏡のなかでフランチェスカがくるくると向きを変えてえへへと笑う。
 以前、京都に行ったときに初めて着物を着せてもらったが、それと比べて動きやすい。

「髪も結おうか?」
「ぜひ!」

 †††

 おばさんに髪を結ってもらい、一旦教会に戻って支度を整えたフランチェスカは意気揚々と駅へ向かう。
 商店街のアーケードを抜ければ駅まではすぐだ。駅の入口が見えたところでフランチェスカはいきなり歩を止めた。
 改札口からよく知る人物――マザーが出てくるのが見えたからだ。
 げっと顔を曇らせ、なんとかやり過ごせないかと思案するが、マザーが気づくほうが早かった。

「あら、フランチェスカ? その格好はいったい……」
「あ……ほ、本日もご機嫌うるわしゅうございます。マザー……」
 
 浴衣姿でしどろもどろになるフランチェスカを見、そしてふぅと溜息。

 やば……このあと教会に連れ戻されて説教のパターンだ。

 だが、マザーが口にした言葉は思いもよらぬものだった。

「そういえば夏祭りがありましたね。よく似合ってますよ、シスターフランチェスカ」
「す、すみませ……! …………へ?」

 おそるおそる下げた頭をあげて、マザーの顔をうかがう。
 それは怒ってもいなければ、呆れたような表情でもない、複雑な面持ちだ。
 
「しかたないですね、遊んできなさい。あまり遅くならないよう帰るのですよ」
「は、はぁ」

 母親のように微笑むとマザーはそのまま教会へと向かった。
 彼女の後ろ姿を見送るフランチェスカは困惑顔だ。
 あのマザーが遊びに行くことを許可してくれたのだ。これはただ事ではない。天変地異の前触れかと思うくらいに。

 ひょっとしたら明日は雨どころか雪、いやひょうが降るんじゃない?

「と、急がなきゃ!」

 腕時計を見ると待ち合わせの時間が迫っていた。フランチェスカは駆け足で改札へと向かう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...