年下上司の愛が重すぎる!

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48話

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◇◇◇


意識を失った身体が重くのしかかってきて、危うく佐原共々倒れそうになった。

身体がかなり熱い。殴られた頬は腫れ、唇は切れて出血している。
痛々しい見た目に、ぎり、と歯を噛みしめ他の捜査員に手伝ってもらって病院へと急いだ。



幸い骨や内臓に異常はなく、恐らく過労で倒れたのだろうと診断を受け、熱も高いので念のため今日は入院することになった。
下着だけコンビニで買ってきてやって、まだ寝ている佐原の顔を眺めながらベッドの端に腰を掛ける。

「ったく、無茶しすぎだろ」

神野さんから、話はだいたい聞いた。
それがなくとも、俺を嫌って距離を置いたわけではないことは、佐原の言動からして分かっていた。

だからこそ、父とのことは聞かれたくなかった。
もう、尊敬や熱の籠った眼差しは、向けてくれないかもしれない。
もう、同じような態度はとってくれないかもしれない。

そう思うと、怖くてしかたなかった。

それなのに、全てを聞き終えても佐原の瞳は少しの嫌悪感も混ざっていなかった。それどころかいつもより熱っぽかったくらいだ。

どうして...、どうしてそこまで曇りなき眼で俺を見れるのだろう。もう格好悪いところも、情けない姿も、汚い部分も見られているのに。どうして変わらずにいられるんだろう。

変わらなかったことに安堵はしたものの、いつか変わってしまうんじゃないかと思うと、いっそのこと嫌われていればよかったのかもしれないとまで思ってしまう。

こいつといると、自分でも知らなかった部分まで暴かれているようで、正直少し怖い。
こんなにも臆病だったことも、最近知った。

でも———

「好きになっちゃったんだよなぁ.....」

ぼそりと呟いてから急に恥ずかしくなってきた。
こんな気持ちになったことも、こんな言葉を口にしたことも初めてだ。

まだ目覚めないだろうし明日にでもまた来るか、と腰を上げると、不意に左腕を掴まれた。
え、と思った時にはすでに後ろに引っ張られ、ベッドに逆戻りしていた。

ま、まて、まさか.....。
ぎ、ぎ、ぎ、と首を動かして佐原を見ると、先程まで閉じていた目がうっすらと開いている。
落ちつけ、俺...。さっき起きたばっかで聞かれてない可能性も——

「ひめ、ざきさん......、いまの、どういう......」

き、聞かれてたー!!!

一瞬で可能性は消えてしまったが、まだ頭はぼんやりとしているんだろう。俺を見据える佐原の眼は困惑の色が濃い。声も掠れていて、喋るのも少し辛そうだ。

だというのに手首を掴む力は強く、逃げられそうにない。

「ぁ、おい、まだ寝てろって....」

気まずいのもあって起き上がろうとする佐原の肩を押すが、片手では到底押し戻せない。手首を掴んでいるのもそうだが、どこにそんな力が残されているんだろうか。仕方なくベッドを操作して上体を起こしてやった。

その間、手を離すことも、視線を逸らすこともせず、かなり居心地が悪い。せめて何か喋ってくれればいいものを。いや、きっと喋るのも辛いのだ。今はこの状況をどう切り抜けるかが問題だな...。

「あー....っと、今日は念のため入院だってよ!下着はこれな。服はどうする?勝手に家入ってよければ適当にもってくるぞ」

少し早口になってしまったが、気まずさを払拭させるためにも明るく言った。
だが、佐原は俺の目を見つめるばかりで何も言わない。

「......なんか言えよ....。つか手痛い」

沈黙に耐えかねて不満を口にしても、手の力は緩まなかった。

「....にげ、るでしょう...?」

今度は俺が黙る番だ。確かに少しでも力が緩めば逃げるつもりでいた。

「...さっきの言葉は、どういう..いみですか...?」

「...........」

「....ひめざきさん」

どうやら、言うまで離してくれないつもりのようだ。そりゃそうか、と内心で呟いた。立場が逆なら俺だってそうする。
だからといって、話すかどうかは別問題だ。けれど話さなければこのままなのも事実なわけで....。

暫くの沈黙の後、深くため息をついてから思い切って口を開いた。

「ど、どういうって.....、そんなん......、そ、そのままの意味、に.....決まってんだろ.....」

「.....もっと、ちゃんと、言ってください」

「なっ...!」

これでもありったけの勇気を出して言ったのだ。それをまさか一蹴されるとは。

「わ、わかるだろ!」

「わかりませ..げほっ、げほっ...」

あまり喋らせない方がいいのはわかってる。それでも、あれをもう一度言うなんて無理だ。
そもそもあれはただの独り言で、佐原に向けて言った言葉ではない。いや、佐原への言葉ではあるのだが、伝えようと思って口にしたのではない。思わず、ポロっと溢れてしまっただけなのだ。

故に、何が言いたいかというと——単純に、心の準備ができていない。

情けない話ではあるが、面と向かってとか絶対に無理だ...!せめてもう少し時間をくれ...!
なんて言っても待ってはくれないだろうし、それを言うのも恥ずかしい。

いったいどうすれば。
解決策がなにも思い浮かばず、ただ時間だけが過ぎていたが、ふと以前佐原が言っていたことを思い出した。

そうか、これなら。

この時、俺はこれが最善だと本気で思っていた。だからこそ行動に移せたともいえる。
——そう、言葉ではなく行動で伝えようと考えたのだ。これなら佐原も納得してくれるだろう、と。

ベッドから腰を上げると、手首を掴んでいる力が強くなったが逃げるつもりはない。
逃げると思っていた相手が近づいて来たことで、佐原は不思議そうに首を傾げた。

トラウマを克服できたかどうかを確認するため、という理由で身体を重ねた時に言っていた言葉。

"口には姫崎さんが好きになってくれたときにしますね"

その言葉を唐突に思い出し、実行に移したのだ。

自分の唇を、端が切れて少し腫れている唇にゆっくりと重ねる。
触れた瞬間、佐原の身体はあからさまに硬直し、手の力が緩んだ。

柔らかい感触に正気を取り戻した俺は、その隙をついて全速力で逃げ出した。
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