あの日の貴方に会えたら

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控え目に言って天使

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「うわ~、小さい頃の伊織さんもマジで天使.....」

「いや、天使て」

同棲中の恋人の実家で昔のアルバムをめくっていると、子供の頃の写真が目に飛び込んできてうっとりと眺める。

伊織さんは、大学の時の先輩であり、今の会社の先輩でもある俺の大大大好きな恋人。家族にも挨拶を済ませ、結婚も秒読みだ。

お人好しで情に厚く、周りの人からも好かれている。加えて女性顔負けの容姿で人目を惹く。本人にその自覚はないようだが。

そんな伊織さんの子供の頃なんて、可愛くないはずかない。やばい、本当に天使なんだけど。なんでこの時に出会えなかったんだ。

「郁人くん、好きなのあったら持ってってもいいのよ?」

「本当ですか!?」

伊織さんのお母さん、由希子ゆきこさんの言葉に思わず大きな声が出てしまった。

「食いつきすぎだろ」

くすくすと笑う伊織さんも懐かしそうに写真を見ている。今すぐ押し倒してキスをしたいくらい可愛いが、ここは実家だ。流石に俺にもそのくらいの分別はある。

再び視線をアルバムに戻し、どれを貰おうか一枚一枚じっくりと吟味する。本音を言えば全部欲しいが、アルバムを真っ白にするわけにはいかない。数枚選んであとは携帯のカメラで写真を撮った。


「おまっ、なんでこんなやつ選んでんだよっ」

俺が選んだ内の一枚を指差して、伊織さんは慌てたように言った。
それは、半べそをかいている写真だ。後ろにはたくさんの人が写っているので、遊園地か動物園か。この写真の周りに動物園で撮った写真もあったのできっと動物園だろう。

なんで半べそをかく事態になったのかわからないが、可愛いかったのでセレクトした。

「だって可愛いじゃないですか。泣くの我慢して」

「どこがだよ!チョイスおかしいだろ」

「おかしくないですよ。この頃の伊織さんには会えないんで喜怒哀楽全ての顔を保存しときたいじゃないですか」

「それがおかしいって言ってんだよ....」

呆れながらも駄目とは言わない。
結局その日は夜ご飯までご馳走になった。



◇◇◇



「———ちゃん、おにいちゃん」

「ん......?」

誰かに揺さぶられて目が覚めた。
あれ?俺いつの間に寝てたんだ?
うっすらと目を開けると、目の前には天使がいた。そう、天使。

「えっ!!?はっ!?なに、なんで!?」

がばりと体を起こして混乱する頭で必死に考える。
なんだこれ、どういうことだ?
何度見ても、目の前には先程まで写真で見ていた幼少の頃の伊織さんが。

幻覚かと思って目を擦ってみるが、消えることはなかった。夢かとも思ったが頬をつねってみてもよくわからない。痛いような、痛くないような。
は?なに?夢?現実?

「おにいちゃん?どっかいたい?」

「かわっ...!!」

「かわ?」

もういいや。夢でも現実でも幻覚でもなんでも。可愛すぎる伊織さんを目の前にしてあれこれ考えるのをやめた。
これはきっとご褒美だ。なんのかはわからないけどきっと神様がくれたご褒美。ありがとうございます!

写真でしか、2Dでしか見れなかった小さい伊織さんが俺を見て、話せて、触れる。なんという奇跡か。抱きつきたくなるのをなんとか堪えた。

「おにいちゃんもまいご?」

「迷子?」

そういえばここは何処だ。伊織さんしか目に入っていなくて周りを見ていなかった。
ようやく周りへ視線を向けると、かなり注目を浴びていた。

それはそうだ。いい歳した大人が地べたに寝てるのもそうだけど、こんな可愛い子が一人でいるなんて誘拐してくれと言っているようなものだ。伊織さんは俺が守らねば。

場所はどうやら動物園のようだ。人だかりの向こうには柵のようなものが見えるし、独特の臭いもある。なんで動物園なんかに、とまた考え込みそうになってやめた。

「そう。俺も迷子になっちゃったんだ。一緒に探してもいい?」

「いいよー。ててつなご」

「ぐっ....!」

なんだこの可愛い生き物は。手柔らか!ちっさ!俺の心臓もつかな....。
小さくて柔らかい手で俺の手をぎゅっと握る。もう何もかもが可愛くて悶絶寸前。興奮しすぎて鼻血出そう。

手を繋ぐと少し不安そうだった顔が和らいだ。

「何処ではぐれちゃったかわかる?」

「んとね、おさるさんみてたらわかんなくなったの」

「なら一度そこに戻ってみようか」

案内板を見て猿の展示エリアまでの道を確かめる。本当は迷子センターに連れて行った方がいいのだろうが、どうせならこのままデートしたい。

「一人で偉かったね。怖くなかった?」

「いおね、もおすぐおにいちゃんなるの。だからこわくないよ」

!!伊織さん自分の事いおって言ってたんですか!?可愛いすぎるでしょ.....。

危うく意識が飛びかけたがなんとか踏みとどまった。伊織さんには4歳離れた妹がいる。名前は瑛莉えりちゃん。もうすぐお兄ちゃんになるってことは、まだ瑛莉ちゃんは産まれてないんだな。

「凄いなぁ。もう立派なお兄ちゃんだね」

「へへ、すごい?」

少し照れたような微笑みは効果抜群だ。多分心臓一瞬止まった。
両親を探すとか言っておきながら、伊織さんしか見てない。一挙手一投足さえも見逃したくない。

「凄いよ。お兄ちゃんなんて一人で寂しかったから、いお君が声かけてくれて助っちゃった」

「.....おにいちゃん、しゃがんで」

「ん?どうした?」

腕をくいくい引っ張られ、言われるまましゃがみ込んだ。いお君と視線を合わせると、小さな手で俺の頭を一生懸命撫でてくれる。

「いおがいるからさみしくないよ」

「ん゛ん゛っ」

いお君俺を殺す気ですか...?ああ、やばい。可愛いを過剰摂取しすぎた。いおくんも可愛いけど早く伊織さんに会いたい。

「だいじょぶ?」

「うん。ありがとう。いお君のお陰で寂しくないよ。優しいね」

お返しに俺もいお君の頭を撫でる。単純に俺が触りたかっただけってのもあるけど、にっこりと笑ってくれた。控えめ目に言って天使。

猿のエリアに着くと、意外にもすぐに見つかった。当然のようにお父さんと由希子さんも若い。

二人を見つけると、いお君は握っていた手をぱっと離して行ってしまう。それが少し寂しくもあったが、嬉しそうな横顔にほっとした。

いお君はそのままお父さんに抱きつくと、少し泣きそうな表情になった。やっぱり我慢していたんだろう。そんな顔にお父さんがカメラを向けている。

あれ、あの表情どっかで.....。

そう思ったときには目の前が真っ暗になっていた。



◇◇◇



「ん........」

「あ、郁人起きた?」

「んー......?」

あれ.....?いつの間に寝てたんだ......?
頭がぼーっとする。

「珍しいな、郁人があんな飲むなんて。気持ち悪くないか?」

え?俺そんな飲んだの?
目を開けると隣で寝転がって俺の顔を覗き込む伊織さんと目が合う。

「あー、伊織さんだぁ」

「まだ酔ってんな....」

なぜか久しぶりに会うような気がする。

「伊織さん、ぎゅってして」

「.........駄目。ここまだ実家」

「ぎゅってするだけ」

「.............はぁ、わかったよ。酔うと甘えん坊になるんだな」

少し躊躇っていたが、ぎゅっと抱きしめてくれた。温かい。伊織さんの匂いだ。

優しく頭を撫でてくれ、再び眠りについた。
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