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第二章 奴隷編

第12話 マザー 月の神様

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大きな船に乗り換える時、俺はヒナ達を見つけた。

俺は、あらかじめジグルから出されていた

「黙って俺についてこい」

という命令に逆らって

「ヒナ・・」

という言葉を小さいながらも発声した。
その時いつもの声で

『魔法抵抗スキルを獲得しました。』

とアナウンスがあった。
魔法抵抗?やはりこの異世界には魔法があるようだ。

何の道具も薬も使わず怪我を治療できる「神の加護」も魔法なのかもしれない。

ジグルに引き連れられて大きな船の船倉へ来たが、そこはやはり牢屋だった。

最初の船より大きな船で牢屋への収容人員も増えていた。
収容された奴隷は、ブラニさん達の村人だけでなく他の島からも連れてこられた人々もいた。

ブラニさん夫婦を探したがいなかった。

「父ちゃんや母ちゃんは?」

ピンターが泣いている。
7歳の子供に訪れた運命の激流は、あまりにも厳しかった。

「ピンター泣いてもいいけど諦めるな。俺が必ずブラニさん達に遭わせてやる。」

ブラニさんと再会させてやる等と言ったものの、その自信は全く無かった。
しかし、泣き続けるピンターを元気付けるためには、そうとでも言うしかなかった。

「兄ちゃん、本当か?父ちゃん、母ちゃんに会えるか?」

「おう。いつか必ずな」

俺は、自分自身を奮い立たせるようなつもりで、ピンターに応えた。

「会えるわよ、きっと。」

ブルナが月に祈る時にように、両手を合わせた。

大きな船に乗り換えて1週間位過ぎた頃、船旅は終わった。

ジグルの命令によって相互に自分たちの手首を紐で縛り、数珠つなぎになって甲板に出た。

「今から下船する。黙って俺についてこい。」

ジグルがそう告げた。

船の外は、大きな港町で近くの浜には何かの工場群があって、沢山の建物の煙突から白い煙が立ち上っていた。

浜の北側には、高さ5メートル位の城壁があって、その城壁の内側には人家が密集している。
さらに北へ目を向けると、はるか遠くに西洋風の城が見える。

どうやらここは、どこかの城下町のようだ。

俺たちは、ジグルの命令で下船し、一列になって浜の工場群に向かった。

ジグル以外にも武装した兵士が何人かいたが、俺達が命令に絶対服従することを知っているので、お互いに無駄話をしながら、ついてくるだけだった。

30分程、歩いたところ、浜辺近くの工場群の中の、平屋の細長い建物へ収容された。
日本風に言えば、

「規模の大きな長屋」

と言ったところだろうか。
一つの長屋の収容人員は、20名程度。
長屋の設備は、鉄製の格子がある牢屋、牢屋の中の汲み取り式のトイレと、水の入った瓶、それだけだった。

「おら、男はここへ入れ、女はこっちだ。」

ジグルは、俺たちを男女別に分けると、ブルナ達をを連れて、立ち去った。

「ねえちゃん・・」

ピンターがまた泣いた。 

翌日、朝早くからジグルがやってきて、俺たちを引き連れ、浜にある何かの工場へ入った。

工場内は湯けむりが濛々と立っていた。
工場の一角に、俺達を含め奴隷合計40人位が整列させられた。

見かけない顔も多くあったが、いずれも他の船で連れてこられた島人のようだ。

ブルナの姿を探したが、見つからなかった。
ブルナは他の工場へ配置されたのかもしれない。

「お前ら、よく聞け。」

俺達を見渡す場所に、俺たちに奴隷の術をかけた醜い顔のダニクが居た。

「今日からお前らは、ここで働く。この工場ではこのジグルがお前たちの主人だ。俺と同じようにジグルの命令に従え。」

ジグルはダニクの隣で胸を反り返らせて言った。

「おい。おめぇら、俺がお前らのご主人様のジグルだ。しっかり働け。グヘヘ」

どうやら奴隷の呪文は奴隷となる人に、命令権を持つ者の顔と名前を認識させる必要があるようだ。
その後、その工場は『塩田工場』の一部だとわかった。

海水を砂にかけ天日干しして塩分を凝縮し、最後は釜で煮て、塩を作り出す工場だった。
作業内容は、大きく分けて

海から海水を汲んで、天日干しの場所まで運ぶ係

海水を砂にかけて天日干しをする係
天日干しにした砂を工場まで運ぶ係
砂を釜で煮て塩を取り出す係

等だった。
俺は、海水を汲んで運ぶ係に任命された。
ピンターは、海水を砂にかける散水係だ。

7歳の子供に肉体労働をさせるのか、このクソ共め。
ダニクとジグルに対する憎しみが込み上げる。

桶二つに海水を満たし、天秤棒でバランスを取りながら、天日干しの場所まで運ぶ。

それだけの単純作業だが、これが地獄の労働だ。

天日干しが目的だから、当然のこと炎天下行われ、運ぶ海水も桶二つだと、およそ合計20㎏もある。

それを海辺から天日場までの間50メートルを一日何度も往復する。
休むことは許されない。

というか、体が悲鳴をあげても体がジグルの命令に反応して勝手に働いてしまう。
奴隷呪文の恐ろしいところだ。

作業を続けているうちに、目の前の奴隷が、歩くのを止めた。
命令には逆らえないはずなので、自己の意志ではなく、身体的に歩行不可能な状態になったのだろう。
 
その様子を見たジグルがやってきて、

「さぼるな、この家畜野郎」

と言って歩けない奴隷を鞭打った。
おれは我慢できずに

「さぼっているわけじゃないだろう。なぜ鞭打つ」

と、ジグルを睨んだ。

「なぜ鞭打つかって?楽しいからにきまっている。グヘヘ」

そう言うと、俺のことも鞭打った。

「次、舐めた真似すると鞭だけじゃ、すまねぇぞ。グヘヘ」

ジグルに対する怒りが、込み上げてきて、『殺したい。』と思ったが、奴隷が、奴隷魔法の施術者と命令権者の身体に、攻撃を加えることは、絶対禁止行為として術式に組み込まれているらしい。

ジグルが背を向けた隙に、鞭打たれた奴隷と自分に「神の加護」を施した。
一日の労働が終わって長屋に戻り、粗末な食事を済ませたところ、ピンターがぐったりしているのに気が付いた。

「ピンター大丈夫か?」

「兄ちゃん背中が痛い。」

ピンターの上半身は真っ赤になっていた。
日焼けだ。

ピンターは地元の人間だから、少々の日差しには負けないはずだが、悪条件で一日炎天下にさらされていたのだから、日焼けするのも当然だ。

俺は意識を集中して「神の加護」でピンターを癒した。
その時

『治療スキルがレベルアップしました。』

という例のアナウンスが脳内に響いた。

「誰だ?」

と問いかけた。

『・・・・・』

返事はなかったが、アナウンスの主の存在を感じた。

「誰だ・・・」

返答が無い。

「質問方法を変えよう、俺に対して『治療スキルがレベルアップしました』とアナウンスしたのは誰だ。

『お答えします。ソウ様にスキルアップのアナウンスを行ったのは私マザーです。』

おお、返事があった。

「お前は、何者だ」

『私は、AI、通称マザーです。』

「俺は、お前と、どうやって会話している?」

『意思伝達システムを説明するためには28時間56分程度、必要であると推測されますが、今から説明を開始しますか?』

「・・・3行で・・いや、できるだけ簡単に1分以内で説明して」

『テレパシーです。』

(なるほどね、簡潔な説明ありがとう。)

その後、マザーと会話して、

この世界には魔法が存在すること。
魔法の元となるエネルギーは月から放射されていること。
マザーは月に設置されていて、月のエネルギーの増幅、照射の管理をしていること。

魔法とは、

『月のエネルギーを利用して、自己がイメージした現象を具現化させる行為』

であること。

魔法は、個人の資質により、行える者、行えない者が存在すること。
魔法の効果は訓練により強化されること。

等が、理解できた。

「マザー、俺がマザーと交信できる理由は?」

『ソウ様からのリクエストを私が受理、許諾したからです。』

ああ、そういえば、島でブルナと一緒に、月に向けて「俺を助けて」と祈ったな。

「マザー次の質問だが・・」

『ソウ様、通信の途中ですが、あと28秒でソウ様との通信圏外に入ります。』

「ああ、じゃ最後の質問、また、マザーと会話できるか?」

『ソウ様が望むなら可能です。次回の交信可能時刻は、16時間26分後です。』

魔法は、自己のイメージを具現化する行為・・・
ソウは、その夜、少し未来が開けたような気がして、寝付かれなかった。

「おい、テメーら、起きやがれ、今日も楽しく働けよ、グヘヘ」

その日も、過酷な労働が待っていた。

  
塩田で奴隷労働させられようになって2日目の夜、俺は長屋の中で、魔法のことを考えていた。

『魔法とは、自己がイメージした現象を具現化させること』

だったよな?
それじゃ、何かな、自分がアイスクリームが欲しいとイメージすれば、アイスクリームが出現するってこと?

「マザー、いるか?」

『はい。通信可能状態です。』

「魔法でアイスクリーム出せる?」

『不可能ではないですが、今のソウ様のレベルでは無理です。』

おお、出来るんだ。

「俺の今のレベルで、何ができる?」

『今のソウ様でしたら、治療行為、それと魔法攻撃。訓練を重ねれば、火や水や風を出現させられるはずです。』

漫画でよく見る、ファイヤーボールとかウインドカッターってやつね。
俺は、手の平の上に灯る火をイメージして神経を掌に集中した。

「んーー」

唸るほど集中したが出来ない。

「マザー出来ないよ?」

『直ぐには出来ないかもしれませんが、理論上、今のソウ様なら可能です。繰り返し試みて下さい。』

30分程、掌に集中していたところ、背中の毛が逆立って

「プスン・・・」

掌の上に何か違和感を覚えた。

バイクのエンジンを回そうとして、エンジンはかからず、排気ガスだけ出た様な感じ。
もう一度集中、背中の毛が逆立つ、

『ボッ!』

(出たー!!!)

マッチ位の火が掌の上で揺れている。

『魔法攻撃スキルを獲得しました。』

マザーがアナウンスしてくれた。

「マザー、出来たよ。」

『おめでとうございます。更に訓練すれば、火の威力も大きくなりますし、水の魔法を訓練すれば氷も具現化可能です。』

(氷か、いいなそれ、かき氷食べたいや。)

何度か火を出現させているうちに、俺は、あることを思いついた。
魔法が使えるなら、あの超有名な漫画のアレができるかもしれないな。
アレは子供の頃からの、あこがれだった。

俺は、両手首の内側を目の前で合わせ、掌を開き、右足を後ろに引いて、腰を落とした後、開いた手を腰の右横に溜めるように構えて、そのまま前へ押し出した。

「ハッ!!!」

突き出した掌から、線香花火のような火が出た。

「兄ちゃん、何してるの?」

ピンターは、不思議そうな顔で俺を見ている。

「アハハ、何でもないです。」

この技は、封印だな。

「マザー、ところで、俺が「誰だ」と質問したのに答えてくれなかったのはなぜだ?」

『誰だ、という質問が抽象的で、誰に対して、質問したのか判然としなかったからです。』

「つまり、誰だという問いかけが、マザーに対してのものだと確定してなかったからだと・・その位、空気読めよ」

『お答えします。現在の大気の構成は、窒素、78,08%、酸素20,95%アルゴン0,93%、二酸化炭素0,03%です。』

「・・・・ありがとう。」

『どういたしまして。』

話し相手は機械だということを忘れていた。

「ついでに、聞くけど、言語理解スキルで、俺が知らない言葉をしゃべれる理由は?・・・簡単にお願い。」

『お答えします。私の翻訳機能をソウ様に移植しました。』

(なるほどね・・)

魔法の訓練は、毎日続けた。一週間もすると、火、水、風を自在に出現させることができるようになった。

今ならジグル達と戦っても、勝てるかもしれない。

しかし、奴隷魔法の原則、術者と管理者に抵抗できない、攻撃できないということが、ネックになっていた。
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