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第五章 獣人国編

第107話 軍事裁判 兵士の本分

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俺が施すヒールの効果は、闘技場で対戦相手のガラクを治癒したことで、その実力が証明され、下町の住民だけでなく、城の兵士や貴族の一部までが、俺に助けを求めてきた。

俺は貴族に治療を施すのに多少の抵抗はあったが、目の前にぐったりしている兵士や貴族の子供を見放すわけにはいかなかった。

俺をインチキ呪い師として逮捕連行したルステ小隊長の娘もその一人だ。

俺を逮捕したルステ隊長が俺に助けを求めるのは、よほど勇気のいる行為だっただろう。
それでもルステの娘を思う気持ちが、自分の見栄や羞恥心を打ち破り、娘を連れて俺に助けを乞うたのだ。

ルステは俺の前でひざまずいている。

「ソウ、いやソウ様、ありがとうございました。さっき家に帰ったら娘の意識がなくて・・・恥も外聞も無く、ソウ様におすがりしました。」

「だから、もういいって。済んだことだ。」

「はい。ありがとうございます。それとソウ様にお知らせしたいことが・・・」

「なんだ?」

「実はガラク大隊長が捕縛されて軍事裁判にかけられようとしています。」

ある程度は予測していた。
ガラクは、俺との決闘に敗れた後、ヌーレイの住民鎮圧の命令に背を向けて従わなかった。
軍人としての規律よりも、武人としての誇りを優先させたのだ。

だから軍の規律に反した犯罪者として処罰されても仕方ないところはある。
大義名分はヌーレイの方にあるのだ。

「ガラクは抵抗しなかったのか?」

「はい。ヌーレイ様の命令に従うミルド大隊長の兵と我々を戦わせたくなかったのでしょう。大人しく投獄されました。このままではガラク大隊長は・・」

「どうなる?」

「おそらく反逆罪で死刑だと・・・」

この国の最高権力者と、その権力者の息のかかった裁判官が結託すれば、見せかけの裁判で誰かを有罪にして処刑するなど簡単なことだろう。

「裁判はいつだ?」

「通常なら一週間、早ければ5日後、裁判になります。裁判結果が出れば翌日には執行されるはずです。」

「決闘裁判で解決できないのか?」

「ガラク大隊長は、公衆の面前で命令に背きました。争う余地はなく決闘裁判を望むことはできないようです。」

白黒つけがたい問題の最終解決手段として用いられるのが決闘裁判だ。
今回のように違反行為が誰から見ても明らかな場合は適用されないそうだ。

「じゃ、ガラクの死刑は確定的だな・・・」

「はい。」

ガラクは俺と決闘した相手。
つまり命のやり取りをした相手だ。
ガラクは毒の入った井戸の件を知らずに俺と戦ったし、お互いに憎しみなど持っていなかった。

本当なら逮捕して、すぐに死刑に出来た俺に決闘裁判という逃げ道を教えてくれたのもガラクだ。
だからこそ、ガラクの命が惜しまれた。

(何かガラクを救う手立てはないものか・・・)

本来他国の争いごと、とくに軍事になど介入すべきではないことは重々承知している。
それでもお互いの名誉を賭けて剣を交えた相手、試合が終わってから意気投合しそうだった相手の死をむざむざと眺める気にはならなかった。

「わかった。俺がなんとかしてみる。ガラクの部下達に伝えてくれ、早まったことをするなと。」

「はい。しかし、ガラク大隊長の死刑が確定すれば、我々第一大隊は、なんらかの行動を起こすかもしれません。そのときには止め立てせぬようお願いします。」

ガラクの部下達はガラクをそこまで慕っているのだろう。
ルステが去った後、俺は積極的に兵士や貴族、そしてその家族の治療を行った。そして治療した相手にはかならず言った。

「これで治療の効果はわかっただろう。このことを仲間に広めてくれ、俺は誰でも治療に全力を尽くす。できるだけ多くの患者を救いたい。病状のいかんを問わない。軽い症状でも診るから、ここへ患者を連れてこいと。頼んだぞ。」

自分たちの命のかかった情報だ。
貧民街、下町、兵士達、貴族達、多くの人に、「無料で治療を受けることが出来る。しかもその効果は絶大だ」という情報が広まった。

下町と貧民街の住人は既に治療を施していたので、やってくるのは兵士や、その家族、貴族達が多かった。

俺の治療の情報は、ねずみ算式に広がり、商工会館の前には以前のように病人やその家族達が列をなした。

以前と違うのは列をなしているのが兵士や貴族、それも身分の高い貴族までもが大人しく並んでいると言うことだ。

身分の高い貴族は、俺とガラクの死闘を目の当たりにしており、俺の命を受けた商工会館の職員が行うトリアージに素直に従っていた。
一部に治療の順番をめぐってもめ事もあったが、俺が獣王の姿で少し注意をしたところ、すぐに騒ぎは治まり、以後のもめ事は皆無に等しかった。

ガラクの裁判が行われるまでの5日間、俺はこのライベルの街の病人のほとんどを治療した。
平民も兵士も貴族も、代官の一味を除いて多数の住民とふれあったのだ。
その中には上級貴族や、階級の高い軍人もいた。

俺の治療を受けた貴族の中には俺に対して多額の治療費を払おうとした者もいたが、俺はそれらの謝礼を全て拒否した。
ただし、俺は治療した患者全てにお願いをした。

「謝礼はいらない。ただし俺が困った時、今度は、お前達が俺を助けてくれ。」

皆、それを了承した。

決闘から5日が経過した。
今日はガラクの軍事裁判の日だ。
軍事裁判は当然のことながらライベルの城の中で行われ、部外者の俺は裁判の様子を知ることが出来ない。

しかし、今俺が居るウルフのモニターには裁判の様子が映し出されている。

俺は裁判所内に立ち入ることはできないが、ライベル国軍小隊長のルステは裁判を傍聴できる。
そのルステに小型カメラを装着してもらい裁判のライブ中継をしているのだ。

裁判所の構造はゲラン国の裁判所と同様の造りで、ルステのいる傍聴席から見て、正面に代官のヌーレイと裁判官、裁判官の左に検察官らしき軍人、そして傍聴席に背を向け、ヌーレイ達に相対する方向で、ガラクが被告席に立たされている。
弁護人らしき者はいない。

「それではただ今より、ライベル守備隊、第一大隊隊長ガラク大佐に対する反逆行為についての審理を開始する。まずガラク大佐の罪状についてサルディア将軍、ご説明を願います。」

検察官席にいる軍人がサルディア将軍のようだ。

「それでは、第一大隊長に対する罪状を述べる。第一大隊長ガラク大佐は、インチキまじない師ソウとの決闘裁判において、あらかじめソウと通じ、故意に手抜きをし、ソウに勝利を譲ると共に、その後、この町の最高指揮官ヌーレイ様の暴徒鎮圧の命に背き、軍人としての義務を放棄した。

これらの行為は獅子王様に反旗を翻したと同等の行為である。よってガラク大佐の国家反逆罪は明白なものであり、死罪を求刑する。」

傍聴席からは大きなどよめきが起きたが、ガラクは眉一つ動かさなかった。

裁判官がガラクに言った。

「ガラク大佐、申し開きをすることはあるか?」

被告席のガラクは背筋を伸ばしてサルディアに顔を向けた。
サルディアはガラクと目を合わさなかった。

「俺が、ヌーレイの命令に背いたのは事実だ。それは認める。だが俺はソウとの戦いで、ソウに対して手加減をしたことは一切無い。

自分の命を懸けてソウと戦った。結果は俺の負けだが、それはソウが俺より強かっただけの話だ。俺がソウより弱かった事で咎められるのなら、それは甘んじて受けよう。

しかし断じて手抜きはしていない。鎮圧命令に背いたのは、軍人としての本分を全うしただけのことだ。

我々ライベル守備隊の本分は何だ?力の弱い住民を守ることではないのか?俺たち軍人が金儲けの道具として使われるのならば、俺は軍人を辞める。一市民に戻り、市民として獅子王様に改めて忠誠を誓う。」

一瞬の間を置いて傍聴席のルステ小隊長が小さな拍手をした。
静寂が保たれた裁判所に、その小さな拍手が響き渡った。

すると他の傍聴者、軍の幹部、貴族達からも、その拍手に呼応するように拍手が沸き起こった。
ヌーレイや裁判官、サルディアの戸惑いが隠せない。

「静粛に、静粛に!!!」

裁判官が机を木槌で叩く。
裁判官はヌーレイを見て指示を仰いでいる。
ヌーレイは顔を右斜め上にしゃくった。
(やれ)
という意味だろう。

「ただ今、ガラクは一部ではあるが、罪状を認めた。この町の最高指揮官の命令に背いたと。ガラクに対する反逆罪は有罪、よって大佐階級剥奪のうえ死罪に処する。処刑の日は明日の正午、城内で絞首刑とする。」

傍聴席から大きなどよめきが起こる。
しかし、この場は軍法会議の場所だ。
軍の規律に逆らう者はガラクと同じ運命をたどると知っていて、大きな声で騒ぐ者、裁判結果に意義を唱える者はいない。

ガラクは暴れることもなく官吏に促され裁判所を後にした。
傍聴席の兵士や一部の貴族がささやきあっている。
俺は裁判の結果をモニターで見た後、直ちに動き始めた。
ガラクの絞首刑を回避するために。

ガラクが絞首刑となるその日、俺は、商工会議所のドアを開けた。
ドアの外には俺が治療した住民や兵士、数千人が待機してくれていた。

俺は獣王の姿で群衆に向かって言った。

「みんな、来てくれてありがとう。今から俺はガラクの居る城にむかって。散歩に行く、みんなも俺の散歩に付き合って欲しい。」

「「「「「「「おーぅぅぅ!!!!」」」」」」」」

本当は散歩なんかじゃない。
ガラクの死刑を回避しに城へ向かうのだ。
俺一人でガラクを救出するのはさほど困難な作業ではない。
俺の戦闘力をもってすれば簡単なことだろう。

しかし、俺が武力を行使すれば、怪我人が多数でるだろうし、もしかしたら死人も出るかもしれない。
ガラク一人を救うために、敵でもない兵士を傷つけるのは嫌だ。
だから、民衆の力を借りることにしたのだ。

俺はいくら暴れてもこの町を去れば、良いだけ。
しかし地元住民がいわばクーデターとも言えるガラク救出作戦に加われば、後にどんな災難に見舞われるかもしれない。
だから、「散歩」という建前をとったのだ。

裁判結果を見た直後、俺は商工会にいる全てのメンバーにお願いした。

「俺が困っている。明日の朝、俺を助けてくれ、商工会館へ集まってほしい。と、できる限りの人に伝えて欲しい。」

俺が困っているとの噂は瞬く間に広まった。
貧民街、下町、兵士、貴族、俺が無償で治療した人々に素早く伝達された。

商工会館前に集まった集団の中には、見覚えのある顔が沢山合った。
レンヤ一家、シゲル一家、ホビットの親子、皆俺の為にはせ参じてくれた。

「さぁ、散歩に行くよ。歩くことが健康の第一歩だ。」

俺が群衆の中に足を踏み入れるとモーゼの海のように群衆が割れて、一本の道が出来た。
俺がその道を進み群衆の先頭に出て、城向けて歩き始めると、群衆も俺に付いてきた。

群衆の数は、最初数千だったが、俺が歩を進めるにつれ、街のあちこちから参加者が合流し、いまでは万のオーダーまで成長しているだろう。

群衆の中には、この行列の意味がわかっていない者も多い。

「これは、なんだでや?」

「オラもわからんが、先頭にはソウ様がいるらしいで。みんなソウ様について行ってるらしいど。」

「ほうか。なんだかわからんが、ソウ様がいるなら、なんぞええことがあるんやろ。」

「んだなや。・・」

商工会議所から城までは約5キロ、俺が城正面に到着した頃、群衆はこの町の人口の半分以上に育っていた。

城に近づくにつれ、貴族の顔もちらほら見えるようになった。

城の正面には広場があるが、その広場は群衆で埋め尽くされた。
城門は固く閉ざされている。
城門上の見張り小屋の兵士達は驚いている。

「何事か?何の用だ。」

兵士が顔をのぞかせる。
その兵士の肩に手をかけ退かせ、

「いいんだ。」

とルステ小隊長が顔を覗かせた。
俺はルステを見上げながら言った。

「散歩の途中だ。トイレを借りたいが、いいかな?」

ギギギと音を立てて重厚な城門が開いた。
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