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第二章:ゲヘゲラーデン、責任を感じてビダーヤ村を去り旅路に着くのこと。

第七節:レイ・チン、村に結界を張り魔物を防ぐのこと。

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「まあ、こんなもんでしょうね」
 レイ・チンは、いとも容易く結界を掛けた。そのしぐさはいちいち煽情的であり、踊り子としても充分通用する腕前であった。案の定、団員は目尻を下げて、
「ありがとうございます!」
と礼を言った。一方でレイ・チンの方も何らかの理由で褒賞が欲しいのか、
「いえいえ、困ったときはお互い様。それよりも、褒賞の方ですが……」
と上目遣いで団長にねだるのだった。
「それは、さすがに効果次第だ。解決したら2ゼカも吝かではないが……」
 だが、自警団の団長ともなると色香に惑わされることもないのか、そのとろけるような目線を真っ直ぐと見返し、冷静に返答した。無論、2ゼカという金額が大金であることも、あるにはあったのだが。
「それでは、前金だけ頂けるかしら?」
 瞳を潤ませて、なおも詰め寄るレイ・チン。それに対して団長はさらに冷徹な声でこう告げた。
「まあ、旅人ならば路銀にも困っているか。とはいえ、しばらく効果を見てからだな」
 それは、歴戦の古強者ならではの勘働きであった。曰く、「欲をかくな、色香に惑わされるな、飲酒は控えよ。それが成功の王道だ」。誰が言った言葉かまでは定かではないが、彼はそれを正しく実行できる人間であった。
「団長、少しぐらいは……」
「阿呆、色香に惑わされるな。
 とはいえ、結界を張ってもらった以上、無碍にはできんか……」
 結界というものは、割と高度な魔法である。何せ、空間を丸ごと覆う補助魔法なのだ、そしてそれは眼前の女性がかなりの魔法の使い手であることも意味していた。
「ありがとうございますっ♪」
 いちいち甘えた声を出すレイ・チン。それはあまりにも露骨であり、辟易した団長は、
「ひとまずは、1/10の200ゼセだな。もし、結界で魔物が去って村に異変が起きなければ、残りを支払う」
と、さすがに投げて渡すことはなかったが、そっぽを向くのだった。
「そうですか、それでは」
「ああ、またな」
 レイ・チンに背を向けて詰所へ戻る団長。それは、彼なりの護身術でもあった。

 それからしばらく、レイ・チンの宣言通り魔物が村の中に出現することはなかった。だが……。
「団長!!」
 いつものように剣の素振りをしている団長に対して、駆け寄る団員。名をフラナという。
「おう、どうした」
「魔物は出なくなりましたが……」
 魔物は出なくなった。それは結界が効いていることを意味していた、だが……。
「?」

「草が、枯れつつある、か……」
「どうしやす団長、そろそろ地ならしの時期だってのに縁起が悪いと村が騒いでやす」
 雑草すら枯れる。本来野良仕事とは雑草や害虫の類を排除することから始まるのだが、その放置すれば勝手に生えてくるはずの雑草が枯れ始めている。それは由々しき事態ともいえた。
「……わかった、ここはひとつ、自警団の出番だな。お前ら、妙な兆候があったらすぐに知らせろ」
「へいっ!」


 ビダーヤ村、村長の家の一室にて。
「くすくすくす、愚かな村人たち。まだ私が魔族だって気づいてないのかしら。……しかし、あの団長とやら、なかなか厄介ね。術にはかかってくれたけど、私の色香が通用しないなんて……。まあいいわ、このまま飢えて死ぬまで放っておくとしましょうか」
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