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第二章:ゲヘゲラーデン、責任を感じてビダーヤ村を去り旅路に着くのこと。

第八節:自警団、ゲヘゲラーデンに天候不順のことを依頼するも断られるのこと。

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 ゼスが自警団に入団してからそろそろひと月が経過しようとしていた。だが、この時期にしてはまだまだ寒気激しく、春も半ばだというのに雪がちらつくこともあった。ビダーヤ村の地理的要因を考えたら、それは異常であった。このままでは作物が育たない、そう考えた村人は、ゲヘゲラーデンに相談することにした。ゲヘゲラーデンならばなんとかしてくれるに違いない、そう思った村人は多かった。だが……。

「……」
「どうにか、なりませんかね」
 ゲヘゲラーデンに嘆願する村人たち。この村は王国に年貢を納めることで庇護してもらっているのだから、それは当然の心配事であった。だが、ゲヘゲラーデンは……。
「事情は、わかった。ただ、それは現状では無理じゃな」
 ゲヘゲラーデンは、匙を投げた。無論、ゲヘゲラーデンほどの魔導士であるのならば、やりようはいくらでもあったはずである。だが、それはあることを前提にした条件が存在した。
「無理、なのですか!?」
「ああ、魔力紋が儂だとわかっても良いのならば、如何様にでもやりようはある。だが、大きな術が使えんとあるならば、この現状をひっくり返すのは無理じゃ」
 ……本来、ゲヘゲラーデンはビダーヤ村にいるのはおかしいほどの逸材である。無論、村に魔法使いが駐在するのは珍しいことではなかったのだが、ゲヘゲラーデンほどの魔法使いがその村にいるのは非常に不釣り合いであった。
「そう、ですか……」
 ゲヘゲラーデンほどの魔導士でも無理なのか。落胆する村人たち。それに対してゲヘゲラーデンは、
「おい、早合点するな。儂の魔力紋が残るのならば無理があるといったのじゃ、作物を植えるまであと何日ある」
と、一つの解決策を提示した。それは、ゲヘゲラーデンにとってあまり行わない手段であり、非効率的なものではあった。
「は、あとおおよそひと月半といったところでしょうか」
「なら、問題ないの。……犯人捜しなど、柄ではないが……」
「……人為的なものだと仰せで?」
 ひと月もあれば、ゲヘゲラーデンの魔力によってこの騒ぎが人為的なものかどうか程度の判定ならば軽いことであった。問題は、それが人為的なものであったと仮定して、外れた場合、すなわちただの異常気象であった場合は、さすがにフォローアップの範疇を超えるからだ。
「ああ、儂は想定外の魔力紋をしばらく探してみる、村の者はしばらく怪しい者がいるかどうか探っておけ」
「は……」
『ははっ!!』
 そして、ビダーヤ村がン・キリ王国史に残るほどの事件は、かくて記録されるに至った。

「とはいえ、怪しい者、ねえ……」
「こんな狭い村だ、悪事をなせばバレるだろうに……」
 それは、一応の事実であった。ビダーヤ村はそこまで広くはなく、また人数もそれなりでしかなかった。裏を返せば、相互監視の行き届いている田舎村落に過ぎなかった。そのような田舎村落において、バレぬような悪事を為せるというのは、如何にも矛盾していた。
「仕方ない、ゲヘゲラーデン様の仰せだ。あの方を誘致するのにどれだけの時間と予算がかかったと思っている」
「それは、そうだが……」
「皆様、ごきげんよう」
「ああ、こんにちは」
 くすくすと嗤う影。村人の誰もが気付かないところに、影は潜んでいた……。
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