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第二章:ゲヘゲラーデン、責任を感じてビダーヤ村を去り旅路に着くのこと。

第十四節:ゼスとクヴィェチナ、一度はレイ・チンを退けるのこと。

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 その晩、クヴィェチナはゼスの家に二泊目の宿を取った。
「クヴィちゃん……、クヴィちゃんってば」
 ゼスを起こすクヴィェチナ。時刻はおおよそ深夜、まだ月の光が輝いている頃のこと。
「だから、クヴィちゃん言わないでよ、ゼス……。
 何よ、こんな夜更けに」
「しっ。……妙な気配、しない?」
 こそこそとした声でクヴィェチナの耳元で囁くゼス。
「……ゼス、まさか……」
「うん、ひとまず、やり過ごそう」
「やり過ごすって、どうやって?」

「もしもーし、誰かいらっしゃるかしらー?」
 その禍々しくも涼やかな声は、明らかにレイ・チンであった。

「やばっ、もう表玄関まで来てるじゃない!」
「しっ。……窓から地面まではそんなに高くないと思う、行くよ」
「う、うん……」
 子供の身には多少高いながらも、越えられないほどの高さではない窓から二人は脱出した。

「おかしいわねえ、確かにあの子の家に行ったと思ったんだけど……」
 そして、表玄関から不法侵入をしていたレイ・チン。鍵を魔法であけたのか、あるいはゼスの家の者を洗脳したのか。ずかずかとゼスの家を物色して、あることに気付いた。
「……ははぁん、頭隠して尻隠さず、よねえ……、可愛らしいんだから……」

「ししょーの所に行くのね、ゼス」
「それも考えたんだけど……」
 外へ駆け出す二人。目指すはゲヘゲラーデンが一応の住まいとして鎮座している村はずれの洞窟。だが……。

「あら、ごきげんよう」
 レイ・チンは、すぐそこにいた。だが、その姿はどう取り繕っても人間とは言い難かった。月に照らされたその瞳は明らかに目の色が反転しており、どす黒い尻尾が生え、そして何よりも禍々しい気を沸き立たせていた。
「何、してるの、こんなところで」
 警戒心も顕わにレイ・チンに問いかけるクヴィェチナ。
「あらあら、ご挨拶ね。私は貴女を探しに来たのよ?お父様、心配してらしたわよ?」
「お生憎様、父は貴女が洗脳したじゃないっっ!!」
 と、あらかじめ魔法を唱えていたのか、クヴィェチナは間髪入れずレイ・チンめがけて攻撃魔法を放った!
「くっ、ゼロ距離射撃とは、やるわねお嬢ちゃん」
「私を甘く見ない事ね!ゼスっ!!」
「うんっ!」
「ッ!?」
 レイ・チンへの攻撃魔法はフェイントだったのか、レイ・チンの背後にはゼスがいた。慌てて背後への構えを取ろうとするレイ・チンに対して、ゼスの剣が光った。
「……っっ、おこちゃま二人だと甘く見てたわ……」
 慌ててゼスの剣を避け、そのせいか体勢を崩すレイ・チン。しかし、
「そこっ!」
そこにここぞとばかり唸るゼスの剣。その回転斬りはゼンゴウの資格を取ったと言える見事な腕前と言えた。
「ぐうっ!?」
 明らかに深手を負ったレイ・チン。人間ならば明らかにそれは致命傷であった。……そう、人間ならば・・・・・
「「!?」」
 首と胴が泣き別れになってもなお、意識を保っているレイ・チン。それは明らかに人ならざる者の生命力であった。
「ちぃぃっ、覚えてなさいよ!」
 切られた首を拾い、レイ・チンは去っていった。


「クヴィちゃん……」
「ゼス……」
 どちらからともなく、声を掛け合う二人。
「ごめん、逃がしちゃった」
「ううん、それはいいのよ。あんなの見たら誰だって怯んじゃうし。とはいえ……これでわかったわね」
「うん、あのレイ・チンって人は間違いなく悪魔。とはいえ、それをどう知らせたらいいか……」

 ……そして、よがあけた。
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