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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第二十節:ゼス達、小夜啼鳥の後を追って鳥の如く旅立つのこと。(後)

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「と、いうわけなんだけど、クヴィェチナちゃんは来る気ある?」
 ゼスは、クヴィェチナに事情を説明した。クヴィェチナ自身は来るとは思っていたが、彼女もまた子供である、親の許可というものが必要であった。
「……うーん……私個人は賛成だけど、パパが頷くかどうかよね……。あと、ルーチェがいない以上回復する人が必要になるし……」
 回復役の心配をするクヴィェチナ。と、そこにルーチェが通りかかった。
「そういうことでしたら、一つ提案があります」
「あ、ルーチェじゃない。治療の仕事は終わったの?」
「はい、本日分のノルマは終わりましたので……」
 こう見えて、ルーチェは若手の中では相当優秀な部類である、何せ筆記を行う前の実技だけで神官の試験を突破し、史上最年少の神官になったのだ、彼女のことだから片手間で済ませたわけではないのだろうが、その手際の良さは控えめに言って癒し手としては三人力であった。
「で、提案って?」
「私の友人に、まだパーティーを組めていない回復魔法の使い手がいまして……」
「えっ、でもなんで?」
「その子、ちょっと事情があって今までパーティーを組まずに、辻魔法で日銭を稼いでいるんです。もし、皆さまがよろしければ紹介しますけど……」
 辻魔法は、この時代においては案外多かった。そもそも辻魔法とは、いわば露店の一種ではあるのだが、ものを売るのではなく回復などをはじめとした術を使い、その後金額をもらうという形で生計を立てている者であった。もっとわかりやすく言えば、流しのマッサージ師のようなものである。
「ふーん、クヴィェチナちゃんはどう思う?」
「……その子次第ね。何の事情か分からない以上、安易に頷いて後悔するのも嫌だし」
 ……裏を返せば、貴重な術の使い手にもかかわらず辻魔法で日銭を稼いでいるということは何らかの事情が存在するわけだ。例えば、日によって調子が違う、程度ならまだいい方で、良くない病気を治すための薬代を稼ぐための辻魔法だったり、あるいは前科者という可能性も存在した。まあ無論、ルーチェの知り合いである以上は最悪の事態までは考える必要はなかったが。
「それじゃ、会うだけ会わせてもらえるかな」
「わかりました、それでは……」


「あそこです。……あ、いましたね。おーい、レイスちゃーん!」
「あら、ルーチェじゃない。貴女は自分で回復魔法使えるでしょ?」
 レイスと呼ばれた少女が、振り返った。あまり魔力がありそうな顔立ちには見えなかったが、辻魔法の仕事を終えた直後だとすると、それなりにまだ余力を残せているといっても差し支えなかった。
「そうじゃなくてね、今日はレイスがパーティーを組みたい、って思えるような人を連れてきたの」
「……またその話?私はこれで稼げてるから問題ないわよ。回復魔法の使い手は貴重だから、って理由で誘われることもあるにはあったけど、みんなあの事情を聞いたら避けていったわ」
 うんざりしているのかあるいはかなりの回数を重ねたやり取りだからか、かなりうっとうしそうな顔でルーチェをにらむレイス。彼女が話している通り、その「事情」によって彼女は貴重な回復役にもかかわらずパーティーを組めないでいたのだ。
「それなんだけど……」
 それにたいして、満面の笑みでレイスに微笑みかけるルーチェ。さすがになにか勘づいたのか、
「まさか、貴女」
と目尻をさらに吊り上げるレイス。それにたいして、
「ううん、それは本人から聞く約束だから」
とあきらめずに微笑みかけるルーチェ。レイスもさすがにそれを見て気を取り直したのか、
「……ああ、そう。で、貴男と、貴女?」
と紹介された二人にようやく興味を示したのだった。
「うん!僕、ゼスっていうんだ」
「私は、クヴィェチナよ」
 握手をしようとするゼスをクヴィェチナはなれなれしいとでも言いたげに制しながら、カーテシーまではしないもののその割と長いスカートをたなびかせるのだった。
「……ふぅん、その年でアランレオと、……貴女は攻撃魔法が使えるみたいね」
 それにたいしてレイスは、いとも簡単にゼスとクヴィェチナの戦闘能力を言い当てた。
「えっ」
「……なんでわかったの?」
 びっくりするゼスと、なぜ戦闘能力を言い当てたのかと言いたげなクヴィェチナ。ルーチェが先にしゃべったことも考えにはあったが、それにしては妙な断定であった。
「簡単な話よ、ゼスさんはアランレオの資格の証を隠してもないし、クヴィェチナさんはまだ魔力を隠す技術がないもの」
 ……そう、ゼスはアランレオの紋章が入った腕輪を隠そうともせず装備しており、またクヴィェチナは魔力がありますという気配がだだもれであり、しかもそれがそこまで強くないことから攻撃魔法担当であることは充分に推理できるといった状態であった。
「……魔力を、隠す?」
 完全に考えを乱し首をかしげるクヴィェチナ。それにたいしてため息交じりの声で、
「……知らないなら、別にいいわ。それはそうと、ルーチェ。貴女なんでこの二人を連れてきたの?」
とルーチェに問うたレイス。彼女からしても、まさかルーチェがパーティー候補者を連れてくると思っていなかったのか、多少責める声色であった。
「……ゼスさんとクヴィェチナさんなら、レイスちゃんの事情を聞いても仲間に入れてくれると思って」
 にこにことレイスに微笑みかけるルーチェ。それにたいしてレイスは深々とため息をつき、
「……(はぁ)……ま、いいわ。その辺で話しましょう。それとも、どこか部屋でも空いてるかしら」
と、ようやく観念したようだった。
「それなら、私の部屋に来てください」
 それにたいして、花が開いたかのような笑顔をするルーチェ。よほどうれしかったのか、自分の部屋を密談に提供すると言い出した。
「いいの?ルーチェ。貴女の部屋って今……」
 ルーチェがビダーヤ村から旅立ったことは知っていたのか、部屋の有無を確認するレイス。それにたいして、
「神官は、仮の詰所があるから」
と、胸を張るルーチェ。レイスは複雑な感情が入り交じった表情をして、
「……ああ、そういえば貴女神官になったんだったわね。じゃあいいわ、ちょうどいいからお邪魔させてもらおうかしら」
とルーチェに向き直るのだった。
「わかった、その代わり事情を話してね?」
「……まあ、ルーチェが紹介するならば悪人とも言い難いでしょうからね。わかったわ」
 そして、四人はルーチェの部屋へと行くことにした。
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