上 下
46 / 69
第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第五節:ルーチェ、ヤシレウにて近衛隊長の話を聞き異国に思いを発せるのこと。

しおりを挟む
「た、隊長さん……」
 相変わらず、びくっとするルーチェ。彼女にとって、この店の内部は余程情報量が多いのか、終始驚いていた。
「ん?どうしたルーチェ」
「その魚、生なんじゃ……」
 通常、この地方では魚を生で食する習慣はない。寄生虫や疫病が怖いからだ。だが、眼前の近衛隊長は事も無げに、
「ああ、これを豆ガルムとホンチョー・ラファノにつけて食うと美味いんだ」
と返答した。話がかみ合ってはなかったが、そもそもルーチェはこの店に初めて入るのであり、この店は本朝国の料理を出している。とはいえ、さすがにン・キリ王国で箸を使う風習はないのか、念のためとナイフなどを提供していた。
「は、はあ……」
「そんなことより、食が進んでないようだが?」
 ルーチェの眼前の皿は、そこまで減っていなかった。おっかなびっくりで食べていたのか、あるいは別の事情があったのか、あまり食が進んでいないのは事実だった。
「い、いえ、何分食べたことのない味なのでちょっとびっくりしちゃって……」
 そして、これがルーチェの正直な感想であった。奢りだから遠慮している部分も、あるにはあったのだが、そもそも見たこともない郷土料理である、食べ方がわからないのも相まって、完全にうろたえていた。
「そか、まあいい。一応言った以上は奢りだ、腹いっぱいになるまで食えよ?」
「は、はい!」
 眼前の鶏を何らかの方法で揚げた料理は非常に特徴的な味だった。何せ、揚げ物自体このン・キリ王国が治める地方では珍しいのだ。さらに言えば、そもそも食事とは保存のために手間をかけた物に、さらに食事に適した物にするために調理をするものであった。生の物を口にできる人物は、地元の人間か限られた上流階級だけであった。だが。
「……隊長さん、これひょっとしてゼンゼロが混じってません?」
 ゼンゼロ。この地方では非常に貴重な植物であり、キリン豆との物々交換なども行っているほどのものであった。
「そうだな。……ひょっとして嫌いか?」
「い、いえ、そうじゃなくて。ゼンゼロって相当高いはずですよね……」
 ゼンゼロを惜しげもなく、しかも安価で提供している。ルーチェの常識では、考えられないことであった。とはいえ、そもそも本朝国のある地方では。
「ああ、そのことなら気にするな。なんでも本朝地方では普通に生えているらしい」
「は、生えているものなのですか?」
「ああ、向こうではゼンゼロにせよペペにせよ、ラファノみたいに普通に生えているらしい」
「は、はあ……」
 実際のところ、これは地質の違いによるもので、ン・キリ王国の地方も決して土壌が貧弱というわけではないのだが(そもそも、貧弱な土壌であれば豆は生えない)、ン・キリ王国の地方では香辛料は栽培しづらいという欠点が存在した。
「第一、そんな高級なものならば1ゼセで食えたりせんだろ」
「それも、そうですね……」
「逆にホンチョー地方ではフェッロとかペトロリオとかが足りんらしい。もっとも、それを何に使うのかは定かではないが」
 フェッロは武器に必ずと言っていいほど使われる丈夫な金属であり、ペトロリオは燃料の大部分を占める物質なのだが、本朝国には致命的なレベルでそれらが不足していた。皮肉にも、それもまた地質の違いによるものであった。
「面白い国なんですね」
 思わず笑いだすルーチェ。ロベンテもそれを見て安心したのか、
「ああ、一応カルボネをペトロリオに変える技術を研究中らしいが、わざわざ変えなくともよさそうなもんなのにな」
と、会話を締めた。
「へえ……」
「っとと、なんか、変な話になったな」
「いえ、それでは、頂きます」
「おう」
しおりを挟む

処理中です...