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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第十三節:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。(1)

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 ビダーヤ村、三月下旬。
「……行ってしまわれた……」
「寂しくはなるが、仕方のないことなのかもしれんな」
「ああ、とはいえ、これからどうしたものか……」
 改めて、自身達の存命を噛みしめるとともに、それの代償が大きかったことを悔やむ村人たち。だが、この世界が空想上ではないことを証明するかのように、厄介ごとはまた舞い込んできた。
「みんなー!」
「お、どうした」
「王都から人が来た!何らかの火急の要件らしい!」
「こんな時にか……!!」
 王都から来た人物の正体、それは血まみれになった王宮の兵士らしき人物であった。
 その兵士は、とても奇妙な恰好をしていた。何せ、全身から夥しい量の血を浴びており、矢が二、三本は刺さっていたのだから。
「……我が名は、ンコ・ロと申す。……すまないが、喉が渇いた、水をもらいたい」
「へ、へえ。おい、水!」
「へいっ!」

「……先ほどは失礼した」
「して、王宮の兵士様が何の用でしょうか……」
 おずおずと尋ねる村人。無理もない、明らかに死んでいてもおかしくないような血を浴びている眼前の兵士は、それが自身の血であるならば水を飲んだ時点で未練を果たして死んでいてもおかしくはなかっただろうと思われたからだ。そして、その兵士はとんでもないことを言い放った。
「……王宮が襲われた。至急、自警団の者を動員したい」
『なっ……!!』
 王宮が襲われた。それはアイバキップ襲撃のことではない、悪魔が単体で乗り込んできたわけではなく、血まみれになっている兵士のその血がたとえすべてモンスターの返り血であったとしても、ここまで血でずぶぬれになっているということは相当な数のモンスターが襲ってきたことを意味した。
 それを見聞きした村人は、急ぎ自警団の責任者を呼びに行った……。


「自警団団長のシャッタ・ダオラです」
「王宮近衛隊のンコ・ロだ。早速だが、用件を伝える。予てからの約定通り、自警団を動員しに来た。一刻の猶予もない、早々に来てもらいたい」
 予てからの約定通り自警団の総動員を呼びかけるンコ・ロ。ビダーヤ村をはじめ、ン・キリ王国の直轄領に存在する村の自警団は王宮の予備兵員的な役割を期待して応募されていたが、シャッタ・ダオラにも簡単には頷けぬ事情が存在した。
「はい、と言いたいところではございますが……」
「なんだ、不具合でもあったか」
「はい、ゲヘゲラーデン様が、新天地を求めて旅立たれました。行き先を聞くこともままならず……」
 そう、ゲヘゲラーデンが先刻魔力紋を残したことを理由に出立したばかりなのである。それはひどく、具合の悪いタイミングであった。
「なにっ」

 シャッタ・ダオラは、ンコ・ロに事情を説明した。悪魔がビダーヤ村に襲撃を行ったこと、それに対してゲヘゲラーデンが対処し、村の死人すらも蘇生させたこと、そしてそれによってビダーヤ村にゲヘゲラーデンの魔力紋が濃く残ったこと。

「……なんともやれやれ、ゲヘゲラーデン卿がおらぬとあっては確かに村の防備に不安は残るか。だが、王宮の危機は変わらん。この際、総動員でなくてもよい、部分動員はできぬか」
「部分動員ならば、了解いたします」
 部分動員。総動員とは違い、軍団の一部に動員をかける行為であり、すなわち応急処置的な動員であった。本来、こういう事態になった場合は総動員を取るのだが、ゲヘゲラーデンというビダーヤ村の存亡に関わるピースがなくなっている以上、部分動員もやむなしということである。
「そうか!しからば、早速伝えに城に戻る。本日中には来てもらいたい!」
「ははっ」
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