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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第二十二節:ゼスとクヴィェチナ、レイスの悩みを聞き解決を志願するのこと。(後)

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「どうでした?」
 ゼスとクヴィェチナにレイスとどんな会話をしたか問うルーチェ。その顔は割と朗らかであった。その一方で。
「病気だから、治せれば問題なく旅はできると思うんだけどなあ……」
 ゼスはなおもレイスがかかっているサム病を治せるか思案していた。案の定、クヴィェチナに窘められる。
「だから、その治し方がわからないから困っているんでしょうが」
「……あの子が、きちんと病名まで言ったのは久しぶりですね……」
 ルーチェが、感慨深そうにつぶやく。レイスが病名まで語ったということは、ゼスとクヴィェチナは一定の信頼までは得たという証拠だからだ。
「ルーチェ、レイスがサム病なのは知ってるわよね?」
「ええ。だから、シフトさえ組めば神官勤めもできるんじゃないか、って相談はしてるんですけどね……」
 ルーチェとレイスは、当たり前の話ではあるがルーチェが教会に勤め出してからの仲であった。切欠は些細なもので、ある日ルーチェが神官だと知らないで無頼漢に襲われているときに、レイスが止めに入ったことから懐かれた、程度のものであったのだが、レイスもまた、ルーチェの才を見抜き、村仕込みの魔法以外にもいろいろなものがあると教えたこともあった。
 そんな中、レイスとルーチェが仲たがいしたことがあった。その際に、暴力的解決方法ではなく、ある魔法を使うことによる、いわば平和的決闘法による解決を行った際に、レイスがルーチェよりもはるかに才覚があったことがルーチェの目から見れば明らかになったのだった。
 と、アベレージだけを見ればレイスはルーチェよりも上なのだ。まあ、だからこそ辻魔法でもある程度稼げるのだが。
「まあ、あの病の怖いところは突然発作が起きるからねえ……」
 そしてルーチェの愚痴ではない愚痴に対して合いの手を帰すクヴィェチナ。そう、サム病は平均すれば月に何日かの病床で済むのだが、問題はそれがいつ起きるか全く予測がつかないことであった。
「ええ、事前に予測できれば、まだ手もあるのですが……」
「……事前に予測できれば、問題はないんだよね?」
 それに対して、まだあきらめがつかないのか、ゼスはまだ未練がましくレイスを仲間に加えることにこだわっていた。……まあ尤も、レイスほどの腕利きであればサム病さえなければ引く手あまたなだけに、未練が残るのも無理からぬことではあったのだが。
「……確かに、その通りですね。サム病の本質は魔力の枯渇よりも、それがいつ起きるかわからないところにあるんです。なので、サム病の発作を食い止められれば、そうでなくとも予期くらいはできれば、あの子も働けますし、他のサム病の患者さんたちも大いに道は開けると思います」
 サム病の本質は、そこであった。周期的な病ではなく、突発的な発作によって魔力を失い、さらにそれを回復する手段が限られているため、彼らは苦しんでいるのだ。裏を返せば、それが対処療法だとしても安価で治療できるか、あるいはいつ魔力欠乏の発作が襲ってくるかさえ判明すれば、対策も容易に立てられるのである。ゆえに、それが叶えばサム病の先も大いに見えてくるのだ。だが……。
「じゃあ……」
「ゼス、話は最後まで聞きなさい。……ルーチェ、続けて」
「……はい。ですが、それができたならばその人はその場で王宮の学問所の教育者に取り立てられると思います。それだけ、難しい研究みたいなんです」
 問題は、そこであった。サム病の根治など発見した日には、その研究成果だけで一生食うに困らない程の褒賞と、余程の重犯罪を犯さなければ帳消しにはなりえない程の名誉を与えられるほどの一大難問であった。ゆえに、サム病患者は発作が起こってからの対処療法のみを余儀なくされているのだ。その対処療法も、特に薬があるわけでもなく、魔力が欠乏しても問題なく生活はできるため、サム病に罹った多くの術師が道をあきらめるほどの病魔であった。
「えっ、そうなの」
「……当たり前じゃない、もう解決済み何だったらレイスもあそこまで苦労しないでしょ?」
「それも、そっか……」
 あからさまに残念がるゼス。だが、そこに一筋の光明が差す。それが、まやかしであったとしても、あるいは。
「ですが、それを解決するために旅に出るのであれば、恐らく大義名分としては事欠かないと思います。サム病は結構メジャーな病気ですし、場合によっては私も参加できるかもしれません」
 だが、ルーチェのこの発言は結果的に歴史を動かすことになる。結果論とはいえ、この瞬間こそがサム病撲滅の契機となるのだから世の中何が起こるかわからないのである。
「えっ、でも教会の仕事はどうするの?」
 当然のように疑問に思うゼス。無理もあるまい、ルーチェは現在宮仕え、もとい教会に所属している身である。自由な行動ができるとは言い難い身分であった。だが。
「「サム病撲滅のため」ならば、教会も頷いてくれるかもしれません。一応、掛け合うだけは掛け合ってみます」
 教会も、存在する理由に「民草の救済」がある以上、サム病撲滅のためと言えば否とは言い難かった。無論、それにはルーチェがまだ教会に入って日が浅いことも関係はしていたが、そもそも宗教の存在意義とは無力な者に代わって有力者が動くというのが原風景のはずである。健全な宗教であれば病の撲滅というお題目に対して首を横に振ることは難しかった。だが、ルーチェもそれだけで教会が動くわけがないことを知っていた。ゆえに、彼女はある条件を出すことになる。
「わかった、ありがとう」
「いえ、その代わり、と言ってはなんなんですが……」
「?」

「……参ったなあ……」
「とはいえ、これで回復役が二人もいるんだから、頷いてくれると思うけど」
「それは、そうかもしれないけどさ……」

 ルーチェの出した交換条件、それは……。
「いくら回復役が二人いるからって早々大人が面倒見てくれるかなあ……」
「私は、大丈夫だと思うわよ?第一貴男アランレオ修得してるんでしょ?自信持ちなさいな」
 ……パーティーに入れる大人を連れてくることであった。一応、その人物が監督役として、パーティーリーダーとは別にそれなりの経験者を入れることによって全滅を回避するためでもあった。
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