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本編

王の影

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 延々と続く螺旋階段をようやっと降りた一行を、待ち構えていたのは、際限なく続く連なる住宅街であった。

「おぉ!!」

 エルフが一目散に駆け出す中、三人は地に目を向ける。

「此処らで描くか」

「……?何をだ」

「……魔力が吸われている」

「は?」

「何?」

 二人は訝しげに、大地を凝視する勇者に目を向けた。

「来賓へのもてなしにしては、随分と高圧的じゃないか」

「全く気づかなかったが……」

「略奪者に対する対策か、あるいは……」

 徐に天を仰ぐ。

「……どちらにせよ、面倒だな。近くに吸収か封印の魔石があるのか?」

「木を隠すなら森の中。魔石を隠すなら玉座の間……」

「つまり、ハンデ背負って戦えと?」

「この程度の足枷に遅れを取るようでは、この先で役に立つとは思えないが?」

「魔法専門の相手に辛辣とは思わないのか?」

「俺も昔は魔法使いだった……」

「……」

「当然、今もだがな」

「妙に話の論点がズレているように感じるんだが……」

「隙が生まれるのなら、出来る限り援護しよう」

 勇者は泰然とした台詞を吐き捨てて、霞むほどに進んでゆくエルフの跡を追った。

「行こう」

「暇は黙ってろ」

 地に円たる魔法陣を鮮血で描き終えるとともに、二人は再び不均衡な肩を並べて、淡々と歩みを進めていった。

 どれだけ周囲に目を凝らそうとも、子供の甲高い笑い声も、道路を渡る荷馬車も、露店さえも無い、閑散とした場所であった。

 カースが天高く見上げるほどに天高く聳え立ち、威風堂々たる大扉の前にして、一行は立ち並ぶ。

「ここ?」

「見るからにそうだろうが」

「何故、玉座の間が必要なんだ。これほどまでに平和な場所であれば、必要ない筈……」

「統べる者がいなければ、大衆は正しさ見失い、時に混沌を招く。支配も同様にな」

 そう言い、徐に片手で大扉を開く。

 そして、勇者はエルフの影にそっと掌を翳して、囁くように唱える。

「棲まえ、幻影」

「ん?何か言った?」

「いいや」

 ギイギイと軋みを上げる大扉が、静寂なる玉座の間に響き渡る。

 吹き抜けから隅々にまで周囲に目を凝らす。

「誰も…いないね」
「あぁ、偉そうに玉座に坐す野郎以外はな」

 玉座の間に、ただ一人坐した沈黙の鎧。

 眼下に突き立てし大剣を両の手で握りしめ、侵入者を前にしても一向に動く気配のない様子であった。

 大剣の装飾なる紅き宝玉が、鈍くキラリと輝く。

 勇者一行は慎重に歩みを進めていく。

「今描くか?」

「……いいや。終えてからだろう」

「右に同じく」

「何を?」

「後方に役立たずを置いておくか」

「いや、この間から出した方がいいだろう」

「…すまないが僧侶、今すぐ此処から出てくれないか」

「わ、私しか高等治癒魔法は使えないよ!」

 エルフは真後ろに据え、三者は雁首を揃えて仁王立ち、其々の得物を徐に手に携える。

 大きく一歩を踏み出すとともに、その三人によって破られんとする静寂。

 だが、先に沈黙を破ったのは鎧であった。

 疾くに立ち上がるとともに、三人の視線を糸も容易く横切った。

 残像が微かに視界の片隅に映るとともに、何が宙に舞う。

 彼等が徐に目を向けた先、其処には勇者の右腕が浮かび上がっていた。

「ぇ?」

 ウェストラの絶句。
 カースは疾くに拳を固め、勇者は掌から霜が降りてゆく、ほんの一刹那。

 鎧の大剣の鋒は、茫然と立ち尽くすエルフの喉笛を捉えていた。

「ハァ」

 常々にため息を吐き零している勇者は、エルフの影へ目を向ける。

「颯爽と醒ませ」

 次第にゆらゆらと影が揺らぎ出して、鎧の大剣の薄っぺらな影が容易く禦いだ。

「不覚だ」
「あぁ」

 明確なる遅れを取るウェストラとカースは、煌々たる火花を散らし、金属音を鳴り響かせて鬩ぎ合う二者の合間に潜り込む。

 勇者は氷剣の形成の最中であった。

 カースは肥大化した拳を水平に振るう。
 ウェストラは徐に本扉を開き、書き綴られた字面を流れるように二本指でなぞる。

 鎧は頭上を砲声たる風切り音が通り抜け、地からせり出す土石の槍を難なく躱わした。

「爆ぜろ」

 槍の鋒が唐突に紅き燈を帯びて、轟音とともに白煙が二人を覆い尽くす。

「ヴァァァァ!!」

 仄かに紅き鱗を顕にした両手を重ね合わせて肥大化させ、容赦なく地に叩きつける。
 
 瓦礫が縦横無尽に飛び交い、更なる土埃が玉座の間を充満するほどに舞い上がる。

「エルフ!無事だろうな?」
「無論だ」

 颯爽と疾風の如くエルフの丹田を抱き抱えた勇者が吹き抜けの2階に飛び上がっていた。

「うぅ」

「危ないから此処に居てくれないか?」

 勇者は緩やかに下ろす。

「私は…邪魔?」

「すまないが、今回の敵は三人がかりでようやっと互角と言っていいだろう。君は…」

「足手纏い…だもんね。保護魔法掛けてじっとしておくから」

 仄かに青ざめ、引き攣った微笑みを浮かべて、こぢんまりと膝を抱えて蹲る。

 蒼き硝子らしき球体が包み込む。

「付け焼き刃だが、連携はできるか?」

「あぁ!足を引っ張らなければな!」

「ヴァァァァッッ!!」

「魔力制限が思いの外、厄介だな」

 慌ただしく周囲に目を配る。

「封印石は!?」
「保護色…いや別の物に扮しているだろう」

「チッ!なら、さっさと壊せ!」

 縦横無尽に暴れ回る暴君たるカースに、ウェストラは手を焼くことながら、俊敏に鋭い刃を的確に振るう鎧に、悪戦苦闘していた。

 周囲に目を泳がせて手を拱く勇者は、二者択一の選択を迷っていた。

 傍に名ばかりの堅牢を纏った少女と、一刹那さえも生死を分ける二者との優先順位を。

「……使うか」

 徐に大剣を握りしめ、鎧を注視する。
 不安定に伸縮し、稀に眩く鋭い眼差しを浮かべるようにさえ見える影。

「ルクスのために。ルクスの…」

 ただ一人ぶつくさとほざき、逡巡する。

「長考してる場合か!」

「あぁ。すまない」

 そう言い、渋々降り立った。

 掌に霜が降り掛かりながら。
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