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藤田 紫苑

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ぶらん子

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 ――目を覚ました。

 どうしたのだろうか。気でも狂ったのだろうか。

 僕は目を覚ましていた。

 掛け時計は朝の5時を指していた。普段だったら、あの短針と長針は12辺りを指しているのに、今日は何だ。
 なぜ、僕がこんなに早い時間に起きたのかは分からなかったが、とりあえず良い目覚めだ。

 日の光も差し込まない暗闇のリビングで僕は一杯の水を少量飲んだ。いっぱいではない。朝の水は少量でよいと何かのテレビでやっていたので実行したが、確かにさっきより目がぱっちりしてきた。
 僕は生まれつきの二重だが、そういうことではなく、眼球の奥に眠る何かをたたき起こした感じだ。起こされた何かはきっといつもとは違う状況にとまどいを隠せていなかっただろう。

 一階では母が寝ているので起こさないようにそっとカーテンを開けてみた。
 しかしまだ外は暗く、庭の植物たちの綺麗な色も、今は彩度が低い。
 もう少し彼らの事を描写すると、少し風で揺れていた。それは庭で回る小さな風車がくる……くる、と教えてくれていた。

 外は確かに暗いが、空に関して言うと今まで見てきた空間よりかは少し明るい。
 その明るさは早朝が素人の僕の目に優しく、外へと駆り出させるような優しいものだった。

 僕は再度、母を起こさないように静かに靴を履き、忍者の如く玄関のドアを開けて外へ出た。
 朝の空気はとても澄んでいた。気温的には少し寒かったが、どこかその寒さが妙に気持ち良かった。
 僕の家の近くには近所の子供たちが遊ぶ公園がある。歩いて1分くらいの本当に近い距離だ。僕も小さい頃よく友達と一緒に遊んだし、遠くで花火が上がる時には友達と集まり遊具の上から観賞する。高所恐怖症の僕はびくびくしながら見ていたな――そんな記憶もある。

 さすがにこんな時間に公園で遊ぶ子供いなかった、というか人っ子一人いない。

 懐かしの公園に挨拶がてら入った僕はすぐにブランコへと向かい座った。
 ブランコは良い。ただ漕ぐだけで動いてくれるし、気持ちの良い風を感じながら無心になれるから。加えて今日は早朝の新鮮な空気を感じることが出来た。

  「お兄ちゃん」
 
 僕の左斜め1メートル付近に小学生3年生くらいのランドセルを背負った男の子が立っていた。にやりと可愛げな笑顔でこちらを見ているが、早朝の薄い光でしか反射されないその顔は青白くも見えた。
 さっきまで人の気配など全く感じなかったが、頭がまだ完全に起きていないのだという風に解釈することにした。

「えっと……君は?」
「僕は、西小学校3年2組の原田 ゆうとです。お兄ちゃん、こんなとこで何してるの?」
 それを聞きたいのはこちらの方だったが、小学生相手では今はそんな気持ちもすぐに溶けて、後回しにすることにいした。
 それと、と呼ばれるのは僕にとって、とても不思議な感じだった。

「お兄ちゃんはね、今日何故か早く目が覚めたから、何となく公園に来てみたんだ。それより、えっと……ゆうと君はこんなに早い時間に何してるの?」
 するとゆうと君はにっこり笑って答えた。
「学校に行く前の儀式なんだ」
「儀式……? こんなに早く?」
 ゆうと君の言う儀式については全く意味が分からなかったが、何故かとても安心した気持ちになっていた。

「実はさ……僕ね、頭が悪くてね、いっつもテストの点数がひどくてお母さんに怒られてるんだ。そしたらね、テレビでね、朝早くは頭が良く働くって言っていたから、それで僕も朝早く起きれば頭良くなるかなと思ったんだ。だから、絶対朝5時に起きてこの公園に来るって決めたんだ」
 理屈が通っているかどうかはさておき、この年齢で何かを実行しようとする気持ちを抱き、実際に行っているなんて、僕みたいな人間からしたら頭が下がる。

「お兄ちゃん、これ見てよ、理科の点数。100点中3点だよ……」と、ランドセルからクシャクシャのテスト用紙を見せてきた。
「どれどれ……。ははは、確かにすごい点数だね。でも、ちゃんと合ってる所もあるじゃん」
「まあ、一問だけだけどね。……振り子の問題」
 そう、ゆうとの正解していた問題は振り子に関する問題。小学生でそんな事習ったかなと昔の自分を思い出すが、あまり覚えてない。

「振り子は分かるんだね」と、ゆうと君の気を少しでも明るくしようというフォローのつもりだった。
「ううん。これはたまたまだよ。適当に書いたら合ってたし、どうして振り子が揺れているのかも分からない。……でも、ブランコが揺れてるのは振り子と一緒の原理だよって先生が言っていた。まあ、だからと言って、何も分からないままだけどね」
 振り子についてはよく知らないが、何かガリレオがうんたらかんたらとか言っていたけど小学生に説明するとなると厳しい。出来れば質問しないでほしいと思ったけど……。

「お兄ちゃんは、どうしてブランコが揺れるか分かる?」

 ほら、そりゃ、そうなるよね。
「えっと、多分……何かしらの力が働いて、それで、物体が動いて……」
 絶対伝わっていないことは分かり切ってことだったが、自分の中でゆうとに少しでもヒントになればいいなというただの親切心が働き、それっぽい言葉を並べながら一生懸命に説明しようとした。

「違うよ」
 その4音にはっとした。
「違うよね……」
「うん。実は僕、答え知ってるんだ」
「なんだよ、知ってるのか」

「うん。答えはねそこに、お兄ちゃんがいるからだよ」

 なるほど、何とも論理から外れたとんちのきいた小学生らしい観点だと思った。

「でも、それなら……」そう言って僕はゆっくりとブランコを降りた。

「どう? お兄ちゃんはブランコに乗ってないけど、ブランコはまだ揺れているよ」
 半ばどこかの教授が浅知恵を披露する生徒に対して、間違いを指摘するような口調だった。

「うん。だから、お兄ちゃんがいるから揺れているんだよ」
「えっと……。お兄ちゃんは……」
「だって、お兄ちゃんがいなかったらそのブランコは揺れないでしょ? お兄ちゃんがいるからブランコは動くんだよ」

 ――お兄ちゃんは、ちゃんとここにいるんだよ。

「あ、お母さん来たから、そろそろ行くね! またね、! また、来るよ」

「ゆうと! また、そんなとこにぶらぶら一人でいないで早く家に入りなさい! 朝ごはんできてるよ!」

「はーい!」

 懐かしい母の声と風景。もう、僕周りの空気は暖かかった。


 こんなに時間が経っても、まだ迷惑かけてごめんな。ゆうと。

 ――本当にダメなお兄ちゃんだ。

 


 






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