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ヒビキの奪還編

71話 魔界へ

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「どうして、こうなるのかのぉ」
 国王として振る舞うユタカに自ら触れようとする者はいないため、ナナヤの行動に対して激しい動揺と共に恐怖心を抱いたユタカは思わず後退りをしてしまった。
 一部始終を眺めていたガーゴイルはユタカを指差してケタケタと笑い声を上げている。
 崩壊した神殿と共に水の底に沈んでしまったものと思っていたユタカが目の前に佇んでいる。
 顔面から地面に倒れこんだにも拘わらず、全身で喜びを表現するナナヤは仰向けになりガッツポーズをする。
 ユタカが生きている事を、目を何度もこすって確認しているナナヤは大喜びである。
 地面に腰を下ろしたままの状態で唖然とするユタカは、もしも勢い良く飛び付かれた場合どのような反応を返せば良いものだろうかと考えてしまって身構える。

「ごめん。勢い良く迫ってくるから驚いてしまって。人と至近距離で話をする事に慣れていないんだ」

 国王として国民達に広く顔を知られているユタカに対して、今まで触れようとする者や飛び付こうとする者などいなかった。
 銀騎士達が互いの功績を讃え合い肩を組んだり抱き合ったりする姿を見た事はあるけれど、国王であるユタカは遠目に見ているだけだった。

 満面の笑みを浮かべるナナヤとは違って、ユタカの表情は強ばっていたと思う。
 長い前髪がユタカの顔を覆い隠しているためナナヤやガーゴイルからは、その表情を確認することは出来ない。
 ナナヤはユタカが身構えてしまっている事に気がついて笑い声を上げる。

「驚かせるつもりは全く無かったのだがね」
 ナナヤは全く悪気が無かった事を口にすると、ユタカに向かって頭を下げる。
 ユタカは人懐っこい性格をしているから、てっきり人に絡まれ慣れているものだと思っていれば意外な事に警戒心が人一倍強いことが判明する。

「お主でも動揺をする事があるのだな。普段は澄ました顔をしているのに面白いものを見れたわい」
 ガーゴイルは国王とユタカが同一人物である事を理解しているため、状況を楽しんでいる様子。
 にやにやと締まりの無い表情を浮かべている。
 本音を口にしたガーゴイルは本当に高い知能を持つ。
 地面に腰を下ろしたままの状態で感心するユタカは、ガーゴイルに視線を移すと見事に目が合った。
 神殿の中では有無も言わさずに襲いかかってきたガーゴイルは神殿内を抜け出してから、やけにフレンドリーである。

「ユタカが澄ました顔をしている所を見たことが無いのだがね」
 ナナヤはユタカと国王が同一人物であると知らないため、ガーゴイルの言葉に対して疑問を抱いて問いかける。
「お主はユタカの正体を知らないからのぉ。知らなければ肝を冷やす事も無かろう」

「怖い事を言わないで欲しいのだがね」
 小刻みに肩を揺らして笑うガーゴイルはナナヤの反応を見て楽しんでいる。
 ゆっくりと腰を上げたナナヤは、さりげなくユタカから距離を取る事を忘れない。

「ちょっと、止めてよ。僕の正体だとか、知らなければ肝を冷やす事も無いとか無駄にハードルを上げないでよ。ナナヤが僕の正体を魔族や妖精だと勘違いをしたらどうするの」
 顔面蒼白になりながら、ガーゴイルに文句を言うユタカはナナヤに勘違いされる事を恐れている。
 自分の種族は人間だと口にする事を忘れない。

「気軽に声をかける事の出来る人物ではない事は確かじゃのぉ」
 ナナヤが戸惑う事を分かっていながら、敢えて不安にさせるような事を口にするガーゴイルは悪戯好きな性格をしているのか。
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、ユタカの背中に腕を回して顔を覗き込むガーゴイルは、わざとナナヤに聞こえるように問いかける。

「のぉ、ユタカは姿や口調が驚くほど変わるのぉ。それも術の一種なのか?」
 力任せにユタカの背中を叩き顔を寄せたガーゴイルは、ユタカを困らせようと考えた。
 しかし、ガーゴイルは自分が思っていた以上の力を込めてユタカの背中を押してしまう。
 ガーゴイルの行動により、ユタカの体は激しく地面に打ち付けられてしまった。

「力加減を間違えたわい」
 力の加減はした。しかし、予想以上に人間の体は脆く、ガーゴイルは項垂れる。
 まさかガーゴイルが、ちょっかいをかけてくるとは予想もしていなかったユタカは見事に警戒心を解いていた。
 
 無抵抗のまま地面に倒れこんだユタカの体を、ガーゴイルは鷲掴みにすると片手で軽々と持ちあげる。
 ユタカは全く反応を示さない。
 まさか致命傷を与えてしまったのでは無いだろうなと不安を抱いたガーゴイルは頭を抱え込む。
 ぷるぷると小刻みに震える腕をつき出して、指の先端をユタカに向けたナナヤは、顔を真っ青にして問いかけた。

「生きているのかね?」
 大きく上下に揺れる指先がナナヤの恐怖心を物語っている。
 ユタカを指差してはいるものの指の先端が大きくぶれてしまって狙いが定まらない。
 ガーゴイルの視線がナナヤに向き目が合うと、すぐに指先は下へ地面を指差す形になる。
 冷や汗を流しながらも、ガーゴイルの目をしっかりと見つめているナナヤは返事を待つ。
 ユタカの腹部をまさぐるガーゴイルは怪我をしていないか確認をする。

「まぁ、こいつの事じゃ。大丈夫じゃろ」
 ユタカの体を目線の高さまで持ち上げて、脈と呼吸を確認したガーゴイルは整った呼吸を繰り返すユタカの体を肩にかける。



 ユタカがガーゴイルから思わぬ攻撃を受けて意識を飛ばした頃。
 狐耳つきのフードを深く被ったまま、顔を俯かせて足を進めていたヒビキが小さな石につまずいて足首をひねる。
 体が大きく左に傾くと、ヒビキの背後を歩いていた妖精王が咄嗟に腕を伸ばして傾くヒビキの体を支えようとした。
 しかし、妖精王がヒビキの服を鷲掴みにするよりも、すぐ隣を歩いていたサヤがヒビキの腕を掴む方が早かった。
 小さな体を引き寄せて持ち上げると肩にかける。
 全く予想していなかったサヤの行動に驚き硬直するヒビキの背中に手を添える。

「大丈夫?」
 まるで子供をあやすように優しくヒビキの背中を叩いたサヤの行動を呆然と眺めていた妖精王は、ヒビキの記憶が既に戻っていることを知っているためヒビキの複雑な心境を想像する。

「どうやら、足首を捻ったようですね」
 大人しくサヤの肩に担がれているヒビキの代りに返事をしたのは妖精王だった。
 ヒビキが転んでしまう前にサヤが咄嗟に小さな体を支えたため、別に大きな音がしたわけでは無かった。
 しかし、足音とは違う何かを擦ったような音を耳にしたユキヒラは足を止めて背後を振り向いていた。
 その表情は険しく冷たい視線をヒビキに向ける。
 無言のままヒビキを眺めていたユキヒラが、小さなため息を吐き出した。

 ユキヒラが口を開くことは無かったけれど、ヒビキがユキヒラの視線を受けビクッと肩を大きく揺らしたため、険悪なムードである事を察した妖精王が口を開く。
 
「先程、アイリスから手紙が届きました。第一部隊と第四部隊は空から魔界へ、第二部隊と第五部隊は西側から山岳地帯を越えて魔界へ、第三部隊と第六部隊は東側から洞窟を通って魔界に向かっているそうです。第七部隊と第八部隊は私の指示で、人間界へ向かわせました。彼らには姿を人に似せるようにして変化をしてもらっています。もしも可能であるならば国王に仕える騎士団に入団しておくようにと伝えました」
 妖精達が魔界へ向かっていることを告げると、少しはユキヒラの機嫌が戻るだろう。
 そうであって欲しいと考えていた妖精王の思惑通り、ユキヒラの表情は一変した。
 妖精王が予想をしていた以上に、ユキヒラは見事に態度を変える。
 ユキヒラの表情に笑みが戻り、その変わりようを見ていたサヤが唖然とする。
 
「国王に仕える騎士団に入団をしておくと、背後から剣を突き刺す事も可能になるね。国王の苦痛に歪んだ顔を見るのが楽しみだね。国王は感情を表情に表さない人と聞いたけどさ、第二王子の首をプレゼントしても表情は変わらないのかなぁ?」
 おっとりとした口調で、恐ろしい考えを述べたユキヒラに視線を向けていた妖精王は苦笑する。
 ヒビキがユキヒラに対して警戒心をむき出しにしている姿を予想して、妖精王はサヤの肩に抱えられているヒビキに視線を向ける。

「第二王子の首を渡した所で国王は眉一つ動かさないと思うけどな。冷静に近くにいる騎士に首を預けている姿を想像する事が出来るんだけど……」
 ヒビキは呑気に国王の反応を予想していた。
 ヒビキは自分の父親に対して一体どのようなイメージを持っているのだろうか。
 血も涙もない人だと思っているのだろうか。

「我が子の首を渡されたら、それは取り乱すでしょうね」
 ヒビキの考えを改めさせるために妖精王は神殿内に残してきたユタカの姿を思い浮かべる。
 ユタカはヒビキを神殿内から逃すために到底、敵うはずのない1800レベルのガーゴイルの相手をする事を自ら申し出た。
 ヒビキの父親であるユタカは、決して表情が乏しい人ではない。
 ヒビキの首を手渡したら、きっと発狂するだろう。
 精神が崩壊してしまうかもしれない。

「やっぱり取り乱すかな? 人間界に到着して城に侵入をしたら国王を探す前に、まず第二王子を探そうかなぁ」 

「しかし、我が子の首を渡されて国王が我を忘れてしまったら、がむしゃらに襲いかかってくるでしょう。氷柱魔法に全ての魔力を注ぎ込みそうな気がします。国王が本気で氷柱魔法を発動させると、人間界を消し去ることなど造作もないでしょうし。首を差し出すなんて真似はしないほうが良いのでは?」
 妖精王はユキヒラに第二王子の首を国王に渡すのは反対であることを伝えて話を先に進めていく。
 
「国王の氷柱魔法は人間界を破壊するほどの威力があるの?」
 ユキヒラは予想を遥かに上回る国王の持つ氷柱魔法に興味を抱いたようで、表情を引き締めると真剣な面持ちを浮かべて問いかけた。
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