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ヒビキの奪還編

85話 巻き込まれるのは

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 右足を軸にしてクルンと体を一回転。
 妖精王の目をしっかりと見つめた後、スカートの裾を指先でつまみ持ち上げた魔王が膝をおり軽く会釈をする。
 
「初めまして。ウィネラと申します」
 満面の笑みを浮かべて名前を名乗ると妖精王に向かって右手を差し出した。

「宜しくお願いします!」
 差し出された手を両手で掴み取り持ち上げたのは、握手を求められた妖精王ではなくサヤだった。

「魔族の踊り子に会える何て思ってもいなかった! 私は踊り子になる事が夢だったんです」
 夢だったと言葉を続けたサヤが熱い視線を向ける。
 どうやら、ベリーダンス衣装を身に着けている魔王を踊り子と勘違いしたらしい。

 大きく足を踏み出すと
「おっと」
 サヤの勢いに押されて声を出した魔王が姿勢を保とうと一歩足を引く。

「えっと、君は?」
 目を輝かせるサヤに、まじまじと顔を見つめられ流石に鼻と鼻が触れ合いそうな距離は近いと感じた魔王が照れくさそうに身動ぎをする。

「私はサヤ。三上サヤです」
 すぐに名前を名乗ったサヤが大きく足を踏み出すと、同じように大きく足を引き後退することにより距離を保った魔王が助けを求めて、呑気に見物を決め込んでいる国王に視線を向ける。
 腕を組み仁王立ちする国王が魔王の視線が自分に向いた事に気づく。
 その表情から助けを求められているのだろうと判断をした国王が口を開いた。

「横から口を挟んで申し訳ないが、ダンスを披露して欲しいと頼んでみてはどうだろう? 書物によれば、魔界では戦闘で活躍する踊り子が多いようだ。きっと、人間界では見ることの出来ないダンスを披露してくれると思うのだが」
 口元を腕を持ち上げ袖を添えることにより隠した国王が、ゆっくりと魔王から視線を逸らす。
 ベリーダンス衣装を身につける魔王を踊り子と仮定して話を進めた国王に視線を向けたサヤが激しく同意した。

「良い考えね!」
 魔王の手を離すと素早く国王の元へ移動したサヤが、国王の左手を両手で鷲掴みにすると勢いよく上下に動かした。
 サヤの勢いに押されて大きく足を引いたものの、口元を隠すようにして持ちあげていた腕を保ったままの状態で、小刻みに肩を震わせる国王はされるがまま。顔を俯かせているため表情を確認する事は出来ないものの、明らかに魔王に無理難題を押し付けて、魔王の戸惑う姿を横目に見ながら楽しんでいる。

「その人さぁ、今は大人しくしているから優しそうに見えるのかもしれないけど恐ろしく強いし、傲慢で無慈悲で冷酷と言われている人だからねぇ」
 何の躊躇いもなく国王に絡みにいったサヤにユキヒラが声をかける。

「傲慢か。何を言っても取るにたらない人物とみなされないように気をつけてはいたが、人を見下すような態度をとってると思われていたのだな」
 サヤに声をかけたものの返事をしたのは、ユキヒラの言葉を深く考えた国王だった。
 俯かせていた顔を上げて真面目な顔をした国王の反応を、間近で見ていたユキヒラが声を上げて笑う。

「聞いていた人物像と違うね。現国王は国民の意見には耳を貸さないんじゃなかったの? 魔族とはいえ、踊り子と親しげに話しているしさぁ」

「国民の意見に耳を貸さないどころか自ら国民の意見を聞きに行くような人だけど」
 国王が口を開く前に答えたのは魔王だった。
 人々が思い描いている国王の人物像が間違っている事を伝えた魔王の言葉を素直に受け入れる事の出来なかったヒビキが唖然とする。
 そもそも、父は冗談を言う人ではない。
 それなのに、ユキヒラが踊り子だと勘違いしている女性を魔王だと知りながら、敢えて父は魔王がダンスを披露せざる終えない状況を作り出す。
 無理難題を押し付けて、魔王の反応を見ながら危機的な状況を楽しんでいる父の姿を見てヒビキは戸惑っていた。
 それに、聞き間違えだろうか。父が国民の意見を自ら聞きに行くような人だと口にした気がする。
 中途半端に首を傾げたまま固まってしまったヒビキの全く予想していなかった反応を横目に見た魔王が苦笑する。

「自ら意見を聞きに行くって事は、城に国民を招き入れるの? 城へは身分の高い者しか入れないと聞くけど」
 魔王の言っている意味を理解することの出来なかったユキヒラが首を傾げる。
 唇を半開きにしたまま唖然とするヒビキも、ユキヒラと同じ考えを抱いていたようで僅かに首を傾けている。
 大人しく魔王とユキヒラのやり取りを目にしていたリンスールが何かを思いついたように、両手の平を合わせて見せた。

「もしかして、城を抜け出していたのですか?」
 苦笑するリンスールが国王の元へ歩み寄ると考えを口にする。

「国民の本音を聞くために時々だがな」
 悪びれた様子もなく即答した国王の言葉を耳にして、ヒビキは頭を悩ませる。
 国王が城を抜け出して国民に声をかけた所で、人々に広く顔を知られている国王相手に素直な気持ちを伝える事が出来る者はいないだろう。

「もしかして城を抜け出す時は変装をしているのですか?」
 ヒビキの問いかけに対して国王は事実を口にする。

「変装しなければ国民達の本音を聞くことは出来ないからな。ヒビキとも話をした事があるんだが姿形や、口調や、声のトーンまで変えていたから私だとは気づかなかったようだな」
 全く予想もしていなかった返事を耳にして、ヒビキは過去の出来事を必死に思い起こす。
 変装後の父と話をした事があるのだと言うけれど、思い当たる人物は浮かばなかった。
 変装後の父と話をした時に失礼な事は言わなかっただろうかと、不安になったヒビキは顔面蒼白のまま放心状態に陥っている。
 一方で時々、城を抜け出しては街へ出掛けていた国王の性格に興味を持ったユキヒラが考えを改める。

「やっぱり、操るのはやめよう。なんだか面白そうな性格をしていそうだし」
 国王に視線を向けたままユキヒラが考を漏らす。

「えぇ、分かりました」
 まるで独り言のように呟かれた言葉を耳にしていた妖精王が頷いた。

「一度皆さんを魔王城に案内しようと思うのだが」
 魔王がタイミングよくユキヒラに向かって声をかけたため話の話題が変わる。

「お城に僕達を招いてくれるんだ。勝手に足を踏み入れて魔王は怒らないかな? でも、中がどうなっているのか気になるなぁ。飛行術を使えないとたどり着くことも出来ないね。僕をお城まで連れていってよ」
 ユキヒラの表情が瞬く間に明るくなる。
 魔王城に興味があるのか、それとも魔王城に居るであろう魔王に興味があるのか目を輝かせるユキヒラは早速、魔王城に向かおうとする。
 ユキヒラが突然、国王の背中を叩くと飛行術を使えない自分を魔王城まで運んで欲しいと考えを伝える。
 全く予想していなかったユキヒラの発言に対して咄嗟に反応を示すことの出来なかった国王が口を開く前に、妖精王が考えを口にする。

「人間の力は弱いです。国王が君を運ぶには抱えるようにして身を寄せなければならないでしょう。しかし、私でしたら片手で人の体を軽々と持ち上げることが出来るので身を寄せる必要はありませんが」
 ユキヒラが国王に抱えられることを望むのなら話は別だが、ユキヒラは運ばれると言うことは密着しなければならない事を分かっているのだろうかと訪ねた妖精王の側で、表情を変えることは無かったものの国王が安堵する。

「忘れてた。国王も一応、人間だったねぇ。魔王城へは妖精王に運んでもらうことにするよ」
 ユキヒラは瞬く間に考えを改めた。
 ぽつりと本音を漏らしたユキヒラの言葉を耳にしていた国王が疑問を抱いて口にする。

「一応?」
 国王の独り言を耳にしたヒビキが、俯かせていた視線をあげると国王に視線を向ける。
 父は表情の乏しい口数の少ない人だと思っていた。
 しかし、実際に話をして見ると分からないことは教えてくれるし、危機的な状況の中で少しの余裕を見せる父の性格が分からなくなってしまった。
 
 勇気を出して父に声をかけてみて良かったと思う。
 幼い頃に父と城を抜け出して一緒に狩りを行った記憶が戻ったとはいえ、その時に父がどのような表情を浮かべていたのか。
 どのような言葉を交わしたのか思い出すことは出来なかった。

「宜しくねぇ」
 腕に腰を掛けたユキヒラの体を支えるようにして左手を添えた妖精王が立ち上がると、軽々とユキヒラの体を持ち上げてしまう。

「それでは、魔王城に向かいましょうか」
 国王やヒビキに向かって声をかけたリンスールが羽をひろげると、体を宙に浮かす。
 空中へ飛び上がったユキヒラの背中を呆然と眺めていたサヤが眉尻を下げる。

「置き去りにされちゃった」
 ぽつりと小声で呟いた。
 神妙な顔をして、目の前に聳え立つ崖を登りユキヒラを追うべきか、それとも魔族がいつ襲ってくるかも分からない街中でユキヒラが戻ってくるのを待つべきか、考えていたサヤの肩に魔王が手を添える。

「もし、良かったら私がサヤちゃんを魔王城まで案内しようと思うのだが」
「え!」
 魔王が声をかけるのとサヤが反応を示すのは、ほぼ同時だった。
 咄嗟に肩に添えられていた魔王の手を、両手で握りしめたサヤが一歩足を踏み出すことにより魔王が一歩後退する。

「是非お願いします! お城についたら踊りを披露してくれるんだよね?」
 目を輝かせるサヤに圧倒される魔王の姿は見応えがある。

「え……踊り? あ、あぁ。そうだな」
 戸惑いながらも頷き返事をした魔王が国王を睨み付ける。
 その姿を横目に眺めていた国王が袖をつかみ口元に添える。
 魔王の視線が自分に向けられた事に気づいた国王は、ゆっくりと魔王に向けていた視線を逸らすと小刻みに肩を震わせた。

「人間界に潜入していた騎士アリアスが城の中で見た踊り子達のダンスが格好良かったと言っていたな」
 肩を震わせる国王を横目に見て魔王が、にやりと不気味な笑みを浮かべる。
 やられっぱなしではいられないと思ったのだろう。
 父にやり返すつもりだとヒビキは瞬時に悟った。

「人間界に伝わるダンスだ。魔族である私が踊れるんだ。当然、人間界を統べる国王も踊る事は出来ると思うのだが」
 にやにやと締まりのない表情を浮かべる魔王の言いたいことを理解した国王の表情から見事に血の気が引く。

「ダンスに巻き込むのなら私ではなく、ヒビキの方がいいだろう。若く見た目も良い。きっと体力も有り余っているだろう」
 そっとヒビキの背後に回ると、唖然とするヒビキの両肩に手を添えて魔王の前につきだした。

「はい?」
 全く予想もしていなかった国王の態度に驚き間の抜けた声を出すヒビキは唖然とする。
 首だけを動かして国王に視線を向ける。
 口元を袖で覆い隠したまま顔を俯かせる父の表情は見えないけれど、人の戸惑う姿を見て状況を楽しんでいるように思えてしまう。
 どうにかして、人前でダンスを披露する事を避けて通る事は出来ないだろうかと考えるヒビキは頭を悩ませる。

「俺には皆の前で披露することが出来るほど、ダンスの技術はありません。巻き込むのなら妖精王を巻き込んでください。彼はアクロバティックなダンスを披露する事が出来ますから」
 勢いよく首を左右に振ったヒビキが妖精王の背中を指差した。
 以前ドワーフの塔の中でドワーフ達と共にダンスを披露していたリンスールの姿を思い浮かべたヒビキが一歩足を引くものの、国王の体に後退を阻まれた。
 唇を半開きにしたまま神妙な面持ちを浮かべるヒビキの姿をじっくりと眺めていた魔王が口を開く。

「この子、私好みなのだが」
 ヒビキの頭に手をおき優しく撫でた魔王が、指先をヒビキの頬に移動させる。
 ぽかーんとした表情を浮かべるヒビキの反応を見ていた魔王が小刻みに肩を震わせた。

「今は狐耳つきのケープを身に纏っているが、ヒビキの種族は人間」
「分かっておる。しかし、種族の違いなど問題は無いだろう? 魔族と人間、対して差はない」
 舌なめずりをする魔王から我が子を隠すようにして、足を踏み出した国王が首を左右にふる。
 ヒビキが国王の息子であることを知る魔王は、当然ヒビキの種族が人間であることを知っている。
 魔王にとっては人間と魔族は対して差は無いようだけれども、国王やヒビキからすれば大きな差があるようで二人とも険しい表情を浮かべている。

「寿命が違いすぎる」
 即答した国王に続きヒビキが何度も首を上下に動かして同意する。
 眉間にしわを寄せたまま正論を口にした国王の慌てる様子を見ていた魔王が肩を震わせた。

「そう険しい顔をするな。冗談だ」
 今にもヒビキをつれて目の前から逃げ出しそうな国王に冗談であることを伝えた魔王がサヤの体に手を添える。

「私達もユキヒラの後を追わなければ」
 苦笑する魔王がサヤの体を軽々と持ち上げると、ユキヒラや妖精王の後を追って空高く飛び上がった。
 魔王の背中をおとなしく見送っていたヒビキが国王に視線を向ける。

「追いかけましょう」
 国王に声をかけたヒビキに対して、ユタカは内心ヒビキに声をかけて貰えた事を喜んでいた。

「そうだな」
 跳び跳ねて喜びたい気持ちを表情や態度に表すこと無く、真面目な顔をした国王がヒビキの言葉に同意する。
 互いに顔を見合わせて頷くと、国王が体を浮かす。
 同時にヒビキが飛行術を発動した。
 


 赤や、青や、緑や、白と色鮮やかな光が建物内を駆け巡る。
 客室に敷かれた白いカーペットはアリアスが人間界で購入をして持ち帰ったものであり、カーペットの上に腰を下ろすユキヒラとヒビキが室内を見渡した。
 踊り子達を見慣れているのかリンスールと国王は表情を変えることなく落ち着いた様子で踊り子達のダンスを眺めている。
 サヤはと言うとカーペットの上で立ち上がり食い入るようにして魔王のダンスを見つめていた。

 豪華なベリーダンス衣装に身を包みリズムに合わせて軽やかに舞う踊り子達に紛れて魔王ウィネラは右足を軸にしてクルンと体を一回転させた。
 
 あでやかな衣装に身を包み、切れ長の目を客人であるヒビキに向けると更に体を一回転させる。
 妖美な女性を演じる魔王が艶然えんぜんと微笑むと一体、何に対して驚いたのか。
 大きく体を揺らしたヒビキの表情が瞬く間に強張った。

 あんぐりと口を開き、だらしない表情を浮かべるヒビキの目が泳ぐ。
 視線がゆっくりと下り地面に移る。

 見なかったことにしておこう。
 目蓋を伏せることにより考えることを止めたヒビキが、ため息を吐き出した。
 下着を身につけ忘れたのか、それとも踊り子は下着を身につけないものなのか。

 見えてしまったのだから今さらうじうじと考えていても仕方がない。
 ため息と共に閉じていた目蓋を開いたヒビキの目の前で腕を真っ直ぐ伸ばしたウィネラが、五本の指先をヒビキに向けると同時に無数の紫色に光る蝶々が出現した。
 その数は目で追って数えることが出来ないほど多く、羽を羽ばたかせながら室内を飛び回り始めた蝶を目で追いかけるヒビキやユキヒラが口を半開きにしたまま瞬きを繰り返す。
 鬼灯が発動した幻術魔法はヒビキやユキヒラを魅了した。
 客人や踊り子達が密集している地点から、少し離れた位置では客人からは見えない位置にある巨大な柱の影に身を潜めながら、魔王の手の動きに合わせて幻術魔法を発動する鬼灯の姿があった。
 妖艶な笑みを浮かべる魔王が国王に向かって腕を伸ばすと手招きを繰り返す。

「踊ることは当然、出きるだろう?」
 挑発するようにして国王に声をかけた魔王が肩を小刻みに震わせる。

「まさか、ダンスを記憶するだけの記憶力も無いとは言わないだろう?」
 一度目の挑発でピクリとも反応を示さなかった国王に二度目の挑発をすると、小さなため息を吐き出した国王が重い腰をあげた。
 魔王の元へ移動する国王を、口をあんぐりと開き見送るヒビキと肩を小刻みに震わせながら今の状況を面白がっている妖精王がカーペットの上で立ち上がる。
 突然の国王のダンスの参加に魔王を取り囲んでいた踊り子達が色目気だった。
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