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学園都市編

98話 若返りの術

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 タツウミが結論に至ったことにより、目を輝かせたユタカが魔王や妖精王に視線を向ける。
 勢いよく顔を動かしたため長い前髪が横にそれて、水色の瞳が姿を現した。
 その表情には笑みが浮かんでおり、何故か誇らしそうだ。
 嬉しさを隠すことなく、満面の笑みを浮かべるユタカの姿を眺めていた魔王とリンスールが互いに顔を見合わせた。

「父上の声は、もっと低いか。それに、おっとりとした口調で話しをする人ではないから別人なのかな」
 喜んでいるユタカの目の前で、顔を俯かせたまま考え込んでいたタツウミが自らの考えの否定を始めてしまう。
 互いに顔を見合わせていた魔王と妖精王が眉尻を下げてクスクスと笑いだす。
 神妙な面持ちを浮かべたまま、しゃがみこんでしまったタツウミがユタカの姿を横目で捉える。

「身長だって全く違うと言いたいところだけれど父上は普段、高さのある靴を愛用しているんだった」
 考えていることを全て口に出したタツウミに視線を向けた魔王と妖精王が吹き出した。
 肩を小刻みに震わせながら笑いだす。

「クリーム色の髪の毛と薄い水色の瞳。顔は似ているんだけど父は無邪気に笑う人ではないから、やはり別人か」
 腹を抱えて笑う魔王や妖精王の事を気に止めることなく結論を出したタツウミが表情を引き締める。
 口を半開きにしたまま呆然と佇み、瞬きを繰り返していたユタカが両手を腹部に回すと腹を押さえて笑いだす。

「僕が口を開く前に結論を出さないでよ」
 眉尻を下げて苦笑するユタカが小刻みに肩を震わせた。

「姿や口調、後は醸し出す雰囲や声が違ってはいますが、目の前に佇んでいる人物は国王で間違いないですよ。国王として振る舞っている時と今、どちらの性格を偽っているのか分かりませんが、今のユタカはとても明るく喜怒哀楽をはっきりと表しますよ。仲良くなってみてはいかがですか?」
 このまま放っておくとタツウミは、ユタカが国王であると結びつける事が出来ずに時間だけが過ぎて行くのではないのだろうかと考えた妖精王が口を開く。

「冷酷かつ無慈悲な人物と思われているようだが、今のユタカは人懐っこくて無邪気。話しやすいと思うのだが」
 妖精王の言葉に魔王が同意した。

「父上が人懐っこくて無邪気?」
 魔王と妖精王が口を揃えて目の前に佇む人物を国王と言うのだから、小刻みに肩を震わせながら笑っている青年が父であることは間違いはないだろう。
 目の前に佇む人物は魔王の言葉通り、確かに人懐っこくて話しかけやすい雰囲気を醸し出す。

「何処に敵対する人物が潜んでいるか分からない状況だから、僕の事はユタカと呼んでくれると助かるんだけどな」
 タツウミが第一王子であることは城の中にいる者であれば知っている事であり、そのタツウミに父上と呼ばれてしまうと、せっかく姿形を変えたのに国王である事が知られてしまう。
 名前で呼んでほしいと考えを伝えたユタカに対してタツウミの反応は早かった。
 
「そのような恐ろしいことは出来ません」
 咄嗟の事とは言え、恐ろしいと本音を口にしてしまったタツウミは父を名前で呼ぶことは出来ないと即答する。
 無理と首を左右に振ったタツウミが高速で左右に首を動かしたため目を回す。

 咄嗟に机の上に手をつくことにより姿勢を保ったタツウミが眉間にしわを寄せる。

「どうしよう。理解が追い付かない」
 真面目な顔をして本音を漏らすタツウミは激しく混乱中。
 タツウミの小さな独り言を耳にしていた妖精王が口を開く。

「手を貸しましょうか? 国王との記憶を消す事も可能ですよ。ユタカを友と思い込む事が出きるように新たな記憶を植え付けることも出来ますが」
 爽やかな笑顔を浮かべて一体、何を言い出すのやら。
 指先をタツウミの額に押しあてたリンスールの行動を間近で見て恐怖心を抱いたユタカが、リンスールとタツウミの間に割り込んだ。

「記憶を消すなんて駄目だよ」
 リンスールの指先がユタカの胸元に移動する。
「父……じゃなかった。ユタカさんと呼ぶから」
 妖精王に父の心臓を取られるとでも思ったのか、怯えるタツウミがユタカのローブを手に取り力任せに引き寄せた。
 急に衣服を引っ張られて姿勢を崩したユタカが盛大に尻餅をつく。
 妖精王とユタカの間に体を滑り込ませて握り拳を作って構えを取ったタツウミは、ユタカが豪快に転んでしまった事に気づいているのだろうか。

「喜んでユタカさんと呼ばせてもらうよ。だから、その差し出した手を戻してよ」
 すぐにでも拳を打ち付ける事の出来る姿勢を保ち、言葉を続けたタツウミの行動を眺めていた妖精王が小刻みに肩を震わせる。

「そうですか。仲良く出来るのでしたら術をかける必要はありませんね」
 満面の笑みを浮かべる妖精王が差し出していた手を引くと、安堵するタツウミが背後を振り向いた。
 そして、床に尻餅をつき唖然としているユタカを視界に入れる。

「え、もしかして私が突き飛ばしたから姿勢を崩したのですか?」
 ユタカの姿を視界に入れると慌てふためくタツウミが床に膝をつく。
 床に両手を添えて深々と頭を下げて謝罪をするタツウミの行動は予測不能である。
 タツウミの突然の行動に驚き目を泳がせたユタカは戸惑いの表情を見せる。

「咄嗟の事だったとは言え、突き飛ばしてしまってご免なさい」
 謝罪と共に素早く腰を上げて床に膝をついたタツウミはユタカに向かって手を差し伸べた。
 タツウミの行動は本当に予測不能である。
 全く予想もしていなかった我が子の行動に驚き大きく目を見開いていたユタカが小刻みに肩を震わせる。

「まさか息子に手を差し伸べてもらえる日が来るとは思ってもいなかった」
 ユタカが差し出された手をとると苦笑する。

「私も父上に手をさしのべる日が来るとは思ってもいなかったです」
 ユタカの手を取り引き上げようとしたタツウミが、腕に力を込めようとした所で妖精王が小刻みに肩を揺らす。

「お二人とも互いに貴方達が親子である事を口にしてしまいましたね。今は密閉した空間に居ますし、室内を囲むようにして強力な結界が張り巡らされているから良かったとして、城内や街中で貴方達が親子である事を思わず口に出してしまうと死活問題になりますよ」
 満面の笑みを浮かべる妖精王を見上げたユタカの顔から血の気が引く。

「ユタカは世間的に死滅したと思われています。もしも、タツウミ君がユタカの事を父上と呼んでしまったとしても、周りが認識する事の出来ない姿にユタカの体を変えてしまえば良いのでは? 試してみましょうか」
 ユタカやタツウミの許可を得る前に、複雑な呪文を唱えた妖精王の指先を緑色の淡い光が包み込む。
「ちょっと待って。何を!」
 緑色の光は大きく広がりを見せて、やがてユタカの体を包み込む。
 戸惑って声を上げたユタカが言葉を詰まらせると声にならない悲鳴をあげて蹲ってしまう。
 ギシギシと骨が軋む音が聞こえて、ユタカの体が少しずつ変化する。

「何をしたのですか?」
 タツウミの顔からは血の気が引き元々、白い肌が更に白くなる。
 険しい表情を浮かべるタツウミは父を心配して、術を掛けた妖精王に声をかける。
 痛みに襲われているユタカは血が出る程、強く唇を噛みしめる。
 床に両手、両膝をつくユタカは激痛に苛まれているため身動きを取ることが出来ない。
 ユタカの体を囲むようにして無数の小さな光が動き回り、ユタカの周りを駆け巡る。
 消滅するものもあれば室内を高速で移動するものもある。

 魔力が膨れ上がったように一際、室内を目映い光が包み込むと流石に目を開けている事が出来なくなってしまったタツウミと魔王は眉間にシワを寄せて目蓋を閉じる。

 恐る恐る目蓋を開いたタツウミは俯かせていた顔を上げる。
 父の体は一体どうなってしまったのだろうかと不安を抱きながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
 タツウミの視界に、それは入り込んだ。

「可愛いな」
 ぽつりと素直な考えを口にした魔王がユタカの背後に移動する。
 膝をつき小さくなったユタカの体を片手で持ち上げた。
 ユタカに術をかけた妖精王は両手で口元を押さえている。
 にやけてしまう表情を両手で覆い隠すようにして包み込む姿からは何を考えているのか分からない。

「魔力を込めすぎましたね。ユタカが元に戻った時が恐ろしいです。まさか、年端もいかない少年の姿に戻してしまうとは」
 若返った事により長かったユタカの前髪は眉に掛かる程度に変化する。
 肩にかかるストレートの髪の毛に指を絡める魔王が放心状態のユタカに、ちょっかいをかける。

「え、小さっ」
 戸惑うタツウミは未だに状況を把握する事が出来ていない。

「記憶はあるのでしょうかね。それとも記憶まで幼いころに戻ってしまったのでしょうか」
 放心状態のユタカの元へ歩み寄った妖精王が声をかける。
 
「この姿だと女の子に間違えられそうだな」
 ユタカの頭に手を乗せた魔王が苦笑する。

「一体、何歳なんだろう?」
 小さなため息を吐き出すと共に現状を受け入れたタツウミがユタカの元へと歩みよる。
 幼くなってしまった父の顔を覗きこみ首を傾げて問いかけた。

「3歳か4歳か。いずれにしても」
 タツウミの言葉に返事をするようにして自分の年齢を予測したユタカが、両手を胸元の高さまで持ち上げる。
 小さくなった手を呆然と眺めていたユタカが、大きなため息を吐き出した。
 妖精王に視線を向けると眉間にしわを寄せる。

「幼い姿だと自分の身を守ることすら出来ないではないか」
 鋭い視線を向けられて、咄嗟に両手を胸元の高さまで持ち上げて足を引いた妖精王が苦笑する。

「もしかしたら、幼くなってしまったユタカを国王だと、黒幕も結びつけることが出来ないかもしれませんよ」
 首を傾げた妖精王がユタカに同意を求めるようにして考えを口にした。

「まぁ、確かに幼い頃の私の姿を知る人物は城内に1人しかいないが。そうだな、この姿の方が安全かもしれないな」
 何やら独り言を呟き、考え込んでいたユタカの表情に笑みが戻る。

「ユタカが現状を受け入れたことですし、ヒビキ君宛に手紙を書きましょうか。今度は自分の名前も書き記しましょうね」
 話を逸らすようにして机の上に広げられた手紙を手に取った妖精王が、紙をタツウミの前に差し出した。
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