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学園都市編
133話 放課後の出来事
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ステージ上から降りるヒビキの背中を、呆然と眺めている生徒がいた。
副会長と共に抽選の司会進行を行っている会長である。
今にも綻びそうになる頬に両手を添えて深呼吸する。
眉間にシワを寄せると表情を引き締めた。
「羨ましいですね。ヒビキ君がいれば、優勝間違いなしではありませんか」
珍しく副会長の表情から笑みが消えている。
「本気は出さないだろうな。あれほどの強さであれば、モンスター相手ならまだしも、人を相手したら殺してしまう。彼も、それは分かってるだろうから。手を抜くんじゃないか?」
会長の言う通りである。
生徒相手にヒビキは、もとより真面目に戦いを挑むつもりは無かった。
「そうですか。でも、会長が戦闘不能になったときに戦える存在がいるのは心強いですね」
副会長の表情に笑みが戻る。
「あぁ」
会長は小声で呟いた。
抽選が終わり各自それぞれ自分達の教室へ移動する。
帰りのホームルームを行うためである。
夕暮れ時、生徒達がパタパタと慌ただしい足音を立てて帰路につく。
正面玄関へ向け足を進めている生徒達の中で、一人正反対の方向へ向け足を進めている生徒は良く目立つ。
ストレートの黒髪は長さにばらつきがある。
スカートはしわくちゃ。
切り刻まれてボロボロになった靴を手にもって、屋上へ続く階段を上っていく女子生徒の目には生気が感じられない。
「追いかけてもいい?」
沢山の生徒が行き交う中でヒビキが女子生徒の異変に気づいたのは偶然だった。
「あぁ、俺も追いかけようと思っていた」
即答だった。
女子生徒の背中を追いかけて、ヒビキと鬼灯は屋上に続く階段を足早にのぼっていく。
日頃から屋上に続く扉は、施錠されてはいないのだろう。
扉を開くとオレンジ色の空と、真っ赤な夕焼けが浮かび上がり幻想的な景色を作り出していた。
柵に手をかけて校庭を見下ろす女子生徒は一体、何を思っているのだろう。
「もう嫌だ。本当に嫌だ。全てを投げ出してしまいたい。疲れた」
大きなため息と共に気持ちを吐き出した女子生徒は俯かせていた顔を上げると決心がついたようだ。
柵に足をかける。
このまま、大人しく見ていたら柵をのぼって飛び降りてしまいそうだ。
「何をしているの?」
出来るだけ穏やかな口調になるように、声のトーンを上げたヒビキは首を傾げて問いかける。
女子生徒は屋上に自分以外の生徒がいることに気づいていなかった様子。
ビクッと大きく女子生徒の肩が跳ねた。
「俺達が追って来ていることに気づかないほど、切羽づまった状態だった? 飛び降りる気?」
オブラートに包むことなく、はっきりと考えを口にしてしまったヒビキは穏やかな口調を心がけつつ、緊張から早口になってしまっている。
「そうよ。決心はついたの」
女子生徒はヒビキよりも更に早い口調で話す。
決意は固いのだろう。
柵にかけた手を離すどころか、ヒビキの方を振り向こうともしない。
「君が亡くなることによって悲しむ人がいるんじゃない? 家族は健在なんでしょう?」
ヒビキの問い掛けに対して女子生徒は肩を落とす。
「お父さんとお母さんが悲しんでくれると思う。お兄ちゃんは銀騎士団特攻隊に所属しているから家に帰ってくる事もないし、寡黙《かもく》な人だから話をした記憶もない。私の事など忘れてしまってるかもしれないけど」
柵に手をかけたままの状態ではあるけれど、身動きが止まったため交渉の余地はあるのかな。
「もう嫌なの。疲れてしまったの」
しかし、女子生徒は頭をふる。
やはり、ヒビキの方を見向きもしない。
何もかも投げ出してしまいたくなるくらい全てがどうでも良くなって、考えることが負担になってしまうほど疲れきっているのだろう。
「銀騎士団特攻隊に所属しているお兄さんの名前は?」
緊張がとけたのかヒビキの口調が変化する。銀騎士団特攻隊に所属しているのなら、彼女のお兄さんにも会ったことがあるかもしれない。
顔を俯かせたまま、女子生徒は力なく呟いた。
「ヒイロ」
銀騎士団特攻隊に所属している兄の名前である。
眉尻を下げたままの状態で女子生徒がヒビキの方を振り向いた。
ヒビキの姿を視界に入れるなり、驚いたように目を見開く。
思い浮かべていた人物像とは違っていたのだろう。
女子生徒を見つめたまま、唖然とするヒビキも驚いたように目を見開いていた。
「銀騎士団特攻隊隊員であるヒイロさんは確かに寡黙で、戦いの場においても決して目立つ行動は取らずに静かに仲間に指示を出す指揮官を務めている人物だけど、妹の話になると途端にお喋りになる。妹が大好きなことで有名な騎士だね」
ヒビキの話に耳を傾ける気になったようだ。女子生徒は唖然とする。
「1時間だけ自宅に帰宅した時に、まるで妖精のような可憐な見た目をしている自慢の妹が寝ぼけ眼で洗面台の鏡の前で呆然と佇んでいる姿を見てしまったと、街中で仲間の騎士に話しているのを聞いたよ」
妹の話になると途端にお喋りになる彼女の兄は、腰まである長い黒い髪の毛に黒い瞳が印象的な青年である。
「ごめん。事実が衝撃的すぎて素直に受け入れることが出来ないんだけど……その騎士は腰まである長い髪の毛と黒い瞳が印象的な人だった?」
女子生徒の問い掛けに対して、ヒビキは小さく頷いた。
「右目の下に泣きぼくろがある色気のある美人。腰まである長い髪の毛と黒い瞳が印象的な騎士だったよ。妹がどれ程可愛いのか、仲間の騎士達に言い聞かせていたよ。溺愛する妹を失ったらヒイロさんが、どのような行動に出るのか分からないよ。後の事など誰も予想することは出来ないんだから」
間違いなく兄であると確信した少女が眉尻を下げる。
しかし、なかなか柵から手を離そうとはしない女子生徒にヒビキは声をかけ続ける。
鬼灯を指差した。
「サヤちゃんの事を話してもいいかな?」
気軽に人に話せる内容ではないため鬼灯に話しても良いのか問いかける。鬼灯の辛い記憶を思い起こす事になるため事前に許可を取る。
「あぁ」
鬼灯は迷うことなく首を縦にふった。
「東の森に現れたドラゴンの事は知ってる? ボスモンスター討伐を壊滅に追い込んだドラゴンなんだけど」
思い出すだけでも心がギュッと締め付けられる。
「えぇ。知ってるわ」
しかし、女子生徒は話に興味を抱いているようで、視線は相変わらずヒビキに向けられたまま。
「その時に鬼灯はドラゴンに妹であるサヤちゃんを殺されているんだよ。その後、鬼灯はどのような行動に出たと思う?」
ヒビキは女子生徒に問いかけた。
「ドラゴン討伐の依頼をギルドに申請したんじゃないの? それ以外に何が出来ると言うの?」
ふと、女子生徒の眉間にしわがよる。
柵から手を放すと顔だけでなく体ごとヒビキの方へ向き直る。
「ドラゴンはサヤちゃんの命を奪った後、魔界へ移動してるんだ。鬼灯は自らの危険を省みずに魔界に乗り込んだ。ドラゴンを討伐しようと後を追ったんだよ」
全く予想外の返答だったのだろう。
女子生徒はあんぐりと口を開く。
正直なところ、鬼灯が魔界へ乗り込んだのはボスモンスター討伐隊を務めるヒビキが魔界にいると情報を得たためであるんだけど、ヒビキは鬼灯が自分目当てに魔界に乗り込んだことを知らないから、ドラゴン目当てに鬼灯は魔界に乗り込んだのだと勘違いをしていた。
「俺も鬼灯の性格を知っているから言うけど、鬼灯も魔界へ乗り込むような無茶をする性格ではなかったよ。後方から仲間を支える役割を担っていた魔法使いだよ」
女子生徒の視線が鬼灯に移る。
「学校で起こった問題には、国王は介入することが出来ないんだ。専門家に任せることになる。でも、専門家を雇うには沢山のお金を必要とする。前例はあるんだよ。専門家に支払う金を工面するため家を売り払ったご家族の方達がいるよ」
ヒビキの話を大人しく聞いていた女子高生が、ゆったりとした足取りで歩き出す。
「どうすればいいのか分かんなくなっちゃった。一先ずお兄ちゃんに会いたいな」
自分が今後どのような行動をとればいいのか、分からなくなってしまったらしい。女子生徒はヒビキの元に歩み寄る。
「銀騎士団特攻隊に所属するお兄さんに学園に足を踏み入れてもらって苛めを働いている生徒を脅してしまえばいいんじゃないかな?」
女子生徒はヒビキの前を通りすぎると、鬼灯の元へと歩み寄る。
小柄な鬼灯の頭を撫でようとした。
「途中までは、うんうんと頷きながら話を聞いていたけど銀騎士団特攻隊をつかって学園に通う生徒を脅すのは不味いだろ」
しかし、鬼灯が身を引いたため小柄な身体を拘束しようと考えて抱え込もうとする。
完全に子供扱いである。女子生徒から逃れようとしてはみたものの結局のところ捕まってしまった鬼灯は、苛めの反撃を促したヒビキに透かさず突っ込みを入れる。
「苛めを働いている生徒は自分が経験した事がないから、どれだけ辛いことなのか追い詰められるのか分からないんじゃないかな?」
暴れる鬼灯が、ヒビキに助けを求めて腕を伸ばす。しかし、ヒビキが悪びれた様子もなく考えをを口にするものだから唖然とする。
「彼女のお兄さんの事だから、妹が苛められていることを知ったら自ら率先して学園に乗り込んできそうだけどね」
女子生徒の拘束から逃れることが出来ずに珍しく戸惑っている鬼灯を横目に見てヒビキは苦笑する。
「お兄ちゃんの性格が分からなくなっちゃった。君の話が事実であるのなら普段のお兄ちゃんを見てみたいわね。変装してお兄ちゃんに接触してみようかしら」
正直なところ鬼灯に助け船を出すつもりは無かったのだけれども、結果的に鬼灯に助け船を出す形となった。ヒビキが女子生徒に向かって手招きをしたため、女子生徒は鬼灯の身体の拘束を解く。
歩み寄ってきた女子生徒の耳元に唇を寄せると、ヒビキは銀騎士団特攻隊ヒイロが東の森出入口付近の警護にあたっていることを伝える。
「情報を有り難う」
今後彼女がどのような行動を取るのかは彼女次第。
「もしも、変装をしてヒイロさんに合うのなら俺も誘ってよ。面白そうだし」
女子生徒はあっさりとヒビキの言葉を受け入れる。
パタパタと慌ただしい足音を立てて、女子生徒は走り去って行く。
表情は相変わらず曇ったままではあったものの、ちゃんと前を見据えていた。
屋上へ足を踏み入れたときには、足元しか見ていなかった女子生徒の心の変化があったようだ。
副会長と共に抽選の司会進行を行っている会長である。
今にも綻びそうになる頬に両手を添えて深呼吸する。
眉間にシワを寄せると表情を引き締めた。
「羨ましいですね。ヒビキ君がいれば、優勝間違いなしではありませんか」
珍しく副会長の表情から笑みが消えている。
「本気は出さないだろうな。あれほどの強さであれば、モンスター相手ならまだしも、人を相手したら殺してしまう。彼も、それは分かってるだろうから。手を抜くんじゃないか?」
会長の言う通りである。
生徒相手にヒビキは、もとより真面目に戦いを挑むつもりは無かった。
「そうですか。でも、会長が戦闘不能になったときに戦える存在がいるのは心強いですね」
副会長の表情に笑みが戻る。
「あぁ」
会長は小声で呟いた。
抽選が終わり各自それぞれ自分達の教室へ移動する。
帰りのホームルームを行うためである。
夕暮れ時、生徒達がパタパタと慌ただしい足音を立てて帰路につく。
正面玄関へ向け足を進めている生徒達の中で、一人正反対の方向へ向け足を進めている生徒は良く目立つ。
ストレートの黒髪は長さにばらつきがある。
スカートはしわくちゃ。
切り刻まれてボロボロになった靴を手にもって、屋上へ続く階段を上っていく女子生徒の目には生気が感じられない。
「追いかけてもいい?」
沢山の生徒が行き交う中でヒビキが女子生徒の異変に気づいたのは偶然だった。
「あぁ、俺も追いかけようと思っていた」
即答だった。
女子生徒の背中を追いかけて、ヒビキと鬼灯は屋上に続く階段を足早にのぼっていく。
日頃から屋上に続く扉は、施錠されてはいないのだろう。
扉を開くとオレンジ色の空と、真っ赤な夕焼けが浮かび上がり幻想的な景色を作り出していた。
柵に手をかけて校庭を見下ろす女子生徒は一体、何を思っているのだろう。
「もう嫌だ。本当に嫌だ。全てを投げ出してしまいたい。疲れた」
大きなため息と共に気持ちを吐き出した女子生徒は俯かせていた顔を上げると決心がついたようだ。
柵に足をかける。
このまま、大人しく見ていたら柵をのぼって飛び降りてしまいそうだ。
「何をしているの?」
出来るだけ穏やかな口調になるように、声のトーンを上げたヒビキは首を傾げて問いかける。
女子生徒は屋上に自分以外の生徒がいることに気づいていなかった様子。
ビクッと大きく女子生徒の肩が跳ねた。
「俺達が追って来ていることに気づかないほど、切羽づまった状態だった? 飛び降りる気?」
オブラートに包むことなく、はっきりと考えを口にしてしまったヒビキは穏やかな口調を心がけつつ、緊張から早口になってしまっている。
「そうよ。決心はついたの」
女子生徒はヒビキよりも更に早い口調で話す。
決意は固いのだろう。
柵にかけた手を離すどころか、ヒビキの方を振り向こうともしない。
「君が亡くなることによって悲しむ人がいるんじゃない? 家族は健在なんでしょう?」
ヒビキの問い掛けに対して女子生徒は肩を落とす。
「お父さんとお母さんが悲しんでくれると思う。お兄ちゃんは銀騎士団特攻隊に所属しているから家に帰ってくる事もないし、寡黙《かもく》な人だから話をした記憶もない。私の事など忘れてしまってるかもしれないけど」
柵に手をかけたままの状態ではあるけれど、身動きが止まったため交渉の余地はあるのかな。
「もう嫌なの。疲れてしまったの」
しかし、女子生徒は頭をふる。
やはり、ヒビキの方を見向きもしない。
何もかも投げ出してしまいたくなるくらい全てがどうでも良くなって、考えることが負担になってしまうほど疲れきっているのだろう。
「銀騎士団特攻隊に所属しているお兄さんの名前は?」
緊張がとけたのかヒビキの口調が変化する。銀騎士団特攻隊に所属しているのなら、彼女のお兄さんにも会ったことがあるかもしれない。
顔を俯かせたまま、女子生徒は力なく呟いた。
「ヒイロ」
銀騎士団特攻隊に所属している兄の名前である。
眉尻を下げたままの状態で女子生徒がヒビキの方を振り向いた。
ヒビキの姿を視界に入れるなり、驚いたように目を見開く。
思い浮かべていた人物像とは違っていたのだろう。
女子生徒を見つめたまま、唖然とするヒビキも驚いたように目を見開いていた。
「銀騎士団特攻隊隊員であるヒイロさんは確かに寡黙で、戦いの場においても決して目立つ行動は取らずに静かに仲間に指示を出す指揮官を務めている人物だけど、妹の話になると途端にお喋りになる。妹が大好きなことで有名な騎士だね」
ヒビキの話に耳を傾ける気になったようだ。女子生徒は唖然とする。
「1時間だけ自宅に帰宅した時に、まるで妖精のような可憐な見た目をしている自慢の妹が寝ぼけ眼で洗面台の鏡の前で呆然と佇んでいる姿を見てしまったと、街中で仲間の騎士に話しているのを聞いたよ」
妹の話になると途端にお喋りになる彼女の兄は、腰まである長い黒い髪の毛に黒い瞳が印象的な青年である。
「ごめん。事実が衝撃的すぎて素直に受け入れることが出来ないんだけど……その騎士は腰まである長い髪の毛と黒い瞳が印象的な人だった?」
女子生徒の問い掛けに対して、ヒビキは小さく頷いた。
「右目の下に泣きぼくろがある色気のある美人。腰まである長い髪の毛と黒い瞳が印象的な騎士だったよ。妹がどれ程可愛いのか、仲間の騎士達に言い聞かせていたよ。溺愛する妹を失ったらヒイロさんが、どのような行動に出るのか分からないよ。後の事など誰も予想することは出来ないんだから」
間違いなく兄であると確信した少女が眉尻を下げる。
しかし、なかなか柵から手を離そうとはしない女子生徒にヒビキは声をかけ続ける。
鬼灯を指差した。
「サヤちゃんの事を話してもいいかな?」
気軽に人に話せる内容ではないため鬼灯に話しても良いのか問いかける。鬼灯の辛い記憶を思い起こす事になるため事前に許可を取る。
「あぁ」
鬼灯は迷うことなく首を縦にふった。
「東の森に現れたドラゴンの事は知ってる? ボスモンスター討伐を壊滅に追い込んだドラゴンなんだけど」
思い出すだけでも心がギュッと締め付けられる。
「えぇ。知ってるわ」
しかし、女子生徒は話に興味を抱いているようで、視線は相変わらずヒビキに向けられたまま。
「その時に鬼灯はドラゴンに妹であるサヤちゃんを殺されているんだよ。その後、鬼灯はどのような行動に出たと思う?」
ヒビキは女子生徒に問いかけた。
「ドラゴン討伐の依頼をギルドに申請したんじゃないの? それ以外に何が出来ると言うの?」
ふと、女子生徒の眉間にしわがよる。
柵から手を放すと顔だけでなく体ごとヒビキの方へ向き直る。
「ドラゴンはサヤちゃんの命を奪った後、魔界へ移動してるんだ。鬼灯は自らの危険を省みずに魔界に乗り込んだ。ドラゴンを討伐しようと後を追ったんだよ」
全く予想外の返答だったのだろう。
女子生徒はあんぐりと口を開く。
正直なところ、鬼灯が魔界へ乗り込んだのはボスモンスター討伐隊を務めるヒビキが魔界にいると情報を得たためであるんだけど、ヒビキは鬼灯が自分目当てに魔界に乗り込んだことを知らないから、ドラゴン目当てに鬼灯は魔界に乗り込んだのだと勘違いをしていた。
「俺も鬼灯の性格を知っているから言うけど、鬼灯も魔界へ乗り込むような無茶をする性格ではなかったよ。後方から仲間を支える役割を担っていた魔法使いだよ」
女子生徒の視線が鬼灯に移る。
「学校で起こった問題には、国王は介入することが出来ないんだ。専門家に任せることになる。でも、専門家を雇うには沢山のお金を必要とする。前例はあるんだよ。専門家に支払う金を工面するため家を売り払ったご家族の方達がいるよ」
ヒビキの話を大人しく聞いていた女子高生が、ゆったりとした足取りで歩き出す。
「どうすればいいのか分かんなくなっちゃった。一先ずお兄ちゃんに会いたいな」
自分が今後どのような行動をとればいいのか、分からなくなってしまったらしい。女子生徒はヒビキの元に歩み寄る。
「銀騎士団特攻隊に所属するお兄さんに学園に足を踏み入れてもらって苛めを働いている生徒を脅してしまえばいいんじゃないかな?」
女子生徒はヒビキの前を通りすぎると、鬼灯の元へと歩み寄る。
小柄な鬼灯の頭を撫でようとした。
「途中までは、うんうんと頷きながら話を聞いていたけど銀騎士団特攻隊をつかって学園に通う生徒を脅すのは不味いだろ」
しかし、鬼灯が身を引いたため小柄な身体を拘束しようと考えて抱え込もうとする。
完全に子供扱いである。女子生徒から逃れようとしてはみたものの結局のところ捕まってしまった鬼灯は、苛めの反撃を促したヒビキに透かさず突っ込みを入れる。
「苛めを働いている生徒は自分が経験した事がないから、どれだけ辛いことなのか追い詰められるのか分からないんじゃないかな?」
暴れる鬼灯が、ヒビキに助けを求めて腕を伸ばす。しかし、ヒビキが悪びれた様子もなく考えをを口にするものだから唖然とする。
「彼女のお兄さんの事だから、妹が苛められていることを知ったら自ら率先して学園に乗り込んできそうだけどね」
女子生徒の拘束から逃れることが出来ずに珍しく戸惑っている鬼灯を横目に見てヒビキは苦笑する。
「お兄ちゃんの性格が分からなくなっちゃった。君の話が事実であるのなら普段のお兄ちゃんを見てみたいわね。変装してお兄ちゃんに接触してみようかしら」
正直なところ鬼灯に助け船を出すつもりは無かったのだけれども、結果的に鬼灯に助け船を出す形となった。ヒビキが女子生徒に向かって手招きをしたため、女子生徒は鬼灯の身体の拘束を解く。
歩み寄ってきた女子生徒の耳元に唇を寄せると、ヒビキは銀騎士団特攻隊ヒイロが東の森出入口付近の警護にあたっていることを伝える。
「情報を有り難う」
今後彼女がどのような行動を取るのかは彼女次第。
「もしも、変装をしてヒイロさんに合うのなら俺も誘ってよ。面白そうだし」
女子生徒はあっさりとヒビキの言葉を受け入れる。
パタパタと慌ただしい足音を立てて、女子生徒は走り去って行く。
表情は相変わらず曇ったままではあったものの、ちゃんと前を見据えていた。
屋上へ足を踏み入れたときには、足元しか見ていなかった女子生徒の心の変化があったようだ。
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