Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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鍵と記憶と受付嬢

第8話

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 は、突如として血の香り漂う荒野に姿を現した。
 『華の聖』と呼ばれた頃の面影は殆ど捨てたようだ。その証拠に、陽を浴びて光り輝いていた金髪は曇天の空のような銀髪に変わり、雪のように白かった肌は紅く染められている。
 おまけに、腕と脚の代わりに植物を体から生やしていた。誰が見ても、ソレは人間とは言えないようなモノだった。
 ソレは辺りを見回して小さく息を漏らすと、植物の腕を触手のように伸ばし始める。伸びた蔦は周りの獣に絡みついていき、ソレが力を込めた途端、彼らは引き裂かれて息絶えた。
 その様を見ていた者は、ソレを天から舞い降りた天使か何かと錯覚したかもしれない。
 ソレが意図したのかは定かではないが、結局その地で最後まで立っていたのは、化物や怪物などではない。ただの、人間の皮を被った悪魔だけだった。



 女の朝は早い。陽が昇ると同時に起き、そのまま洗面所へ向かって顔を洗う。タオルで顔を拭いた後は、台所にて朝食の準備が始まった。
 適当にサンドイッチを摘んだ女は、庭に出て側にある墓の前で祈りを捧げる。いつの間にか習慣のようになっている祈りは、晴れの日も雨の日も、雪の日も嵐の日にも疎かにしたことがない。女の真面目さ故か、はたまた罪悪感のせいかはわからないが。
 朝の日課を終えた女は、庭の植物に水をやり、家に戻って棚の本を一冊だけ抜き取って腰掛けた。既に三度は読んだであろう本を、機械仕掛けの人形のように目を通していく。
 これが、彼女の1日の始まりだった。



「じゃ、行ってくる」

「お気をつけて」

 ユキノに別れの挨拶を告げ、グレイは大きな鞄を手に船に乗り込んだ。
 今日から1週間の休暇を既に申請済みで、彼の不在はシュウと人狼のウルフェルが引き受けてくれている。
 予約していた部屋に荷物を置き、甲板に出てタバコを出した。だが箱は空で、グレイはため息を漏らしながら箱を握り潰した。今までは側で注意してくれる人がいたので、吸いすぎるということはなかった。

「はぁ…」

 もう船にまで乗っているというのに、体が言うことを聞かない。少しでも気を抜けば、脚が勝手に動いてギルドへと帰りそうになる。
 それほどまでに、彼女と会うのは荷が重い。過去の自分が選択を誤った結果が、彼女に『消える』という決断をさせてしまったかと思うと、後悔と自責の念で押しつぶされそうなのだ。
 しかし、3名程の顔を思い出して再びため息を漏らした。毒舌な秘書は、上司である自分に『連れてこなかったらわかりますわよね?』、と言ったオーラを放っていた。
 サブギルドマスターの少女は、何でもがあるらしく、このまま返さないと気が済まないとか。彼女なりに少しは心配しているのかもしれない。
 おまけに御隠居の爺さんに至っては、旅の土産と現地のタバコを要求してくる始末。それも金は出世払いときた。
 グレイはしばし空を見上げ頭を悩ませたが、そんな彼にお構いなしに船は汽笛を鳴らして港を後にした。



 女はーリベルタスと名乗る銀髪の女は、誰よりも『暇』というものが嫌いだった。
 出かける際はフードを被り、前髪に隠れた右目から目に映る全てを受けいれ、考え、外へと追いやった。家にいる時でさえ読書をしたり、縫い物や庭の手入れをして常に体を動かす。そのどれもが長続きしなかったが、彼女が一度たりとも休むことはなかった。
 そうでもしていないと、記憶の奥深くに眠る日々を思い出してしまうから。

 ある同僚の友人は、彼女に人との繋がりを教えた。
 ある貴族の娘は、彼女に幸せを教えた。
 ある異国の姉弟は、彼女に家族を教えた。
 ある逸れ者の女は、彼女に別れを教えた。
 
 ある男は、女にー。

 そのどれもが、女には暖かすぎて、尚且つ女が受け取るには大きすぎるくらいのモノだ。
 それでも、前はそれに触れる事は出来たーはずだった。でも今はもう必要ない。
 だから必要ないそれらを思い起こさせる『暇』が、彼女は嫌いだった。



「はい。これでいいかい?」

 袋に指定した食材があるのを確認し、彼女は小さくお辞儀をして店を後にした。店主は一言も話さなかった女を不審に思ったが、別の客が来て彼女への興味を失った。
 大陸を船で真っ直ぐ、東に向かった先にある小さな島国。女が2年ほど前に来たそこは、観光客で賑わう緑豊かな場所だった。島にいる人々も、住人より観光客の方が多いだろう。
 そんな島は、女にとって都合がよかった。自分のようにローブを着込んだ者がいてもそこまで怪しまれないし、何より知り合いがいないという点は大きかった。

「…………ぇ」

 女の口から消え入るような声が漏れて、手からカバンが滑り落ちた。中身の食材が地面に転がるが、女はそれどころでは無かった。
 視線の先には、紙切れを片手に道ゆく人に声をかけて何かを尋ねる黒髪の男が1人。
 そんなはずはない。きっと見間違いだろう。そう訴えかけるが、目に映る光景が『これは現実だ』と囁いている。
 女は驚き固まってしまったが、周囲の視線に気がつくと、その場から逃げるように消えていった。
 
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