名前を呼んで

栗鼠

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第2章

イゴールside ①


最北の砦。凍土の地。そんな風に言われるこの地は二重の城壁によって守られていて外から見るより安全だ。

森に張られた結界から漏れ出た魔獣を討伐隊が緩衝地帯と言われる内砦に近づけない様にするための場所で狩る。その撃ち漏らしを殲滅するのが私の仕事だ。

この地を治める侯爵家は内砦の森側の緩衝地帯にある。この二重の砦は侯爵家が街を守るために作った砦で魔素が街に流れない様に強い遮断結界が張られている。

その侯爵家を護る白の盾と黒の盾と言われる伯爵家がある。ウチは白の盾の家臣の様な立ち位置で同じ伯爵家ではあるが、次の世代が魔素に耐性がなければ、切り捨てられる変えのきく駒だ。

仕事を虎に引き継ぎ軍住宅を突っ切って屋敷に戻る。
腹が減ったなぁ。そんな事を思いながら森から吹く冷たい風に肩を縮めた時…ざわりとした。

 ……あ゛?

振り返ると同時に走り出していた。
森の方向!緩衝地帯をまっすぐ森に向かって!

…どこだ!気が狂いそうだ!
全身が痺れる様な頭がふやけてしまいそうな甘く蕩けるような匂い。なんだ!これは!

支配欲?
征服欲?
庇護欲?

わけがわからない衝動に駆られる。
どこだ!どこだ!

…希死? 何故?…冷静でいられない。

いた!見つけた!目の前には牛の魔獣…抱えたままでも戦えるが…面倒だ。

走りながら掻っ攫う。

落胆? ……何故?

そのまま走った。魔獣が追うのを諦めたのを感じたが確実に安全な所まで離れてからそっと下ろした。

耳をピンと立てて俺を見ている。

頼む。逃げないでくれ。
頼む。拒まないでくれ。
理性が消し飛びそうだ。今拒絶されたら力づくで暴いてしまいそうだ。

………。

聞き取れない。
口は動くが声が出ていない。

怯えさせない様に努めて柔らかい声色でここは危ないから家に連れて行っていいか?と聞くと何か言ってから少し困った様な顔をして頷いてくれた。
縦に抱き上げて、しっかりと抱き寄せて簡単な認識阻害をかけて屋敷に向かった。

こんな時だと言うのに愚息が持ち上がる。
早く自分のモノにしろと本能が荒れ狂う。
待て。待て。待て。ダメだ。今じゃない。
紳士ぶって笑顔を作る。

認識阻害のかかった雌を抱いていたから、すれ違う奴らに白々しく「お疲れ様です」なんて声をかけられて。

黒兎の匂いが…濁っていく。
何が嫌なんだ?…そんなに生きていたくないのか?
何故?腕の中で震えている。
「もうすぐ着くよ。」と声をかけると人当たりの良さそうな表情で頷いてくれた。

…従順な性格なのか?

屋敷に帰ると迎えてくれた家令のバレンティンの眉がピコっと動いた。…少し前に分家が番絡みで揉めて少し神経質になっている。
…すまんな。空気の読めない私で。

「食事は部屋で。私の番だ。少し手伝ってくれ。」

バレンティンは余計な事は決して言わない。
「ロランをすぐに向かわせます。」

バレンティンと入れ替わるようにロランが後ろからついてきた。
家督はまだ継いでいないが、父たちはすでに東側の離れに住んでいる。だから今私は3階と4階の家長が住むところに1人で暮らしていた。弟のニコライは階段を挟んだ2階にいる。

3階の部屋に入るなり迷いなく承認制の認識阻害と固有結界を貼り直して…何をやっているんだ?私は。

「さっき会ったのが家令で山羊獣人のバレンティン。
ここにいるのがバレンティンの息子で執事のロラン。
もう1人、同じく執事でロランの弟のリランがいる。
その3人以外はこの部屋には入って来ない。
何かあれば彼らに言ってくれ。ここの部屋は自由に使ってしていい。」

…私の許しがないと部屋からは出られないとか。
私の許しのない者と関わる事は出来ないとか。
トンデモナイコトを言っているのに『はい』と頷く。

狼の執着を理解している様には感じないが……とても聞き分けがいい。

ロランに風呂の用意をさせて先にこの子を風呂に入れた。やけに低い体温が気になった。
それから食事をして4階の奥の部屋に連れて行った。
番が使う予定の部屋だ…当然のようにここが君の部屋だと。

ほんの少しだけ部屋を見渡して『はい』と。
流石に許しなく番うわけにもいかず強い抑制剤を飲んで寝た。

私は家を継ぐ者として必要とされる事はひと通り出来る。そつなく色々出来るが、とどの詰まり緩衝地帯から漏れた魔獣を狩ればいい。脳筋と言われるが身体を動かしている方が楽だ。

番の事も、屋敷が内側にあるから魔素に耐性がないと辛かろう。子供も1人か2人。耐性のない子が生まれたなら、番と子供は内砦の外の屋敷に住まわせらばいいし、ニコライの所か私に1人でいいから耐性のある子が生まれればそれでいい。なんて呑気に考えていた。

兎だなんて…どうすればいいんだ。

愛を試される。
遊び相手ならいいが、番だ。
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