鍼灸師のいるところ

夏木ユキ

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6話 片手挿管

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 日課の掃除を終えた頃、黒崎先生が珍しく時間通りにやってきた。

「今日のご飯は何かしらー?」

「必要なら、先に連絡してくださいよ」

「じゃあ、あるものを適当に食べるしかないわねー」

 ふらっと台所へ向かう黒崎先生を横目に、開店準備を始める。最近は治療院の雑用にもすっかり慣れてきた。

「さて、今日は朝イチの予約がないから、少しのんびりできるな」

 レジの中も確認済み。室温は快適、お昼の仕込みも完了している。

「……あっ」

 ふと台所に目をやると――

「これ、美味しいわね~」

「……全部食べちゃったんですか?」

「あったから、いいかなーって」

「そんな……朝からこんなに角煮食べちゃうなんて……」

 テーブルには空になった鍋。お昼のために仕込んでおいた角煮が、跡形もなく消え去っていた。



 午前中は黒崎先生の患者を4人ほど対応し、気がつけば14時を過ぎていた。

「で、お昼はどうするんですか?」

「素麺でも茹でる~?」

「角煮の代わりが素麺ですか……」

「もー、好きなもの頼んでいいわよ」

 何を頼むか迷っていると、赤木先生がやってきた。

「どうしたの?」

「実は、かくかくしかじかで」

「なるほどね。なら私は寿司とピザ。あと、この辺のサイドメニューも一通り頼んどいて」

「いいんですか?」

「大丈夫よ」

「あれ~? なんかすごい量きたね」

 注文した料理が次々と届き、しばらくして皆がお腹いっぱいになった頃――

「黒崎先生、ごちそうさまでした」

「……何頼んだら昼に1万超えるのよ……」

 余った料理は、明日のためにきちんと冷凍しておいた。



「さて、午後の予約は新患さんね」

「今はまだ少し時間があります」

「じゃあ、鍼を打つ練習でもしておきなさい」

「そういえば……鍼を持つのも久しぶりですね」

「卒業してから鍼打った?」

「……家にないので」

 赤木先生の視線が突き刺さる。

「じゃあ、鍼と鍼管を持ってきて」

 鍼を用意して戻ると、赤木先生は畳んだタオルの前に正座していた。

「貸して」

 鍼と鍼管を渡すと、そのまま簡単に説明が始まった。

「まぁ、治療を見てるから大体わかると思うけど、片手で鍼を数本まとめて持って、片手で挿管。それをこのタオルに打つ練習からね」

 ※挿管とは、鍼を鍼管という細い管に入れることです。片手で鍼管に鍼を挿入することを「片手挿管」といいます。

「学校で片手挿管の試験があったのが懐かしいです」

「こんなことでも試験になるのね」

「みんなブーブー文句言ってましたよ。『こんなの練習して何になるんだ』って」

「こんなことすらできない奴の先なんて、たかが知れてるわよ」

「……まぁ、そうですよね」

「とりあえず、黙って手を動かしなさい」

「はい」

 やり方は頭に入っている。けれど――

「遅いわね」

「すぐ慣れるわよー」

 10本くらいまではスムーズにできるが、それ以上になるとペースが落ちるのが自分でもわかる。

「まぁ、慣れてきたら実際に人にもやっていきましょう。空き時間にちゃんとやっときなさいよ」

 赤木先生はそう言って、満足げに腕を組んだ。

 そのとき、待合室のチャイムが鳴った。

「おや、新患さん、少し早く来たみたいね」
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