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7話 PC作業の弊害
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「こんにちは」
「こんにちは。予約の松永さんですか?」
20代前半くらいの女性が入ってきた。顔色は悪く、声もか細い。
「はい、そうです」
視線も下がっており、どこか壁を感じる。
「辛そうですね。ベッドでお話を伺いましょうか」
「はぁ……」
「中川先生、そこのベッド準備できたら案内お願い」
「はい」
遠赤外線ヒーターを点け、彼女を施術ブースに案内する。
「では、ベッドに座ってお待ちください」
患者を残して一旦バックヤードへ戻り先生たちの指示を待つ。
「なんだか本当に辛そうでしたね」
「鍼灸院に来る人って、大抵そうよ」
「今まで僕が見てきた患者さんは、ある程度調子が整ってる人ばかりでしたからね」
「まあ、定期的に通ってくれてる人たちは、ある意味“元気な患者さん”なのよ」
なるほど。確かに今までの患者さんたちは、見た目にはそこまで重症には見えなかった。
「じゃあ赤木ちゃん、問診と、そのまま治療も任せちゃっていいー?」
「ええ、そのつもりよ。中川先生、私が問診取るから、カルテの記載お願いね」
「あ、はい」
赤木先生のあとに続いて、ブースへ入る。
「お待たせしました。開けますね」
「はい」
「失礼します」
座っている様子を見ると、猫背で、目には生気がない。
「今日はどうされましたか?」
「ずっと頭痛が酷くて……頭痛薬を飲まないと寝ることすらできなくて。寝ても、薬が切れると痛みで目が覚めるんです」
「病院には?」
「数年前に行った時は、緊張型頭痛と言われました」
「MRIなどの検査は受けましたか?」
「はい。一通り検査して、脳には異常がないって」
「今は通院されてますか?」
「いいえ。薬が筋弛緩剤と鎮痛剤だけで全然効かなくて……質問しても『緊張型頭痛ですね』の一点張りで、ちゃんと話も聞いてくれなくて」
「なるほどね。お仕事は?」
「SEです。今日は午後だけ有給を取りました」
「耳鳴り、ありますよね?」
「……はい。あったりなかったり」
「肩こりも?」
「ずっとです」
「具体的には、いつ頃から?」
「就職してからですね」
「他に気になる症状は?」
「何もする気が起きないというか……とにかく、頭が痛すぎて何もできないです」
「それは大変ですね。健康診断で何か言われたことは?」
「耳の検査で引っかかって、再検査に行ったら突発性難聴だと言われました。薬も飲みましたが、治りませんでした」
「今も聞こえにくい?」
「どうなんでしょう?元々聴こえ辛さは自覚がなかったので」
「鍼灸は初めてですか?」
「はい」
「当院のことは、どこで知りました?」
「祖父が以前、通っていて」
「ああ、松永さんのお孫さんでしたか」
「はい、そうです」
「お元気そうですか?」
「ええ、最近は旅行ばかりしています」
「それは何より。じゃあ次は、あなたの番ですね」
「……治るんでしょうか?」
「治ります。安心してください」
それまで緊張していた彼女の表情が少し緩んだように見えた。
「脈を見せてください。そう、手を前に出して」
数秒、患者の手首に手を置く。
「次は舌、べーって」
「これで何かわかるんですか?」
「あなたの身体の中の状態が、見えてくるんですよ」
「そうですか」
べー
「裏も見せて……もう大丈夫ですよ」
「どうなってますか?」
「高ストレス状態ですね。……仕事、好きじゃないでしょ?」
「ふふっ」
初めて笑顔が見えた。
「じゃあ、私たちは一度外に出るので、この患者着に着替えて、うつ伏せで待っててください。下着はブラだけ外しておいてくださいね」
「わかりました」
バックヤードに戻る。
「今どきの子も、大変ね」
「仕事のストレスでしょうか」
赤木先生がカルテを見ながらつぶやく。
「――パソコン作業が多くて、慢性的な頭痛と肩こり、難聴に耳鳴り、睡眠障害……てんこ盛りね」
「PC作業って、やっぱり身体に悪いですよね」
「本来の身体の使い方とは違うからね。身体は正直よ、無理をすればちゃんと悲鳴を上げるの」
にこりと笑った赤木先生の表情は、頼もしさに満ちていた。
「着替え終わりました」
「はい、じゃあ開けますね」
カーテンを開けると、うつ伏せで待っている背中が見えた。
「では、首元失礼しますね」
赤木先生が、首から背中に手を当てる。
「……これは、ひどいわね」
「触られると、気持ちいいです」
カーテンの隙間から見ていると、赤木先生がそっと触れただけで、緊張していた皮膚がすっと緩むのがわかった。
「ここ、痛いでしょ?」
「痛いです……」
「初めての鍼だから、今日はかなり疲れると思うわ。帰ったらゆっくり休むこと」
「はい、わかりました」
「すごい……肩が軽いです」
治療後、彼女の顔色が明らかに良くなり、目にも光が戻っていた。
「夜はゆっくり休んでくださいね」
「なんだか、すごくスッキリしました」
「3回くらい通えば、かなり良くなるわよ」
「本当ですか?」
「今、頭痛はないでしょ?」
「はい。今のところは……」
「明後日の土曜は来られそう?」
「大丈夫です。最近は予定も入れてないので」
「じゃあ予約しておきますね。それと、できるだけ鎮痛剤は飲まないでください。治りにくくなってしまうので」
「でも、痛くなったら……」
「しっかり水分を摂って、深呼吸してみて。薬を飲むと逆に悪化します」
「そうなんですか……」
「背筋を伸ばして、息を吐き切る。そうすると自然に吸えるようになるから」
「はーーーー……」
彼女は目を閉じて、深呼吸を始めた。
「吸うのも吐くのも、7秒くらいを目指してみて。でも、最初は5秒でもいいわ」
「え、長っ!」
「呼吸で肋骨を動かすと、肋骨に付いてる筋肉がストレッチされるの。背中が凝ってる人ほど、やるべきね」
「確かに、呼吸が浅くなってる気がします」
「コツは腕も広げて胸を開くようにするの。初めのうちは大袈裟にやるといいわ」
「……なんだか、気持ちよくなってきました」
「毎日、深呼吸をすること。特に寝る前には必ずね」
「はい、わかりました」
今日は珍しく黒崎先生がいないため、赤木先生と二人だけのサシ飲みとなった。
「サシ飲みね。鍼だけに」
最近知ったのだが、赤木先生はジョークが好きみたいだ
「鍼たくさんサシてましたね」
※本来、鍼は“刺す”ではなく“打つ”です。
「身体は疲れてたけど、まだ体力は残ってたし、ストレスでパンパンだったからね」
「そうですか……」
「数回通えば身体は良くなるけど、問題は今の生活環境よ。あのままだと、また壊れるわね」
「何とかならないんですかね」
「本当に身体のことを思うなら、仕事を辞めるしかない。昔の私みたいに」
赤木先生は、少し遠くを見るような目をした。
「でも、辞めるって勇気いりますよね」
「君も仕事辞めて、身体ずいぶん良くなったじゃない」
確かに。あのまま働いていたら、一時的に治っても、また壊れていたかもしれない。
「本当に大切なのは、自分の身体なのに。犠牲にしてまで働く人、多いですよね」
「“無職”になることへの不安や、周囲の目、将来の不透明さ」
「選択肢に“辞める”が入ってこないんですよね」
「不思議よね。お金をもらいながら資格を取れる制度もあるのに」
※雇用保険を一定期間払っていれば、国の支援制度で職業訓練校や専門学校などに通うことが可能です。
「レールから外れるのが、怖いんですよね」
「でも、そのレールの先が崖だったら?」
身を削って働き、壊れた身体を薬で動かしてまで進み続けるレールは、本当に“正しい道”なのだろうか。
「――自分を守れるのは、自分だけよ」
「こんにちは。予約の松永さんですか?」
20代前半くらいの女性が入ってきた。顔色は悪く、声もか細い。
「はい、そうです」
視線も下がっており、どこか壁を感じる。
「辛そうですね。ベッドでお話を伺いましょうか」
「はぁ……」
「中川先生、そこのベッド準備できたら案内お願い」
「はい」
遠赤外線ヒーターを点け、彼女を施術ブースに案内する。
「では、ベッドに座ってお待ちください」
患者を残して一旦バックヤードへ戻り先生たちの指示を待つ。
「なんだか本当に辛そうでしたね」
「鍼灸院に来る人って、大抵そうよ」
「今まで僕が見てきた患者さんは、ある程度調子が整ってる人ばかりでしたからね」
「まあ、定期的に通ってくれてる人たちは、ある意味“元気な患者さん”なのよ」
なるほど。確かに今までの患者さんたちは、見た目にはそこまで重症には見えなかった。
「じゃあ赤木ちゃん、問診と、そのまま治療も任せちゃっていいー?」
「ええ、そのつもりよ。中川先生、私が問診取るから、カルテの記載お願いね」
「あ、はい」
赤木先生のあとに続いて、ブースへ入る。
「お待たせしました。開けますね」
「はい」
「失礼します」
座っている様子を見ると、猫背で、目には生気がない。
「今日はどうされましたか?」
「ずっと頭痛が酷くて……頭痛薬を飲まないと寝ることすらできなくて。寝ても、薬が切れると痛みで目が覚めるんです」
「病院には?」
「数年前に行った時は、緊張型頭痛と言われました」
「MRIなどの検査は受けましたか?」
「はい。一通り検査して、脳には異常がないって」
「今は通院されてますか?」
「いいえ。薬が筋弛緩剤と鎮痛剤だけで全然効かなくて……質問しても『緊張型頭痛ですね』の一点張りで、ちゃんと話も聞いてくれなくて」
「なるほどね。お仕事は?」
「SEです。今日は午後だけ有給を取りました」
「耳鳴り、ありますよね?」
「……はい。あったりなかったり」
「肩こりも?」
「ずっとです」
「具体的には、いつ頃から?」
「就職してからですね」
「他に気になる症状は?」
「何もする気が起きないというか……とにかく、頭が痛すぎて何もできないです」
「それは大変ですね。健康診断で何か言われたことは?」
「耳の検査で引っかかって、再検査に行ったら突発性難聴だと言われました。薬も飲みましたが、治りませんでした」
「今も聞こえにくい?」
「どうなんでしょう?元々聴こえ辛さは自覚がなかったので」
「鍼灸は初めてですか?」
「はい」
「当院のことは、どこで知りました?」
「祖父が以前、通っていて」
「ああ、松永さんのお孫さんでしたか」
「はい、そうです」
「お元気そうですか?」
「ええ、最近は旅行ばかりしています」
「それは何より。じゃあ次は、あなたの番ですね」
「……治るんでしょうか?」
「治ります。安心してください」
それまで緊張していた彼女の表情が少し緩んだように見えた。
「脈を見せてください。そう、手を前に出して」
数秒、患者の手首に手を置く。
「次は舌、べーって」
「これで何かわかるんですか?」
「あなたの身体の中の状態が、見えてくるんですよ」
「そうですか」
べー
「裏も見せて……もう大丈夫ですよ」
「どうなってますか?」
「高ストレス状態ですね。……仕事、好きじゃないでしょ?」
「ふふっ」
初めて笑顔が見えた。
「じゃあ、私たちは一度外に出るので、この患者着に着替えて、うつ伏せで待っててください。下着はブラだけ外しておいてくださいね」
「わかりました」
バックヤードに戻る。
「今どきの子も、大変ね」
「仕事のストレスでしょうか」
赤木先生がカルテを見ながらつぶやく。
「――パソコン作業が多くて、慢性的な頭痛と肩こり、難聴に耳鳴り、睡眠障害……てんこ盛りね」
「PC作業って、やっぱり身体に悪いですよね」
「本来の身体の使い方とは違うからね。身体は正直よ、無理をすればちゃんと悲鳴を上げるの」
にこりと笑った赤木先生の表情は、頼もしさに満ちていた。
「着替え終わりました」
「はい、じゃあ開けますね」
カーテンを開けると、うつ伏せで待っている背中が見えた。
「では、首元失礼しますね」
赤木先生が、首から背中に手を当てる。
「……これは、ひどいわね」
「触られると、気持ちいいです」
カーテンの隙間から見ていると、赤木先生がそっと触れただけで、緊張していた皮膚がすっと緩むのがわかった。
「ここ、痛いでしょ?」
「痛いです……」
「初めての鍼だから、今日はかなり疲れると思うわ。帰ったらゆっくり休むこと」
「はい、わかりました」
「すごい……肩が軽いです」
治療後、彼女の顔色が明らかに良くなり、目にも光が戻っていた。
「夜はゆっくり休んでくださいね」
「なんだか、すごくスッキリしました」
「3回くらい通えば、かなり良くなるわよ」
「本当ですか?」
「今、頭痛はないでしょ?」
「はい。今のところは……」
「明後日の土曜は来られそう?」
「大丈夫です。最近は予定も入れてないので」
「じゃあ予約しておきますね。それと、できるだけ鎮痛剤は飲まないでください。治りにくくなってしまうので」
「でも、痛くなったら……」
「しっかり水分を摂って、深呼吸してみて。薬を飲むと逆に悪化します」
「そうなんですか……」
「背筋を伸ばして、息を吐き切る。そうすると自然に吸えるようになるから」
「はーーーー……」
彼女は目を閉じて、深呼吸を始めた。
「吸うのも吐くのも、7秒くらいを目指してみて。でも、最初は5秒でもいいわ」
「え、長っ!」
「呼吸で肋骨を動かすと、肋骨に付いてる筋肉がストレッチされるの。背中が凝ってる人ほど、やるべきね」
「確かに、呼吸が浅くなってる気がします」
「コツは腕も広げて胸を開くようにするの。初めのうちは大袈裟にやるといいわ」
「……なんだか、気持ちよくなってきました」
「毎日、深呼吸をすること。特に寝る前には必ずね」
「はい、わかりました」
今日は珍しく黒崎先生がいないため、赤木先生と二人だけのサシ飲みとなった。
「サシ飲みね。鍼だけに」
最近知ったのだが、赤木先生はジョークが好きみたいだ
「鍼たくさんサシてましたね」
※本来、鍼は“刺す”ではなく“打つ”です。
「身体は疲れてたけど、まだ体力は残ってたし、ストレスでパンパンだったからね」
「そうですか……」
「数回通えば身体は良くなるけど、問題は今の生活環境よ。あのままだと、また壊れるわね」
「何とかならないんですかね」
「本当に身体のことを思うなら、仕事を辞めるしかない。昔の私みたいに」
赤木先生は、少し遠くを見るような目をした。
「でも、辞めるって勇気いりますよね」
「君も仕事辞めて、身体ずいぶん良くなったじゃない」
確かに。あのまま働いていたら、一時的に治っても、また壊れていたかもしれない。
「本当に大切なのは、自分の身体なのに。犠牲にしてまで働く人、多いですよね」
「“無職”になることへの不安や、周囲の目、将来の不透明さ」
「選択肢に“辞める”が入ってこないんですよね」
「不思議よね。お金をもらいながら資格を取れる制度もあるのに」
※雇用保険を一定期間払っていれば、国の支援制度で職業訓練校や専門学校などに通うことが可能です。
「レールから外れるのが、怖いんですよね」
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