鍼灸師のいるところ

夏木ユキ

文字の大きさ
8 / 13

8話 魔法?

しおりを挟む
 朝一番の患者がいなかったため、黒崎先生と赤木先生とお茶を飲んでいた。

「前から思ってたんだけど、なんで治療を見に来ないの?」

「隙間から見学はしてます」

「早く稼げるようにならないといけないんだから、遠慮しないで」

「でも、女性の患者さんだとちょっと行きにくくて……」

「ダメなときはちゃんと言うから、基本的には近くで見なさいね」

「わかりました」

「私や白井くんの時も、ちゃんと来なさいよー」

「了解です」

 そこへ電話が鳴り、近くにいた黒崎先生が対応する。

「はい。はい。今からでも大丈夫ですよ。では、10分後に——」

 受話器を置く。

「10分後に新患くるわよー」

 10分後、高齢の男性が来院した。70代前半くらいだろうか。

「今日は、どこが一番つらいですか?」

「膝が痛くてね」

「ほかには?」

「まあ、腰とか肩とか……言い出したらキリがないよ」

「一番気になるのは、膝の痛みですね」

「そうなんだよ。膝が痛いと、何をするにもつらくて」

「わかりました。健康診断は受けてますか?」

「受けてるよ。いつも血圧とコレステロールを指摘される」

「お薬は飲まれてますか?」

「5種類くらいかな。医者にもらって、ずっと飲んでる」

「お薬の名前、覚えてますか?」

「いや、それは覚えてないな」

「では、次回はお薬手帳を忘れずに持ってきてくださいね」

「ん?ああ」

 治療する前から次の話をされても困るのでは? 一旦、バックヤードに戻る。

「5種類も薬飲んでるのね」

「多いですか?」

「ひどい人だと、13種類くらい飲んでることもあるけどね」

「薬だけでお腹いっぱいになりそうですね」

「いくつも病院通ってると、どんどん増えていくのよ。患者側が『減らしたい』って意思表示しないと、“じゃあまた来月ね”で終わっちゃうパターンね」

「でも薬のことって、立場的に口出ししちゃダメですよね?」

「もちろん。でも、アドバイスはできるわよ」

「うーん……」

「患者さんを診るってことは、健康に対する責任があるの。見て見ぬふりは治療家失格よ」

 赤木先生の手元を見ると、以前俺に貼ってくれた鍼のシールがあった。

「皮内鍼を使うんですね」

「膝の痛みに便利なのよ」

 患者のいるブースに戻ると、ベッドに腰かけて待っていた。

「お待たせしました。では、膝の痛いところに爪を立てて教えてください」

「ちょっと待ってね」

 患者が立ち上がり、軽く膝を曲げる。

「ここだよ、ここ」

 膝の内側に爪で痕をつける。

「わかりました。少しそのままで立っていてくださいね」

 赤木先生が、爪痕の部分に皮内鍼を貼る。

「ここはどうですか?」

 膝の周りを押しながら圧痛を確認し、順に鍼を貼っていく。

「押されたところ、全部痛い」

「もう大丈夫ですよ。さっき痛かった動きをしてみてください」

 患者が訝しげな表情で膝を曲げる。

「おお、痛くない……魔法みたいだ」

「ふふっ。では、体の方も診せてくださいね」

「どうすればいい?」

「下着だけになって、うつ伏せでお待ちください」

 一度ブースを出る。

「どうやって治したんですか?」

「見た通りよ」

「なんで皮内鍼で治るんですか?」

「どうしてだと思う?」

「いや、だから聞いてるんですけど」

「じゃあ、ヒントをあげる。治ってないわよ」

「?」

「このあと何をするかも、ちゃんと見ておきなさいね」

「??」

「少しは自分の頭で考えなさい」

「今日はありがとうございました」

「次に来るときは、お薬手帳を忘れずにね」

「いつ来ればいい?」

「2~3日以内に来てください」

「じゃあ、明後日の同じ時間に予約してもらっていいかな?」

「わかりました。では、明後日お待ちしてます」

 患者が帰り、予約表に記入する。

「最後は患者さんのほうから、次の予約の話をしてくれましたね」

「ちゃんと次に繋げられるようにしないと。来てくれないと治せないからね」

「でも、治療費って高いし……なんか気が引けて」

「まあ、病院と比べたら高いわよね」

「高くても1,000円くらいですもんね」

「でもね、医者が治せないものも多いのよ。“エビデンスが”とか“科学的に正しい”とか言っても、全員を治せるわけじゃないからね。だからこそ、いろんな治療法があって、治療院やリラクゼーションが乱立してるのよ」

 確かに、都内の駅前には必ずと言っていいほどリラクゼーション店があり、接骨院の隣にまた接骨院があることも多い。

「エビデンスがあるのは大事。でも、それ以外を全部否定するのは、ちょっと思考停止だと思うの。実際、臨床現場では治らない人もいるし、仮に“限りなく100%に近い効果がある”って言っても、100%じゃないから。だから医者も医療従事者も、臨床の現場で試行錯誤してる。そういう余地があるからこそ、いろんな手法があるし、それがこの仕事の面白いところでもあるのよ」

「僕は、楽しいと思う余裕がなかったです」

「生涯の仕事なんだから、楽しめなきゃやってられないわよ」

「薬については、これからどうするんですか?」

「もう少し信頼関係を築いてから、ね」

 夜。居酒屋にて。

 隣に座る黒崎先生に、ふと聞いてみた。

「赤木先生って、見て覚えろ系ですよね」

「なんでそう思うのー?」

「皮内鍼で痛みが消えた理由を聞いても教えてくれなくて。“自分で考えなさい”って」

「だってさ、赤木ちゃん——」

「貼っただけで治るわけじゃないの。痛みが消えるだけよ。だから全身の治療が必要なの」

 赤木先生は、酔うと普段と違って饒舌になる。

「怪我をしたり、痛みがあるとね。歩き方とか、体重のかけ方、重心が変わるの。すると正常な範囲から外れた体の使い方になって、他の関節にまで影響が出てくるのよ。関節に問題が起きれば、その周囲の筋肉も緊張したり、逆に使わなくなって萎縮したり……そのへんもちゃんと考えて治療しなきゃダメなの」

「……だってさー」

「普段もそれくらい丁寧に教えてくれればいいのに」

「自分の頭で考えるのが大事なのよー」

「教えてもらっても、すぐ忘れるでしょ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

処理中です...