鍼灸師のいるところ

夏木ユキ

文字の大きさ
5 / 13

5話 合わない患者の対処法

しおりを挟む
 この治療院に住み込み始めて数日。朝起きるのがだいぶ楽になってきた。

「出勤時間がないのは大きいよなぁ」

 治療院が開くのは9時半。黒崎先生が来るのは9時前くらいなので、それまではのんびり過ごせる。

 朝ごはんを食べてもまだ時間に余裕があるので、最近は黒崎先生が来る頃には外を掃除しているのが日課になっていた。

「――あ、赤木先生、おはようございます」

「おはよ」

 今日は珍しく、赤木先生が朝から治療院に現れた。

「朝から掃除なんて、偉いわね」

「時間に余裕があるので、最近の日課なんです」

「顔色も良くなってきたじゃない」

 しっかり眠れるようになったのが大きいのだろう。まだ数日しか経っていないのに、体が軽く感じる。

「身体も軽い気がします」

「治す側が健康なのは、大事なことよ」

「なるほど……」

 掃除を終え、赤木先生と一緒に室内へ入る。

「今日のスタートは蕪木さんね」

「9時半に予約が入ってます。黒崎先生が担当予定ですけど……まだ来ませんね」

 ぴろん、とスマホのグループ通知が鳴る。確認すると――

「……あ、駅に着いたそうです。ちょっと遅れるみたいです」

「よくあることよ」

 思い返せば初対面のときも急いでいた気がする。遅刻しそうになっていたみたいだった。この数日で、先生たちの性格が少しずつ見えてきた。

「じゃあ、赤木先生が治療を?」

「蕪木さんは黒崎先生の患者さんだから、来たら待ってもらうわ」

「……待たせるんですね」

 しばらくすると、70代くらいのおじいさんが来院した。

「蕪木さん、おはようございます」

 赤木先生が対応する。

「来たよ。黒崎先生は?」

「すみません、今駅に着いたと連絡がありました。もうすぐ来ると思います」

「そうか、仕方ない。ここで待たせてもらうよ」

 そう言って、慣れた様子でソファに腰を下ろす。

「君は新入りかい?」

「はい! 数日前に働き始めました」

「鍼は打てるのか?」

「この子は研修中だから、まだ患者さんには打たせてないのよ」

 赤木先生がさらりと答える。

「そうかい。じゃあ、しっかり勉強するんだな」

「はい、頑張ります」

 なんだか少し上から目線な人だ。

「あとこれ、みんなで食べな」

「いつもありがとうございます。ほら、中川先生もお礼言いなさい」

「ありがとうございます!」

「大したもんじゃないけどね。いつもの団子だよ」

「蕪木さんは駅前のお団子屋さんの店主なの。昔からの常連さんよ」

「ああ、なるほど」

 どうやら毎回差し入れしてくれるらしい。

「ここの先生は腕がいいからな。ちゃんと言うこと聞いて頑張りな」

 患者さんからそう言われると、なんだか安心できる。

「遅れてごめーん!」

 黒崎先生が到着した。

「先生、患者さん待たせちゃダメですよ」

「そうだぞ。新人くん、もっと言ってやりな」

「蕪木さん、今日もお待たせしてごめんね」

「まあ、今日はまだマシなほうだな」

「あと、今日もお団子いただきました」

「あら~、本当にいつもありがとうございます」

「こんなもんならいくらでも持ってくるよ」

 しばらくすると着替えを済ませた黒崎先生が戻ってきた。

「今日はこっちのベッドへどうぞー」



「やれやれ……」

 ―――――――

「鍼は嫌いだが、お灸は好きなんだ。楽になる」

 鍼灸院では基本的に鍼を打つが、この患者さんは灸だけのようだ。

「あーっつ……。ふう」

「これでまた1週間、頑張れそうですか?」

「ああ、助かったよ。黒崎先生、ありがとう」

 来たときより顔色が良く、満足そうな様子だ。

「じゃあ、また来週よろしく」

「はい。同じ時間に予約しておきます」

「次は遅刻しないで来てくれよな」

「がんばりまーす」

 蕪木さんが帰ると、他の患者がいなかったので団子をいただくことにした。

「毎回、お団子持ってきてくれるんですか?」

「そうよ。ありがたいことよね~」

「昔からあるお店で、地元じゃ有名な人なのよ」

「へぇ……」

「他にも差し入れしてくれる患者さんはいるから、きちんとお礼を言うこと。人によっては、後からハガキを出すこともあるわ」

「じゃあ、書きましょうか?」

「大丈夫よ。前に一度出したら『そんなのいらん』って言われたし」

「対応は臨機応変にねー」

「そうなんですね。……あ、美味しいですね、これ」

「でしょ?」

 そんな会話をしていると、珍しく平日に白井先生が顔を出した。

「おつかれさん」

「あ、お疲れさまです。お団子、どうぞ」

「おっ、美味そうだね」

「今日はどうしたんですか?」

「下の娘の授業参観のために休診日にしたのに、ちょっと顔を出したら『帰れ』ってさ。仕方ないから君らと飲みにでも行こうと思ってな」

「反抗期ね」

「嫌われちゃったのねー」

「家だと甘えてくるんだけどな。周りの目が気になるお年頃みたいだ」

 どうやらパパさんだったらしい。

「パパが取られたら困っちゃうもんねー」

「何歳なんですか?」

「小6だよ」

 授業参観中も、周りにモテオーラを振り撒いていそうだ。

「仕方ないからパパは上でふて寝してるわ」

「まだ午前中ですしね」

 白井先生が2階へ上がったのを皮切りに、患者が続々とやってきた。

「飛び込みの新患が来たから、白井先生呼んできて」

「了解です」

 2階に上がると、白井先生は気持ちよさそうに爆睡中だった。

「せんせー……」

「ぐぅ……」

「おーい」

「ん……なに……?」

「新患の方がいらしてて、お願いしたいそうです」

「わかった、すぐ行く。ベッドに案内しておいてくれる?」

「了解です」

 忙しいと、時間が経つのがあっという間だ。

 ―――――――

 居酒屋にて。

「赤木先生って、蕪木さんは診ないんですか?」

「そうね」

「なんでですか?」

「合わないから」

「……合わない?」

「無理して合わない人を診ても、意味ないのよ」

「……治せないってことですか?」

 口にした瞬間、何かまずいことを言った気がした。

「どう思う?」

 赤木先生の目が、すっと鋭くなる。

「……。」

 どうって言われても――

「せっかく先生が何人もいるんだから、無理する必要はないの。それ、けっこう大事なことよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

淡色に揺れる

かなめ
恋愛
とある高校の女子生徒たちが繰り広げる、甘く透き通った、百合色の物語です。 ほのぼのとしていて甘酸っぱい、まるで少年漫画のような純粋な恋色をお楽しみいただけます。 ★登場人物 白川蓮(しらかわ れん) 太陽みたいに眩しくて天真爛漫な高校2年生。短い髪と小柄な体格から、遠くから見れば少年と見間違われることもしばしば。ちょっと天然で、恋愛に関してはキス未満の付き合いをした元カレが一人いるほど純潔。女子硬式テニス部に所属している。 水沢詩弦(みずさわ しづる) クールビューティーでやや気が強く、部活の後輩達からちょっぴり恐れられている高校3年生。その美しく整った顔と華奢な体格により男子たちからの人気は高い。本人は控えめな胸を気にしているらしいが、そこもまた良し。蓮と同じく女子テニス部に所属している。 宮坂彩里(みやさか あやり) 明るくて男女後輩みんなから好かれるムードメーカーの高校3年生。詩弦とは系統の違うキューティー美女でスタイルは抜群。もちろん男子からの支持は熱い。女子テニス部に所属しており、詩弦とはジュニア時代からダブルスのペアを組んでいるが、2人は犬猿の仲である。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...