4 / 13
4話 治療家は見た目が99%
しおりを挟む
住み込みで働くことになった翌日、俺は引っ越しの準備をしていた。
「君が中川くんだね」
低く落ち着いた声でそう話しかけてきたのは、初対面の白井さん。黒のジャケットをラフに羽織り、髭もきちんと整えられていて、いかにもダンディーな雰囲気だ。
「あ、こんにちは」
「初めまして。白井です。君のことは、あの二人から聞いているよ」
亀張鍼灸院の三人目のスタッフ。今まであまり話題に出てこなかったが、何となく“仕事ができる人”という空気が漂っていた。落ち着いた声が安心感を作り、身体がリラックスするのがわかった。
「今日は車まで出してもらってありがとうございます」
「いやいや、たまには車を動かさないとね」
荷物は少なく、引っ越しは一回で完了した。
車中では、白井さんから色々な話を聞かせてもらった。
「三人とも、専門学校の同期だったんですよね?」
「そう。まあ、あの二人は学生時代から問題児でねぇ」
柔らかな笑顔の中に、少し懐かしむような表情が混じっていた。
夕方には、黒崎さんと赤木さんも合流した。
「荷物、少ないわね」
「最低限のものしか持ってなくて」
「本とかも全然ないじゃない」
「勉強する余裕もなくて……」
「本がないのは良くないな」
「すみません」
「治療院の本、使って勉強しなさいね」
「はい」
「とりあえず今日は寝られるわね。歓迎会行くわよー!」
歓迎会は和やかに始まり、同じ専門学校卒と言うことで
「あの先生、まだいるの?」
「あの時は新人だったけど、もうベテランねー」
「二人に言いくるめられていたあの人がね」
「そうなんですか?」
「そりゃあもう、入学してすぐ教員に突っかかってくやつと、マイペースなやつだったしね。そして無駄に口が達者だ」
「どういう意味かしら?」
「まあまあ、良いじゃない。事実だしー」
「ふん」
その先生は、校長や理事長と他の先生たちの間に挟まれた中間管理職という印象だった。
「他の先生はどうなんですか?」
「外部講師の先生いたでしょ?」
「はい。~先生とか、~先生とか」
「その人たちはまともだったと思うよ」
「と、いいますと?」
「鍼灸の場合、ろくに現場で臨床を積まなくても先生になれるからね。専門卒業後、教員養成科に行ってそのまま母校に就職とか」
「でも実習とかありますよね?」
「教育機関に併設されている治療院に来る患者って、似たような人ばっかり来るから」
「町の治療院でやってる人の方がめちゃくちゃな臨床話持ってて面白いわよ」
「エビデンス重視というのもわかるんだけど、相手にする範囲が狭まるから自分の限界が決まってしまうんだよ」
「そんなもんですか」
「もちろん、専任の教員でもすごい人はいるけどね。大体そういう人は化け物だよ」
「学校で教えてる時間以外は治療院で働いていて、いったいいつ寝てるんだというような人」
「趣味も兼ねててプライベート全振りの人だったわねー」
そんな人いただろうか?
「少し前に引退してね」
「まあ、近いうちに会えると思うわよー」
思い出話に花を咲かせつつ、その日は笑いと酒に包まれたまま終わった。
「じゃあ、明日から頑張って」
「はい!」
「二人ともクセは強いけど、根はいい人だからね。うまく付き合いなよ」
白井さんがそう言い残し、解散した。
翌朝、8時に起きて身支度をしていると、黒崎さんがやってきた。
「私は午前中担当なのー。午後は赤木ちゃん。白井くんは自分でも治療院やってて、基本的に土日に来てくれるわ」
「なるほど」
午前中の予約はなかったので、院内の説明を受けた。
「あと、掃除ね。神社に部屋を借りてる以上、そこはちゃんとしないといけないから」
「じゃあ、やっておきます」
「お願いするわー。箒はこれね」
掃除も終わり、黒崎さんに指示を仰ぐと
「今治療中だから、商店街で2人分の昼ごはん買ってきて」
「了解です」
「上のキッチン使ってもいいからね」
「はーい」
商店街で買い出し中。
「今日はブリが安いよー!」
「鯛のアラ……この量で200円ですか?」
「そうだよー。いいダシ出るよー」
「じゃあ、これください」
戻ると、黒崎さんは治療中だったため、2階で料理することにした。
「あらー、いい匂いね」
「お昼には少し早いですけど」
「食べましょーか」
昼食を終え、午後には赤木さんがやってきた。
「髪、切りなさい」
「え、髪ですか?」
「見た目、大事よ」
「見た目か……あまりファッションとか得意じゃなくて」
「おしゃれしろってわけじゃないわ」
「まあちょっと先生って感じじゃないわよねー」
黒崎さんも人のこと言えないのでは?
「中川くん、自分の足も治せないんだから、まずはそこからよ」
「ロジハラ反対……」
「自信がなさそうな人に、身体を預けたいとは思わないでしょ?」
「それはまあ」
「プラセボでもなんでも使えるものは使うの。治療家は見た目が99%なのよ」
言い切られた。
その後、美容院へ行き、髪を切ることに。
「上司に清潔感を出せと言われて来ました」
「なるほど」
話の早い美容師さんで助かる。
治療院に戻ると、白井先生が到着していた。
「お、さっぱりしたな」
「あれ?今日は平日ですよ?」
「患者さんから急に呼び出し受けてね。隙間時間に来たんだよ」
ちょうど扉が開いた。
「先生こんにちは」
「こんにちは、大山さん。今日はどうしたんですか?」
「さっきまで腰も肩もとっても痛かったの。でも、先生の顔見たら治っちゃったわ!」
えっ、そんな都合のいいことある?
「ははは、それは光栄ですね。でも何かあるといけないから身体見せて下さい。ベッドへどうぞ」
「あら、あちらの若い方は?」
「うちの期待の新人の中川先生です」
「まあまあ、若い先生なのねぇ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
その日の業務を終え、再び4人で乾杯。
「毎日飲んでて大丈夫なんですか?」
「たまに飲む方が飲み過ぎちゃうのよ。毎日少しずつ飲んでる方が健康的よー」
「治療院の儲けは飲み代に消えてるから」
「え、ええ……」
「みんなそれぞれ自分の治療院も持ってるから、ここは半分趣味ね」
「なるほど……」
「中川くんも3年後には自分の院、持てるといいわね」
「できるかなぁ……」
「まあ、一歩ずつやっていこう」
「最後の患者さん、先生の顔を見ただけで痛みが消えるって……すごいですね」
「信頼、人間性、オーラ、カリスマ……いろんな言葉があるけど、本質は全部“この人なら大丈夫”って思わせる力なのよね」
「確かに、みなさん、なんとかしてくれる感すごいありますもんね」
自分もなれるだろうか?
「まずは外見から整えて、安心される“先生”を目指しなさい。個性を出したりするのは次の段階よ」
「はい!」
「どんなに凄い先生だって、初めは新人さ」
「君が中川くんだね」
低く落ち着いた声でそう話しかけてきたのは、初対面の白井さん。黒のジャケットをラフに羽織り、髭もきちんと整えられていて、いかにもダンディーな雰囲気だ。
「あ、こんにちは」
「初めまして。白井です。君のことは、あの二人から聞いているよ」
亀張鍼灸院の三人目のスタッフ。今まであまり話題に出てこなかったが、何となく“仕事ができる人”という空気が漂っていた。落ち着いた声が安心感を作り、身体がリラックスするのがわかった。
「今日は車まで出してもらってありがとうございます」
「いやいや、たまには車を動かさないとね」
荷物は少なく、引っ越しは一回で完了した。
車中では、白井さんから色々な話を聞かせてもらった。
「三人とも、専門学校の同期だったんですよね?」
「そう。まあ、あの二人は学生時代から問題児でねぇ」
柔らかな笑顔の中に、少し懐かしむような表情が混じっていた。
夕方には、黒崎さんと赤木さんも合流した。
「荷物、少ないわね」
「最低限のものしか持ってなくて」
「本とかも全然ないじゃない」
「勉強する余裕もなくて……」
「本がないのは良くないな」
「すみません」
「治療院の本、使って勉強しなさいね」
「はい」
「とりあえず今日は寝られるわね。歓迎会行くわよー!」
歓迎会は和やかに始まり、同じ専門学校卒と言うことで
「あの先生、まだいるの?」
「あの時は新人だったけど、もうベテランねー」
「二人に言いくるめられていたあの人がね」
「そうなんですか?」
「そりゃあもう、入学してすぐ教員に突っかかってくやつと、マイペースなやつだったしね。そして無駄に口が達者だ」
「どういう意味かしら?」
「まあまあ、良いじゃない。事実だしー」
「ふん」
その先生は、校長や理事長と他の先生たちの間に挟まれた中間管理職という印象だった。
「他の先生はどうなんですか?」
「外部講師の先生いたでしょ?」
「はい。~先生とか、~先生とか」
「その人たちはまともだったと思うよ」
「と、いいますと?」
「鍼灸の場合、ろくに現場で臨床を積まなくても先生になれるからね。専門卒業後、教員養成科に行ってそのまま母校に就職とか」
「でも実習とかありますよね?」
「教育機関に併設されている治療院に来る患者って、似たような人ばっかり来るから」
「町の治療院でやってる人の方がめちゃくちゃな臨床話持ってて面白いわよ」
「エビデンス重視というのもわかるんだけど、相手にする範囲が狭まるから自分の限界が決まってしまうんだよ」
「そんなもんですか」
「もちろん、専任の教員でもすごい人はいるけどね。大体そういう人は化け物だよ」
「学校で教えてる時間以外は治療院で働いていて、いったいいつ寝てるんだというような人」
「趣味も兼ねててプライベート全振りの人だったわねー」
そんな人いただろうか?
「少し前に引退してね」
「まあ、近いうちに会えると思うわよー」
思い出話に花を咲かせつつ、その日は笑いと酒に包まれたまま終わった。
「じゃあ、明日から頑張って」
「はい!」
「二人ともクセは強いけど、根はいい人だからね。うまく付き合いなよ」
白井さんがそう言い残し、解散した。
翌朝、8時に起きて身支度をしていると、黒崎さんがやってきた。
「私は午前中担当なのー。午後は赤木ちゃん。白井くんは自分でも治療院やってて、基本的に土日に来てくれるわ」
「なるほど」
午前中の予約はなかったので、院内の説明を受けた。
「あと、掃除ね。神社に部屋を借りてる以上、そこはちゃんとしないといけないから」
「じゃあ、やっておきます」
「お願いするわー。箒はこれね」
掃除も終わり、黒崎さんに指示を仰ぐと
「今治療中だから、商店街で2人分の昼ごはん買ってきて」
「了解です」
「上のキッチン使ってもいいからね」
「はーい」
商店街で買い出し中。
「今日はブリが安いよー!」
「鯛のアラ……この量で200円ですか?」
「そうだよー。いいダシ出るよー」
「じゃあ、これください」
戻ると、黒崎さんは治療中だったため、2階で料理することにした。
「あらー、いい匂いね」
「お昼には少し早いですけど」
「食べましょーか」
昼食を終え、午後には赤木さんがやってきた。
「髪、切りなさい」
「え、髪ですか?」
「見た目、大事よ」
「見た目か……あまりファッションとか得意じゃなくて」
「おしゃれしろってわけじゃないわ」
「まあちょっと先生って感じじゃないわよねー」
黒崎さんも人のこと言えないのでは?
「中川くん、自分の足も治せないんだから、まずはそこからよ」
「ロジハラ反対……」
「自信がなさそうな人に、身体を預けたいとは思わないでしょ?」
「それはまあ」
「プラセボでもなんでも使えるものは使うの。治療家は見た目が99%なのよ」
言い切られた。
その後、美容院へ行き、髪を切ることに。
「上司に清潔感を出せと言われて来ました」
「なるほど」
話の早い美容師さんで助かる。
治療院に戻ると、白井先生が到着していた。
「お、さっぱりしたな」
「あれ?今日は平日ですよ?」
「患者さんから急に呼び出し受けてね。隙間時間に来たんだよ」
ちょうど扉が開いた。
「先生こんにちは」
「こんにちは、大山さん。今日はどうしたんですか?」
「さっきまで腰も肩もとっても痛かったの。でも、先生の顔見たら治っちゃったわ!」
えっ、そんな都合のいいことある?
「ははは、それは光栄ですね。でも何かあるといけないから身体見せて下さい。ベッドへどうぞ」
「あら、あちらの若い方は?」
「うちの期待の新人の中川先生です」
「まあまあ、若い先生なのねぇ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
その日の業務を終え、再び4人で乾杯。
「毎日飲んでて大丈夫なんですか?」
「たまに飲む方が飲み過ぎちゃうのよ。毎日少しずつ飲んでる方が健康的よー」
「治療院の儲けは飲み代に消えてるから」
「え、ええ……」
「みんなそれぞれ自分の治療院も持ってるから、ここは半分趣味ね」
「なるほど……」
「中川くんも3年後には自分の院、持てるといいわね」
「できるかなぁ……」
「まあ、一歩ずつやっていこう」
「最後の患者さん、先生の顔を見ただけで痛みが消えるって……すごいですね」
「信頼、人間性、オーラ、カリスマ……いろんな言葉があるけど、本質は全部“この人なら大丈夫”って思わせる力なのよね」
「確かに、みなさん、なんとかしてくれる感すごいありますもんね」
自分もなれるだろうか?
「まずは外見から整えて、安心される“先生”を目指しなさい。個性を出したりするのは次の段階よ」
「はい!」
「どんなに凄い先生だって、初めは新人さ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる