鍼灸師のいるところ

夏木ユキ

文字の大きさ
10 / 13

10話 腰痛

しおりを挟む
 とある日のお昼休憩。
 赤木先生と黒崎先生と3人でご飯を食べ終え、のんびりしていると——

「ここに来てもう1ヶ月だけど、そろそろ治療できそう?」

 急に赤木先生にそう聞かれて、ドキッとする。

「特に教わった記憶はないんですけど……」

 しどろもどろに答えると、

「こんなに資料も揃ってて、目の前で患者さんが治っていくのを見てきたのに。1ヶ月過ぎて何もできないなんてこと、ないでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、ちょうどここに腰が痛い黒崎先生がいるから、治療してあげなさい」

「え?赤木ちゃんが治してくれるんじゃないの?」

「アンタが連れてきたんだから、実験台になりなさいな」

「えー……」

 不安そうな黒崎先生の顔に、こちらも不安を覚えながら、治療を任されることになった。

 一通りの準備を済ませ、黒崎先生をベッドに案内する。

「いいわよー」

 呼ばれてカーテンを開けると、下着姿の黒崎先生がうつ伏せになっていた。

 さて、どうすればいいんだ……?
 患者を前にすると、何をすればいいのか頭が真っ白になる。

「えーと……」

「腰が痛いの」

「はい……」

 とりあえず鍼を持つ。

「腰のどこが痛いかもわからないのに、もう鍼を持つの?」

 すかさず赤木先生に指摘され、慌てて鍼を置く。

「すみません……」

 えーと、まずは痛い場所の確認を……

「では——」

 ぴと

「ひゃっ、急に触らないでよ。まずは一声かけてから!」

「すみません……」

 頭が真っ白すぎて、気配りが全部抜け落ちている。

「降参する?」

「……っ」

「とりあえず深呼吸しなさい」

「なんでですか?」

「いいから」

 言われるまま、深呼吸してみると——少しだけ落ち着いてきた。

「まずは何するの?」

「えーと……」

「私たちが治療するとき、最初に何してた?」

「問診してました」

「そう。でもまずは、タオルでもかけてあげたら?」

 確かに寒そうだ。

「すみません」

「さむい~」

「患者さんがどんな状態で待ってるかわからなくても、相手を思いやる気持ちがあれば、裸で放置はまずいってわかるはずよね」

「はい……」

「じゃあ次は問診ね」

 落ち着いて見ると、当然のことすらできていなかった自分が恥ずかしくなる。

「今日はどうされましたか?」

「腰がつらくて」

「では、腰が痛くなった状況を教えてください」

「車から降りようとしたら、グキッとやっちゃって」

「いつからですか?」

「一昨日かしらね」

「腰のどこが痛いですか?」

「左の上の方が痛いの」

「なるほど。他に気になることはありますか?」

「とりあえず腰だけね」

「わかりました」

 腰を見ると、左側の筋緊張が強い。

「あらあら、今日は特に辛そうね」

「痛くて寝られなかったのよ」

「じゃあ、ちゃちゃっと治してあげなさい」

「はい」

 ぶすっ

「ぎゃっ!」

「ちょっと、いきなり鍼を打つ人がどこにいるのよ!」

「すみません!」

【居酒屋】

「もう、散々だったわ」

「すみません……」

「これが本当の患者さんだったら、もう来ないわね」

 改めて言われると、何もできなかった無力感に襲われる。

「でも、練習でよかったわよ」

「実際の患者を目の前にすると、もっと緊張するからな。みんな最初はそんなもんだから大丈夫だよ」

 飲み会から合流した白井先生に、思わず聞いてみた。

「みなさんも、最初はそうでした?」

「私たちは学生のうちに散々練習したし、ロールプレイングもたくさんやってたからね」

「先輩の治療を見て、2週間くらいでもう実際の患者さんに入ってたわね~」

「1ヶ月見てたんだから、もう少しできると思ってたわ」

 励まされたと思った瞬間に突き放されたような気がした。

「まあ、現状を確認できたならよかったんじゃないか?」

「今回の反省を活かして、次は恥ずかしい思いをしないようにしなさいな。今後は“自分ならどうするか”を考えながら治療を見ることね。ぼーっとしてる暇はないって、やっと気づけたなら上出来よ」

「実際の患者に入るのは、まずは知り合いの治療を満足にできるようになってからだな」

 この3人の先輩たちとの差を改めて実感した1日だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...