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22話 ルン先生
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みんなで騒いだ宴会から数日後
ヤス達は自作した家で問題なく過ごしていた。
洞窟の生活とは異なり、自然災害に怯える必要もなくなった。
クエストの報酬の大半が手元に残るようになり、生活も安定してきた。
「平和ですねー」
「そうだなー」
最近、クエストがない日はルンと柔軟体操している。
ぺたー
「相変わらず柔らかいな」
「柔軟は大事ですよ。怪我の防止にもなりますし、技のレパートリーも増えます」
「技ねー」
異世界に来てからの数々の戦歴を思い出す。
ツリーマン、スライム、ヘドロン、アンデッド、巨大蛇。
熱湯かけて、蹴って、投石して、エールに任せて、投石して......
ん? 今気が付いたが技がないどころか、まともな戦いをしたことがない。
日本にいた時格闘技をやっていたが、今のところ特に役に立ってもいない。
「なあルン?」
「なんですか?」
「俺どうすれば良いと思う?」
「......ざっくりですね」
ルンがおもむろに立ち上がる。
「丁度良い機会なので、ちょっと私のお腹殴ってみてください」
「は?」
「強くなりたいのでしょう? まずはヤスさんの実力は大体わかっていますが、実際に受けてみたいので殴ってください」
「いや、さすがに怪我するだろ?」
「大丈夫ですよ。ヤスさんくらいなら」
......だいぶ舐められている。
女の子を殴るのは気が引けるが、ここまで言われたら引き下がれない。
「良いんだな? 後悔するなよ?」
「良いって言ってます。まあ、今この瞬間に不意をついて殴って来ない時点でお察しですが」
この子の思考が怖い。
とりあえず、半分くらいの力で突いてみるか......
「どうしたんですか? あ、私がお腹に鉄板仕込んでるとか考えてるんですか? 今日は大丈夫ですよ」
ルンが服をまくってお腹を見せてくる。白い肌に割れた腹筋が薄らと見えている。
というか、普段は鉄板仕込んでるのか。
「よし、いくぞ」
もう覚悟を決めて殴るしかない。
ふんっ!
ルンに中段突きを打ち込む。
......ビクともしない。
「え? 本気ですか?」
「......今のは練習」
「実戦で練習なんてしたらその間に死にますよ?」
正論にも程がある。
「すまん。次は、ちゃんとやる」
もう本気で拳を打ち込むしかない。
ぱんっ!!
......ビクともしない。なんなのこの子。
「え? 平気なの?」
「え? むしろそれで倒せると思ってるんですか?」
「......」
「......」
沈黙が痛い。
「えっと......俺どうすれば良いと思う?」
「そうですねー。ヤスさんのパンチはインパクトが表面なんですよ」
「表面?」
「ヤスさんの拳が私のお腹に当たった時に、ぱんっ! って音したじゃないですか。あれがまずおかしいです」
「ん?」
「相手に押し込んだらそんな音しませんよ」
ほう。
「私のパンチ受けてみますか?」
「......それって断っちゃいけないやつ?」
正直、全力で拒否したい。
「嫌なら良いですけど」
「じゃあ、嫌だ」
「......清々しいほどの即答ですね」
ルンに殴られるとか、嫌な予感しかしない。
けど、せっかく教えてくれるみたいだし......
「じゃあ、半分くらい......いや、20%くらいの力でなら......」
「ヤスさん最高にダサいですね(笑)」
いつの間にかエールが参加している。
「仕方ないじゃん。怪我したくないし」
「まあ、怪我をしないように立ち回るのも重要ですね」
「ルンちゃんに褒められるなんて。ヤスさん、やりましたね(笑)」
今は冗談を言われても応える余裕はない。ルンの本気のパンチは冗談では済まない予感がする。
「じゃあ、いきますよ」
「よし来いっ!」
どすっ
ルンの拳がヤスの腹にめり込んだ瞬間、ヤスの身体は崩れ落ちた。
「うぐっ......」
な、内臓が......
「ヤスさん! 20%ですよ(笑)」
「力抜いても、相手にしっかり力が伝わればこれくらい余裕です。わかりました?」
確かにこれなら反撃されにくそうだ。
もしこれが本気だったらどうなるのだろうか......
「ヤスさーん、大丈夫ですかー?(笑)」
「ちょっと無理」
✳︎ ✳︎ ✳︎
しばらく丸まっていたら痛みも引いてきた。
「で、どうでした? 何かわかりましたか?」
ルンとの差は何なのだろうか。先ほどのパンチに比べたらヤスの力の方が強いはずだ。なのに結果は一目瞭然である。
「ヤスさんの防御力が低過ぎるんじゃないですか?(笑)」
「まあ、それもありますね」
「じゃあ、鉄板仕込むか」
「スライム仕込めば良いんじゃないですか?」
「確かに、軽いし丈夫だからちゃんと作れば良いものができそうだな」
「商売の匂いがしますね(笑)」
魅力的な話題だが、話が逸れてきた。
「まあ、金儲けはまた今度考えるとして、今は戦力アップについてだよ」
「パワーを付けるのはもちろんだけど、どうすればそんなパンチができるのか教えてくれないか?」
ルンのパンチを使えるようになったら心強い。
「そもそもですね」
ルンが立ち上がる
「どんなに力を付けたとしても、ヤスさんだと私に触ることすらできないと思いますよ。やってみますか?」
「さすがに触るくらいならできると思うけど......」
「3分間で1発でも当てられたら、カンナさんがこの前忘れていったパンツあげますよ」
「いや、いらないし」
忘れ物を景品にするな。
「レッツトライです(笑)」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「そもそも当たらなけらば意味ないです」
「はあ、はあ......確かにそうだな......」
ヤスは全力でルンに殴りかかったが、すべて避けられてしまった。
「パンツもらえなくて残念でしたね(笑)」
「今度会ったら欲しがってたって伝えておきますね」
「いや、いらないからね。マジで」
何で欲しがっていることになっているのだろうか? 意味がわからない。
「だって、ねえ?」
「ですよねえ(笑)」
エールとルンが顔を見合わせて笑っている。
「あんな必死な顔してルンちゃん追いかけ回して(笑)」
「どんだけパンツ欲しいんだこの人って思いましたよ」
誤解だ。
「何とかパンチ当てようとしただけだからな。パンツの為じゃないからな!」
「はいはい。わかりましたよ」
「私もわかってますよ(笑)」
否定すればするほど逆効果になりそうだ。
「......で、どうやったら当たるんだ? やっぱりスピードか?」
「当てるには相手との駆け引きが重要ですよ」
「早ければ当たるんじゃないの?」
「いくら早くても人間の出せるスピードは限りがありますから」
「フェイントとか?」
「まあ、それも良いですけど......例えばですね」
ルンがいつも着けている手袋を外す。
手袋に付いているチャックを開けると赤い粉が入っていた。
「これを相手の目に向けて投げれば隙だらけです」
「何それ?」
「唐辛子の粉末です。少しでも目に入ったり、吸い込んだりしたら相手は基本動けませんよ」
えぐっ
「ルンちゃんもなかなかエグい事しますね(笑)」
「躊躇してたら殺られちゃいますから」
「......ちなみに、他にも何か持ってるのか?」
「そうですね......」
靴の踵をめくると刃物が仕込んであった。
「あとは......」
ルンがスカートを捲ると太ももに巻いた布からもナイフが出てきた。
「あと、ここにも」
胸のボタンを外すと、そこからもナイフ。
ポケットからは唐辛子の粉、マッチなどなど
「頭のリボンは相手を縛るのに使えます」
他にも出てくる出てくる。仕込みすぎだろ。
「それと、エールさんじゃないですけど、私にも最終奥義があります」
「ほう」
どうやらルンにも最終奥義があるらしい。どんなものなか気になる。
「でもこれはヤスさんじゃ使えないので無意味です」
「......」
ルンにできてヤスには不可能ということは、魔法系だろうか?
それにしても今のルンは......
「ルンちゃん、見えてますよ(笑)」
捲れたスカートやはだけた上着から、白い肌やわずかな膨らみが溢れている。
「あ、みみ見ないで下さいっ! ってヤスさん何ほっこりした顔してるんですか!?」
人間味のない子から、女の子っぽいリアクションが出てきて安心する。
「と、とにかく」
ルンが服を整えながら立ち上がる。
「相手を倒すには、一撃で倒せる技とそれを当てるための手段が必要です」
「ヤスさんは、相手を騙したり隙をついたりするのは得意そうですよね(笑)」
「そうですね。意識して練習すれば結構できる方だと思いますよ」
「褒められてる?」
「半々です(笑)」
この天使......ついに煽っていることを認め始めやがった。
「まあ、隙を作る方法については追々考えるとして、相手を倒すパンチの練習をしていきましょうか」
「よろしく頼む」
「エールさんもやりますか?」
「私はそこで植物のお手入れをしてます(笑)」
「まあ、エールさんには最終奥義がありますからね」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「では始めましょうか」
「お願いしまーす」
「とりあえず、それ殴ってみましょうか」
ヤスとルンの前には、布を何重にも巻いた物がぶら下がっている。見た目はサンドバックそのものだが中身は丸太だ。
「ふんっ!」
ぼふ
サンドバックが少し揺れた。
「次は私がやるので見てて下さいね......んっ!」
ぼすん!
サンドバッグが1周した。
「何この差......」
「ここ見て下さい」
ルンが地面を指差している。
「ん?」
「足跡です」
「ほう?」
「わかりませんか?」
「うん。さっぱり」
恐らく小さいのがルンので、一回り大きいのがヤスのだろう。
「まずは足の位置に注目して下さい」
「うん?」
「ヤスさんの足の位置は離れすぎです。離れているってことはどういうことかわかりますか?」
「拳がめり込まない?」
「そうです」
「なるほど」
日本にいた時にも踏み込みが足りてないってよく言われていたのを思い出す。
「コツは足の位置を対象物の近くに置いて、パンチが当たる時に腕を伸ばし切ること。後ろ足の膝を伸ばしてつっかえ棒のようにすることです。まずは形だけでもやってみて下さい」
後ろ足の膝を伸ばすのか。
早速ルンに言われた通りの形を作ってみる。
「そうです。じゃあ正面から押すので、踏ん張って耐えて下さいね」
「わかった」
ルンが胸の辺りを押してくる。
「どうですか? 後ろ足の膝が曲がってたら踏ん張れないでしょう?」
確かに膝を曲げたままでは踏ん張りが効かない。
「パンチが当たる瞬間、腕が伸びきった瞬間に膝を伸ばして、足の力を使って拳を突き出すんです。そうすると腕の力だけで殴るより相手に効くパンチができますよ」
「はえー。勉強になるよ」
「じゃあもう一度やってみて下さい」
「ふん!」
ばすん
最初よりもサンドバックが揺れた。
「良い感じですね。ただ膝と肘が伸びるタイミングがずれてます」
「はいよっ!」
ばすん
もう少しで地面と並行になりそうだ。
「パンチが当たる瞬間は拳のスピードと腕力が一点に集中する為、その反動が自分にもかかるんです。肘や膝が曲がっていると反動を吸収してしまうので思いっきり殴ったつもりでも効きませんよ。それと同じ理屈で背中の筋肉や体幹を鍛えることでパンチ力も上がります」
なるほど。確かに理にかなっている。
「私みたいに小さくて体重が軽いと腕の力だけじゃ男性には勝てません。足の力とか身体全体を使わないといけないんです」
「ちゃんと考えてるんだな」
「先生の受け売りですけどね。あとは、当てる場所とか角度も考慮すべきですね」
「突き1つでも奥が深いな」
習っていた道場の先生もそんなことを言っていた気がする。あの時はよく分からなかったけど今なら理解できる。
「突きですか? まあ確かに私のパンチは殴ると言うより突く感じですね」
ルンの突き講座は続く
「例えば、この棒です」
「ああ、よく使ってる棒ね」
ルンが愛用している1.5mくらいの棒のことだ。
「これってヤスさんや私よりも軽いじゃないですか」
「そうだね」
細いし軽い。
「こんな軽い棒でも本気で人間を突いたら死ぬじゃないですか」
「死ぬかな?」
「やってみます?」
「遠慮します」
死ぬかは分からないが大怪我は間違いない。
「まあ、良いでしょう。でですね、この棒ですら相手に重傷を負わせられるなら、それを自分の腕でやれば良いんですよ」
「はー。なるほどねー」
「あと、相手を飛ばしたいなら相手の体幹に対して斜め上方向に力を加えれば飛びます」
「覚えることが多いな」
混乱してきた
「まあ、その都度教えるので、1つずつできるようになって下さい。その内、無意識で出来るようになりますよ」
「なんか優しいね」
「そうですか? 私は基本優しい人間ですよ?」
「それ笑うとこ?」
「何か言いました?」
どうやら本気で自分のことを優しい人間だと思っているようだ。
「よっし! これから毎日特訓しなきゃな」
「ええ。ヤスさんに死なれても困るのでビシバシいきますよ!」
こうしてルンのハードトレーニングを受けることが日課となった。
エールは植物をいじっていたと思いきや、気が付けばいなくなっていた。どうやら町に行ったようだが、相変わらず自由な奴だな。
ヤス達は自作した家で問題なく過ごしていた。
洞窟の生活とは異なり、自然災害に怯える必要もなくなった。
クエストの報酬の大半が手元に残るようになり、生活も安定してきた。
「平和ですねー」
「そうだなー」
最近、クエストがない日はルンと柔軟体操している。
ぺたー
「相変わらず柔らかいな」
「柔軟は大事ですよ。怪我の防止にもなりますし、技のレパートリーも増えます」
「技ねー」
異世界に来てからの数々の戦歴を思い出す。
ツリーマン、スライム、ヘドロン、アンデッド、巨大蛇。
熱湯かけて、蹴って、投石して、エールに任せて、投石して......
ん? 今気が付いたが技がないどころか、まともな戦いをしたことがない。
日本にいた時格闘技をやっていたが、今のところ特に役に立ってもいない。
「なあルン?」
「なんですか?」
「俺どうすれば良いと思う?」
「......ざっくりですね」
ルンがおもむろに立ち上がる。
「丁度良い機会なので、ちょっと私のお腹殴ってみてください」
「は?」
「強くなりたいのでしょう? まずはヤスさんの実力は大体わかっていますが、実際に受けてみたいので殴ってください」
「いや、さすがに怪我するだろ?」
「大丈夫ですよ。ヤスさんくらいなら」
......だいぶ舐められている。
女の子を殴るのは気が引けるが、ここまで言われたら引き下がれない。
「良いんだな? 後悔するなよ?」
「良いって言ってます。まあ、今この瞬間に不意をついて殴って来ない時点でお察しですが」
この子の思考が怖い。
とりあえず、半分くらいの力で突いてみるか......
「どうしたんですか? あ、私がお腹に鉄板仕込んでるとか考えてるんですか? 今日は大丈夫ですよ」
ルンが服をまくってお腹を見せてくる。白い肌に割れた腹筋が薄らと見えている。
というか、普段は鉄板仕込んでるのか。
「よし、いくぞ」
もう覚悟を決めて殴るしかない。
ふんっ!
ルンに中段突きを打ち込む。
......ビクともしない。
「え? 本気ですか?」
「......今のは練習」
「実戦で練習なんてしたらその間に死にますよ?」
正論にも程がある。
「すまん。次は、ちゃんとやる」
もう本気で拳を打ち込むしかない。
ぱんっ!!
......ビクともしない。なんなのこの子。
「え? 平気なの?」
「え? むしろそれで倒せると思ってるんですか?」
「......」
「......」
沈黙が痛い。
「えっと......俺どうすれば良いと思う?」
「そうですねー。ヤスさんのパンチはインパクトが表面なんですよ」
「表面?」
「ヤスさんの拳が私のお腹に当たった時に、ぱんっ! って音したじゃないですか。あれがまずおかしいです」
「ん?」
「相手に押し込んだらそんな音しませんよ」
ほう。
「私のパンチ受けてみますか?」
「......それって断っちゃいけないやつ?」
正直、全力で拒否したい。
「嫌なら良いですけど」
「じゃあ、嫌だ」
「......清々しいほどの即答ですね」
ルンに殴られるとか、嫌な予感しかしない。
けど、せっかく教えてくれるみたいだし......
「じゃあ、半分くらい......いや、20%くらいの力でなら......」
「ヤスさん最高にダサいですね(笑)」
いつの間にかエールが参加している。
「仕方ないじゃん。怪我したくないし」
「まあ、怪我をしないように立ち回るのも重要ですね」
「ルンちゃんに褒められるなんて。ヤスさん、やりましたね(笑)」
今は冗談を言われても応える余裕はない。ルンの本気のパンチは冗談では済まない予感がする。
「じゃあ、いきますよ」
「よし来いっ!」
どすっ
ルンの拳がヤスの腹にめり込んだ瞬間、ヤスの身体は崩れ落ちた。
「うぐっ......」
な、内臓が......
「ヤスさん! 20%ですよ(笑)」
「力抜いても、相手にしっかり力が伝わればこれくらい余裕です。わかりました?」
確かにこれなら反撃されにくそうだ。
もしこれが本気だったらどうなるのだろうか......
「ヤスさーん、大丈夫ですかー?(笑)」
「ちょっと無理」
✳︎ ✳︎ ✳︎
しばらく丸まっていたら痛みも引いてきた。
「で、どうでした? 何かわかりましたか?」
ルンとの差は何なのだろうか。先ほどのパンチに比べたらヤスの力の方が強いはずだ。なのに結果は一目瞭然である。
「ヤスさんの防御力が低過ぎるんじゃないですか?(笑)」
「まあ、それもありますね」
「じゃあ、鉄板仕込むか」
「スライム仕込めば良いんじゃないですか?」
「確かに、軽いし丈夫だからちゃんと作れば良いものができそうだな」
「商売の匂いがしますね(笑)」
魅力的な話題だが、話が逸れてきた。
「まあ、金儲けはまた今度考えるとして、今は戦力アップについてだよ」
「パワーを付けるのはもちろんだけど、どうすればそんなパンチができるのか教えてくれないか?」
ルンのパンチを使えるようになったら心強い。
「そもそもですね」
ルンが立ち上がる
「どんなに力を付けたとしても、ヤスさんだと私に触ることすらできないと思いますよ。やってみますか?」
「さすがに触るくらいならできると思うけど......」
「3分間で1発でも当てられたら、カンナさんがこの前忘れていったパンツあげますよ」
「いや、いらないし」
忘れ物を景品にするな。
「レッツトライです(笑)」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「そもそも当たらなけらば意味ないです」
「はあ、はあ......確かにそうだな......」
ヤスは全力でルンに殴りかかったが、すべて避けられてしまった。
「パンツもらえなくて残念でしたね(笑)」
「今度会ったら欲しがってたって伝えておきますね」
「いや、いらないからね。マジで」
何で欲しがっていることになっているのだろうか? 意味がわからない。
「だって、ねえ?」
「ですよねえ(笑)」
エールとルンが顔を見合わせて笑っている。
「あんな必死な顔してルンちゃん追いかけ回して(笑)」
「どんだけパンツ欲しいんだこの人って思いましたよ」
誤解だ。
「何とかパンチ当てようとしただけだからな。パンツの為じゃないからな!」
「はいはい。わかりましたよ」
「私もわかってますよ(笑)」
否定すればするほど逆効果になりそうだ。
「......で、どうやったら当たるんだ? やっぱりスピードか?」
「当てるには相手との駆け引きが重要ですよ」
「早ければ当たるんじゃないの?」
「いくら早くても人間の出せるスピードは限りがありますから」
「フェイントとか?」
「まあ、それも良いですけど......例えばですね」
ルンがいつも着けている手袋を外す。
手袋に付いているチャックを開けると赤い粉が入っていた。
「これを相手の目に向けて投げれば隙だらけです」
「何それ?」
「唐辛子の粉末です。少しでも目に入ったり、吸い込んだりしたら相手は基本動けませんよ」
えぐっ
「ルンちゃんもなかなかエグい事しますね(笑)」
「躊躇してたら殺られちゃいますから」
「......ちなみに、他にも何か持ってるのか?」
「そうですね......」
靴の踵をめくると刃物が仕込んであった。
「あとは......」
ルンがスカートを捲ると太ももに巻いた布からもナイフが出てきた。
「あと、ここにも」
胸のボタンを外すと、そこからもナイフ。
ポケットからは唐辛子の粉、マッチなどなど
「頭のリボンは相手を縛るのに使えます」
他にも出てくる出てくる。仕込みすぎだろ。
「それと、エールさんじゃないですけど、私にも最終奥義があります」
「ほう」
どうやらルンにも最終奥義があるらしい。どんなものなか気になる。
「でもこれはヤスさんじゃ使えないので無意味です」
「......」
ルンにできてヤスには不可能ということは、魔法系だろうか?
それにしても今のルンは......
「ルンちゃん、見えてますよ(笑)」
捲れたスカートやはだけた上着から、白い肌やわずかな膨らみが溢れている。
「あ、みみ見ないで下さいっ! ってヤスさん何ほっこりした顔してるんですか!?」
人間味のない子から、女の子っぽいリアクションが出てきて安心する。
「と、とにかく」
ルンが服を整えながら立ち上がる。
「相手を倒すには、一撃で倒せる技とそれを当てるための手段が必要です」
「ヤスさんは、相手を騙したり隙をついたりするのは得意そうですよね(笑)」
「そうですね。意識して練習すれば結構できる方だと思いますよ」
「褒められてる?」
「半々です(笑)」
この天使......ついに煽っていることを認め始めやがった。
「まあ、隙を作る方法については追々考えるとして、相手を倒すパンチの練習をしていきましょうか」
「よろしく頼む」
「エールさんもやりますか?」
「私はそこで植物のお手入れをしてます(笑)」
「まあ、エールさんには最終奥義がありますからね」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「では始めましょうか」
「お願いしまーす」
「とりあえず、それ殴ってみましょうか」
ヤスとルンの前には、布を何重にも巻いた物がぶら下がっている。見た目はサンドバックそのものだが中身は丸太だ。
「ふんっ!」
ぼふ
サンドバックが少し揺れた。
「次は私がやるので見てて下さいね......んっ!」
ぼすん!
サンドバッグが1周した。
「何この差......」
「ここ見て下さい」
ルンが地面を指差している。
「ん?」
「足跡です」
「ほう?」
「わかりませんか?」
「うん。さっぱり」
恐らく小さいのがルンので、一回り大きいのがヤスのだろう。
「まずは足の位置に注目して下さい」
「うん?」
「ヤスさんの足の位置は離れすぎです。離れているってことはどういうことかわかりますか?」
「拳がめり込まない?」
「そうです」
「なるほど」
日本にいた時にも踏み込みが足りてないってよく言われていたのを思い出す。
「コツは足の位置を対象物の近くに置いて、パンチが当たる時に腕を伸ばし切ること。後ろ足の膝を伸ばしてつっかえ棒のようにすることです。まずは形だけでもやってみて下さい」
後ろ足の膝を伸ばすのか。
早速ルンに言われた通りの形を作ってみる。
「そうです。じゃあ正面から押すので、踏ん張って耐えて下さいね」
「わかった」
ルンが胸の辺りを押してくる。
「どうですか? 後ろ足の膝が曲がってたら踏ん張れないでしょう?」
確かに膝を曲げたままでは踏ん張りが効かない。
「パンチが当たる瞬間、腕が伸びきった瞬間に膝を伸ばして、足の力を使って拳を突き出すんです。そうすると腕の力だけで殴るより相手に効くパンチができますよ」
「はえー。勉強になるよ」
「じゃあもう一度やってみて下さい」
「ふん!」
ばすん
最初よりもサンドバックが揺れた。
「良い感じですね。ただ膝と肘が伸びるタイミングがずれてます」
「はいよっ!」
ばすん
もう少しで地面と並行になりそうだ。
「パンチが当たる瞬間は拳のスピードと腕力が一点に集中する為、その反動が自分にもかかるんです。肘や膝が曲がっていると反動を吸収してしまうので思いっきり殴ったつもりでも効きませんよ。それと同じ理屈で背中の筋肉や体幹を鍛えることでパンチ力も上がります」
なるほど。確かに理にかなっている。
「私みたいに小さくて体重が軽いと腕の力だけじゃ男性には勝てません。足の力とか身体全体を使わないといけないんです」
「ちゃんと考えてるんだな」
「先生の受け売りですけどね。あとは、当てる場所とか角度も考慮すべきですね」
「突き1つでも奥が深いな」
習っていた道場の先生もそんなことを言っていた気がする。あの時はよく分からなかったけど今なら理解できる。
「突きですか? まあ確かに私のパンチは殴ると言うより突く感じですね」
ルンの突き講座は続く
「例えば、この棒です」
「ああ、よく使ってる棒ね」
ルンが愛用している1.5mくらいの棒のことだ。
「これってヤスさんや私よりも軽いじゃないですか」
「そうだね」
細いし軽い。
「こんな軽い棒でも本気で人間を突いたら死ぬじゃないですか」
「死ぬかな?」
「やってみます?」
「遠慮します」
死ぬかは分からないが大怪我は間違いない。
「まあ、良いでしょう。でですね、この棒ですら相手に重傷を負わせられるなら、それを自分の腕でやれば良いんですよ」
「はー。なるほどねー」
「あと、相手を飛ばしたいなら相手の体幹に対して斜め上方向に力を加えれば飛びます」
「覚えることが多いな」
混乱してきた
「まあ、その都度教えるので、1つずつできるようになって下さい。その内、無意識で出来るようになりますよ」
「なんか優しいね」
「そうですか? 私は基本優しい人間ですよ?」
「それ笑うとこ?」
「何か言いました?」
どうやら本気で自分のことを優しい人間だと思っているようだ。
「よっし! これから毎日特訓しなきゃな」
「ええ。ヤスさんに死なれても困るのでビシバシいきますよ!」
こうしてルンのハードトレーニングを受けることが日課となった。
エールは植物をいじっていたと思いきや、気が付けばいなくなっていた。どうやら町に行ったようだが、相変わらず自由な奴だな。
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