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第四章
感情-05
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シドニアの言葉に、クアンタがリンナへ「少し行ってくる」とだけ言葉にし、二階へと昇ってしまうアメリアへ続く。
サーニスもため息を付きながらクアンタと並行し、シドニアだけがリンナの元に残る。
「クアンタが何かをやらかすのは、非常に珍しいと思いましたが、事実なのですか?」
「え、はい。あの子自身すっごくビックリしてました」
「ふむん……アメリアが妙な事を考えるとは思えんが、もしや何か仕掛けられたかもしれんな。後で調査をサーニスに頼もう」
ボソリと何かを言っている彼の言葉を理解できず、ただ首を傾げるだけだったが、そこでリンナはシドニアへ「ちょっと、いいですか?」と話しかける。
「あの……ホントはこういう事を言うの、アタシの立場じゃ不敬極まりないとは思うんすけど、お願いがあるんです」
「? 何だろうか」
「あの……クアンタは、アタシの弟子です! だからあの子、アタシの為ならって事は何でもしちゃうんです。……でも反面、アタシは刀を打つ位しか、取り得ないし……」
自分でも、何が言いたいのか、どう表現したいかを理解しきれていないような表情や仕草で、けれど今深呼吸して、シドニアへ真っすぐ、綺麗な目を突き付けて、言い放つ。
「もしクアンタに何かやらせようって思ってても、それの引き合いにアタシを出さないって約束してください!
だってそうじゃないと、アタシの為ってなったら、あの子絶対にどんな無理難題でもやっちゃうもんっ!
アタシの名前無しでも、あの子がやりたいって思ってるならやらせてあげてくださいっ! そうじゃなかったら、アタシはクアンタの事を貸し出すのは反対です!」
ああ、言っちゃった……と言わんばかりに、リンナの表情は、後悔と、それでいて晴れ晴れとした表情をしていた。
自身の住まうシドニア領の領主であり、その象徴であるシドニアへ、不遜な態度をとってしまった事。
元より取引というものにおいて、相手の弱みや価値に付け込むなんて事は当たり前である筈なのに、それをして欲しくないと堂々と言うなんて……という後悔が渦中を泳ぐ。
「……正直に言うんだね、リンナさん」
「ご、ごめんなさい……で、でも、あの子ってば、いっつも、アタシの事ばっかりで……少しは自分の事も考えて動かなきゃ、成長しないって思うんです」
「リンナさんは、クアンタの成長を望んでいると?」
「望んでます。弟子の成長を望まない師匠なんて、師匠じゃありません」
「彼女がいずれもし、貴女の技術を超えて、貴女を師匠として崇める必要が無くなるかもしれないのに?」
「むしろ超える事を目標にしない奴は雑魚だ。『超えられるか超えられないか』じゃない。『超えたいか超えたくないか』なんです」
表情を引き締め、ギュッと胸の前で手を握るリンナの姿が――シドニアには新鮮に見えた。
「私は、これまで数多くの商人達や利権に塗れた大人を見て来た」
「……はい」
「リンナさん、貴女が今した発言は、そうした者達と本来同じ立場に立たなければならない刀匠としては、三流と言わせて貰おう」
「肝に銘じます」
「だが――ああ、私には、そうした言葉の方が、嘘偽りなく、誰かの事を想える者の言葉として、非常に好ましい。クアンタが何故、貴女をそこまで崇拝するか、分かった気がした」
リンナの肩に手を置いたシドニアは、身長差故に彼を見上げる形となってしまったリンナと目を合わせ、何時のも民へ向けるニッコリとした笑みではなく、不敵な、ニヤリとした笑みを浮かべ、尚も強く頷いた。
「リンナさん……いや、これからはリンナと呼ばせて欲しい」
「え、あ、はい」
「そして、クアンタと同じく、リンナも私の事を呼び捨てで呼んでくれて構わない」
「いやそれは不敬すぎますって!? ……せ、せめて、その……シドニアさん、シドニアさんでどうでしょう!?」
「ふふ。さん付けか、あまり経験がない故、私も戸惑ってしまうかもしれないな」
宜しいと頷いたシドニアが、リンナより手を離して階段を昇る。
しかし、その間にも声はリンナに向けてかけ続けた。
「クアンタの件、そしてリンナを引き合いに出さないという件については了解した。
――そして姉上と協議する必要はあるが、そう遠くない未来に、今は言えぬ事を、貴女へ言えるようにしたいと考えている、これだけは理解していてほしい」
去っていくシドニアにぺこりとお辞儀をしつつ、彼が言っていた言葉の意味を理解できなかったリンナは、何にせよ今は弟子の仕出かした失敗を少しでも帳消しにするべく、仕事に従事するように動く。
彼女は深く考える事が苦手だからこそ、目の前にある仕事に手を付ける事に関しては、誰よりも積極的なのだから。
**
シドニアがアメリアの執務室へと辿り着くと、アメリアはサーニスを椅子にして座り、その隣にクアンタが背筋を伸ばしてピンと立ち、椅子にされているサーニスはプルプルと震えながら、今来室したシドニアへ「な、何かありましたでしょうかシドニア様……っ」とアメリアの全体重を支えながら耐えている。
「尻をどけろ愚姉……っ、何度言わせる、サーニスは私の部下であっても、貴女の部下ではない!」
「吾輩、本当にこ奴の事を嫌いなんじゃろうなぁ。椅子にしてても良いと思えんのじゃ」
「なら早くどけろ!」
シドニアの滅多に見ない罵声を浴びて、渋々と言った様子で腰を上げたアメリアと、シドニアに「立てサーニス」と命じられ、ようやく身体を起こしたサーニス。
「何故そうなった?」
「……部屋に入ったと同時に『良い椅子が無いのぉ。サーニス、主が椅子となれ』と命じられまして……」
「これからはあの女の命令に従うか否かは私の判断が無ければ出来んと思え」
「ハ……ッ、肝に銘じます!」
サーニスもため息を付きながらクアンタと並行し、シドニアだけがリンナの元に残る。
「クアンタが何かをやらかすのは、非常に珍しいと思いましたが、事実なのですか?」
「え、はい。あの子自身すっごくビックリしてました」
「ふむん……アメリアが妙な事を考えるとは思えんが、もしや何か仕掛けられたかもしれんな。後で調査をサーニスに頼もう」
ボソリと何かを言っている彼の言葉を理解できず、ただ首を傾げるだけだったが、そこでリンナはシドニアへ「ちょっと、いいですか?」と話しかける。
「あの……ホントはこういう事を言うの、アタシの立場じゃ不敬極まりないとは思うんすけど、お願いがあるんです」
「? 何だろうか」
「あの……クアンタは、アタシの弟子です! だからあの子、アタシの為ならって事は何でもしちゃうんです。……でも反面、アタシは刀を打つ位しか、取り得ないし……」
自分でも、何が言いたいのか、どう表現したいかを理解しきれていないような表情や仕草で、けれど今深呼吸して、シドニアへ真っすぐ、綺麗な目を突き付けて、言い放つ。
「もしクアンタに何かやらせようって思ってても、それの引き合いにアタシを出さないって約束してください!
だってそうじゃないと、アタシの為ってなったら、あの子絶対にどんな無理難題でもやっちゃうもんっ!
アタシの名前無しでも、あの子がやりたいって思ってるならやらせてあげてくださいっ! そうじゃなかったら、アタシはクアンタの事を貸し出すのは反対です!」
ああ、言っちゃった……と言わんばかりに、リンナの表情は、後悔と、それでいて晴れ晴れとした表情をしていた。
自身の住まうシドニア領の領主であり、その象徴であるシドニアへ、不遜な態度をとってしまった事。
元より取引というものにおいて、相手の弱みや価値に付け込むなんて事は当たり前である筈なのに、それをして欲しくないと堂々と言うなんて……という後悔が渦中を泳ぐ。
「……正直に言うんだね、リンナさん」
「ご、ごめんなさい……で、でも、あの子ってば、いっつも、アタシの事ばっかりで……少しは自分の事も考えて動かなきゃ、成長しないって思うんです」
「リンナさんは、クアンタの成長を望んでいると?」
「望んでます。弟子の成長を望まない師匠なんて、師匠じゃありません」
「彼女がいずれもし、貴女の技術を超えて、貴女を師匠として崇める必要が無くなるかもしれないのに?」
「むしろ超える事を目標にしない奴は雑魚だ。『超えられるか超えられないか』じゃない。『超えたいか超えたくないか』なんです」
表情を引き締め、ギュッと胸の前で手を握るリンナの姿が――シドニアには新鮮に見えた。
「私は、これまで数多くの商人達や利権に塗れた大人を見て来た」
「……はい」
「リンナさん、貴女が今した発言は、そうした者達と本来同じ立場に立たなければならない刀匠としては、三流と言わせて貰おう」
「肝に銘じます」
「だが――ああ、私には、そうした言葉の方が、嘘偽りなく、誰かの事を想える者の言葉として、非常に好ましい。クアンタが何故、貴女をそこまで崇拝するか、分かった気がした」
リンナの肩に手を置いたシドニアは、身長差故に彼を見上げる形となってしまったリンナと目を合わせ、何時のも民へ向けるニッコリとした笑みではなく、不敵な、ニヤリとした笑みを浮かべ、尚も強く頷いた。
「リンナさん……いや、これからはリンナと呼ばせて欲しい」
「え、あ、はい」
「そして、クアンタと同じく、リンナも私の事を呼び捨てで呼んでくれて構わない」
「いやそれは不敬すぎますって!? ……せ、せめて、その……シドニアさん、シドニアさんでどうでしょう!?」
「ふふ。さん付けか、あまり経験がない故、私も戸惑ってしまうかもしれないな」
宜しいと頷いたシドニアが、リンナより手を離して階段を昇る。
しかし、その間にも声はリンナに向けてかけ続けた。
「クアンタの件、そしてリンナを引き合いに出さないという件については了解した。
――そして姉上と協議する必要はあるが、そう遠くない未来に、今は言えぬ事を、貴女へ言えるようにしたいと考えている、これだけは理解していてほしい」
去っていくシドニアにぺこりとお辞儀をしつつ、彼が言っていた言葉の意味を理解できなかったリンナは、何にせよ今は弟子の仕出かした失敗を少しでも帳消しにするべく、仕事に従事するように動く。
彼女は深く考える事が苦手だからこそ、目の前にある仕事に手を付ける事に関しては、誰よりも積極的なのだから。
**
シドニアがアメリアの執務室へと辿り着くと、アメリアはサーニスを椅子にして座り、その隣にクアンタが背筋を伸ばしてピンと立ち、椅子にされているサーニスはプルプルと震えながら、今来室したシドニアへ「な、何かありましたでしょうかシドニア様……っ」とアメリアの全体重を支えながら耐えている。
「尻をどけろ愚姉……っ、何度言わせる、サーニスは私の部下であっても、貴女の部下ではない!」
「吾輩、本当にこ奴の事を嫌いなんじゃろうなぁ。椅子にしてても良いと思えんのじゃ」
「なら早くどけろ!」
シドニアの滅多に見ない罵声を浴びて、渋々と言った様子で腰を上げたアメリアと、シドニアに「立てサーニス」と命じられ、ようやく身体を起こしたサーニス。
「何故そうなった?」
「……部屋に入ったと同時に『良い椅子が無いのぉ。サーニス、主が椅子となれ』と命じられまして……」
「これからはあの女の命令に従うか否かは私の判断が無ければ出来んと思え」
「ハ……ッ、肝に銘じます!」
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