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第七章
秩序を司る神霊-08
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シドニアの部下であるサーニスだ。恐らくだが、突然皇居から姿を消した皇族五人を探し、一番行く可能性が高いと踏んだ場所がリンナ刀工鍛冶場なのだろう。
「何故、一度別れた後にまた合流を……しかも私に一言も無く……っ」
「色々と進展があった。またシドニアから聴くといい」
「……そうか、それは良かったが」
ため息と共に、サーニスがレイピアを鞘から抜き放つと、クアンタに向け――投擲。
ヒュン、と音を奏でて素早く空をかけるレイピア。首を傾ける事で避けたクアンタが、振り返る。
脳天に向けて突き刺さったレイピアによって、影を拡散させて消えゆく黒い影――災い。
靴を脱いで宅内に入り、レイピアを回収したサーニスは「近辺の警兵隊は何をしているのだ」と毒づいた。
「――サーニス、手短に進展した内容を伝える。災いには三種類あって、その内の二種類は自我を持ち、統率力を以て、雑兵の災いを使役する」
「マリルリンデのように、という事か?」
「そうだ。そして」
「分かっている。――ならば実力を試す必要がある。手を出すなよ、クアンタ」
今一度庭へと出て靴を履いたサーニスが、地を強く蹴ってリンナ宅の屋根へと飛び上がった。
上空から見据える、男の姿。
男は目に一筋の傷を持っていた、初老の男性と目せる人物であろうか。
その全身を覆う白いコートと、髪の毛の無い坊主頭、口元に蓄えた黒いヒゲが印象強いものの、それ以上に目を引くのは、その豪傑な肉体である。
流石にイルメール程とは言わないが、しかし各所膨れ上がる筋肉には、コートで隠れる全貌さえ見えれば、月夜によって輝く美しさがあるやもしれない。
「何者だ」
問いに、男は重々しい口を開きながら、自身の背後に向けて腕を回す。
瞬間、どこからか顕現し、姿を現した斬馬刀。
サーニスは顎を引きながら自身の武装と、及びゴルタナが懐に用意してあることを確認。
「我が名は【斬鬼】――まりるりんで殿によって組織された【五災刃】の刃が一つ」
彼の構えるレイピアを指さした。
「さぁにす殿、お主の【れいぴあ】、貰い受けるぞ」
「やってみろ斬鬼とやら。……出来るのであればな」
リンナ宅の屋根を駆ける、サーニスともう一人――斬鬼と言った男は、互いに獲物を構えながら、今二人の間にあった距離を埋めた。
斬馬刀の一閃を上段、大振りで振り込まれる寸前、サーニスは振り込みの角度を読み取った上で僅かに体を逸らした後、顔面、それも顎に向けてレイピアの柄で殴りつける。
だが、頑強な肉体故、僅かながらに体を動かすだけで、ダメージが入っているように見えなかったサーニスは、チッと舌打ちをした上で、家宅屋根から飛び降りる。
それについていくような形で落下する斬鬼と、サーニスの、僅か一秒の攻防。
五度、斬鬼の脳天目掛けて突き出されたレイピアの動きを、空中故動き辛い筈なのに、首だけを動かして冷静に避け切る斬鬼。
着地の瞬間、サーニスと距離を離すように跳んだ男が、右手に斬馬刀、左手は前面へと突き出して、腰を下す。
「見事。お主のれいぴあ捌き、実に理にかなっておる」
「貴様は反して斬馬刀の使い方をまるで分かっていないように見えるが」
「応ともよ。我は刃を奪う者であり、使う者ではない」
「時間が惜しい。貴様が何者かを調べる為に、自分も本気を出す」
懐から取り出す、黒いキューブ・ゴルタナ。
それを空に放りながら「ゴルタナ、起動」と声を放つと同時に、展開されるゴルタナ。
全身と顔面を隠すほどの重装甲。だが見た目に反してレイピアを構えてから腰を下ろし、突撃するまでの時間は、ほぼ一瞬。
面積の広い胸部目掛けて突き付けられた、素早いレイピアの一突を掴んで止めた斬鬼だが、サーニスは決して狼狽えなかった。
レイピアが掴まれた瞬間、既に彼は柄から手を離し、レイピアを受け止めていた斬鬼の左手を右手の甲で弾くと、掌底を胸部へ。
そして続けて脇を締める形で全霊の力を込めた右手拳の一打が、腹部を強打する。
「――チャァッ!!」
拳が腹部を殴打した瞬間、サーニスは腹から吐き出した声と共に、力強く腕を突き出す。
それによって遠く殴り飛ばされた斬鬼が、斬馬刀を地面へ突き刺す事により、減速。眉をしかめた。
「なるほど、剣技だけがお主の武器ではないという事だな」
「その通りだ。我が師は『テメェの筋肉を信じる者が勝利を掴み取る』と教えて下さった。――腕は確かに落ちたが、しかし貴様らヒトならざる者を討つ事は造作もない」
「果たしてそうであるかな」
「何?」
「力の刃無き、虚力を込めた一打を放つ事も出来ぬお主には、この己を殺せぬと言ったのだ」
「ほざいたな人外」
「真実であるからして」
「その傲慢な自我を圧し折ってやるぞ、災い」
一瞬だった。
「速い」
一瞬の内に、先ほど殴り飛ばして開いていた筈の距離を詰めたサーニスを見据え、斬鬼が斬馬刀をただ縦に振るう。
振るわれる力は、その屈強な肉体と災いの持つ力が合わさり、単純な暴力としての力を持ち得よう。
しかし、その刃ではなく、斬馬刀特有の長い持ち手へ向け、先んじて拳を突き出していたサーニスが斬馬刀の軌道を変え、地面へと突き刺さった事を確認する前に、左足で軽く地面を蹴りつけながら身体を捻らせた右足の蹴り込みを、そのがっしりと筋肉の付けられた首筋に向けて、叩き込む。
地面へと倒れる斬鬼。しかしサーニスは止まらない。
着地と同時に振り込んだ、腰の捻りを合わせた右拳の一打を、倒れてがら空きの背中へと叩き込み、その衝撃で斬鬼の左手から離れたレイピアを掴むと、頭部へと疾く、突き刺した。
「――しまった。殺しては尋問も何もない」
引き抜き、ゴルタナの展開を解除した後に、背広の胸ポケットからクロスを取り、血を拭う様にしたが、しかし血は無い。災いだからだろうと短絡的に決めた彼が、斬鬼の死体を確認する事も無く、背を向けた瞬間。
「変身」
〈HENSHIN〉
クアンタの声と共に【マホーショージョ】へ【ヘンシン】する音が聞こえた。
サーニスを突き飛ばしながら、打刀【カネツグ】を振るう、斬心の魔法少女・クアンタ。
彼女の振るった刃に、同じく斬馬刀の刃が衝突し、今火花が散った。
「ほう、貴様まさか姫巫女ではあるまいな」
「残念だが違う。しかしこの刃は貴様を殺し得る得物だ」
ギン、と弾かれた互いの刃。
体勢を崩すことなく互いが動きを止めた瞬間、先ほど突き飛ばしたサーニスが身体を起こしながら「何故生きている」と呟き、男を――先ほどサーニスが脳天にレイピアを突き立てた筈の、斬鬼が健在していた。
「この男の言う通り、名のある災いはただでは死なんらしい。お師匠の打った刀が必要との事だ」
「なるほど、この工房が【りんな刀工鍛冶場】であるか。誠に喜ばしい、この世に生まれ早百年余り、刀とは失われた技術と嘆いておったが」
「今すぐその刀の錆にしてやる、と言ったら喜びか?」
「それが純粋なる果し合いの末にであれば、喜びもしよう――が、本日は手合わせのみで、御免」
左手の親指、人差し指、中指を立てて鼻へやり、ペコリと頭を下げた斬鬼の声と共に、彼は黒い影となって身体を四散させ、消えていった。
「何故、一度別れた後にまた合流を……しかも私に一言も無く……っ」
「色々と進展があった。またシドニアから聴くといい」
「……そうか、それは良かったが」
ため息と共に、サーニスがレイピアを鞘から抜き放つと、クアンタに向け――投擲。
ヒュン、と音を奏でて素早く空をかけるレイピア。首を傾ける事で避けたクアンタが、振り返る。
脳天に向けて突き刺さったレイピアによって、影を拡散させて消えゆく黒い影――災い。
靴を脱いで宅内に入り、レイピアを回収したサーニスは「近辺の警兵隊は何をしているのだ」と毒づいた。
「――サーニス、手短に進展した内容を伝える。災いには三種類あって、その内の二種類は自我を持ち、統率力を以て、雑兵の災いを使役する」
「マリルリンデのように、という事か?」
「そうだ。そして」
「分かっている。――ならば実力を試す必要がある。手を出すなよ、クアンタ」
今一度庭へと出て靴を履いたサーニスが、地を強く蹴ってリンナ宅の屋根へと飛び上がった。
上空から見据える、男の姿。
男は目に一筋の傷を持っていた、初老の男性と目せる人物であろうか。
その全身を覆う白いコートと、髪の毛の無い坊主頭、口元に蓄えた黒いヒゲが印象強いものの、それ以上に目を引くのは、その豪傑な肉体である。
流石にイルメール程とは言わないが、しかし各所膨れ上がる筋肉には、コートで隠れる全貌さえ見えれば、月夜によって輝く美しさがあるやもしれない。
「何者だ」
問いに、男は重々しい口を開きながら、自身の背後に向けて腕を回す。
瞬間、どこからか顕現し、姿を現した斬馬刀。
サーニスは顎を引きながら自身の武装と、及びゴルタナが懐に用意してあることを確認。
「我が名は【斬鬼】――まりるりんで殿によって組織された【五災刃】の刃が一つ」
彼の構えるレイピアを指さした。
「さぁにす殿、お主の【れいぴあ】、貰い受けるぞ」
「やってみろ斬鬼とやら。……出来るのであればな」
リンナ宅の屋根を駆ける、サーニスともう一人――斬鬼と言った男は、互いに獲物を構えながら、今二人の間にあった距離を埋めた。
斬馬刀の一閃を上段、大振りで振り込まれる寸前、サーニスは振り込みの角度を読み取った上で僅かに体を逸らした後、顔面、それも顎に向けてレイピアの柄で殴りつける。
だが、頑強な肉体故、僅かながらに体を動かすだけで、ダメージが入っているように見えなかったサーニスは、チッと舌打ちをした上で、家宅屋根から飛び降りる。
それについていくような形で落下する斬鬼と、サーニスの、僅か一秒の攻防。
五度、斬鬼の脳天目掛けて突き出されたレイピアの動きを、空中故動き辛い筈なのに、首だけを動かして冷静に避け切る斬鬼。
着地の瞬間、サーニスと距離を離すように跳んだ男が、右手に斬馬刀、左手は前面へと突き出して、腰を下す。
「見事。お主のれいぴあ捌き、実に理にかなっておる」
「貴様は反して斬馬刀の使い方をまるで分かっていないように見えるが」
「応ともよ。我は刃を奪う者であり、使う者ではない」
「時間が惜しい。貴様が何者かを調べる為に、自分も本気を出す」
懐から取り出す、黒いキューブ・ゴルタナ。
それを空に放りながら「ゴルタナ、起動」と声を放つと同時に、展開されるゴルタナ。
全身と顔面を隠すほどの重装甲。だが見た目に反してレイピアを構えてから腰を下ろし、突撃するまでの時間は、ほぼ一瞬。
面積の広い胸部目掛けて突き付けられた、素早いレイピアの一突を掴んで止めた斬鬼だが、サーニスは決して狼狽えなかった。
レイピアが掴まれた瞬間、既に彼は柄から手を離し、レイピアを受け止めていた斬鬼の左手を右手の甲で弾くと、掌底を胸部へ。
そして続けて脇を締める形で全霊の力を込めた右手拳の一打が、腹部を強打する。
「――チャァッ!!」
拳が腹部を殴打した瞬間、サーニスは腹から吐き出した声と共に、力強く腕を突き出す。
それによって遠く殴り飛ばされた斬鬼が、斬馬刀を地面へ突き刺す事により、減速。眉をしかめた。
「なるほど、剣技だけがお主の武器ではないという事だな」
「その通りだ。我が師は『テメェの筋肉を信じる者が勝利を掴み取る』と教えて下さった。――腕は確かに落ちたが、しかし貴様らヒトならざる者を討つ事は造作もない」
「果たしてそうであるかな」
「何?」
「力の刃無き、虚力を込めた一打を放つ事も出来ぬお主には、この己を殺せぬと言ったのだ」
「ほざいたな人外」
「真実であるからして」
「その傲慢な自我を圧し折ってやるぞ、災い」
一瞬だった。
「速い」
一瞬の内に、先ほど殴り飛ばして開いていた筈の距離を詰めたサーニスを見据え、斬鬼が斬馬刀をただ縦に振るう。
振るわれる力は、その屈強な肉体と災いの持つ力が合わさり、単純な暴力としての力を持ち得よう。
しかし、その刃ではなく、斬馬刀特有の長い持ち手へ向け、先んじて拳を突き出していたサーニスが斬馬刀の軌道を変え、地面へと突き刺さった事を確認する前に、左足で軽く地面を蹴りつけながら身体を捻らせた右足の蹴り込みを、そのがっしりと筋肉の付けられた首筋に向けて、叩き込む。
地面へと倒れる斬鬼。しかしサーニスは止まらない。
着地と同時に振り込んだ、腰の捻りを合わせた右拳の一打を、倒れてがら空きの背中へと叩き込み、その衝撃で斬鬼の左手から離れたレイピアを掴むと、頭部へと疾く、突き刺した。
「――しまった。殺しては尋問も何もない」
引き抜き、ゴルタナの展開を解除した後に、背広の胸ポケットからクロスを取り、血を拭う様にしたが、しかし血は無い。災いだからだろうと短絡的に決めた彼が、斬鬼の死体を確認する事も無く、背を向けた瞬間。
「変身」
〈HENSHIN〉
クアンタの声と共に【マホーショージョ】へ【ヘンシン】する音が聞こえた。
サーニスを突き飛ばしながら、打刀【カネツグ】を振るう、斬心の魔法少女・クアンタ。
彼女の振るった刃に、同じく斬馬刀の刃が衝突し、今火花が散った。
「ほう、貴様まさか姫巫女ではあるまいな」
「残念だが違う。しかしこの刃は貴様を殺し得る得物だ」
ギン、と弾かれた互いの刃。
体勢を崩すことなく互いが動きを止めた瞬間、先ほど突き飛ばしたサーニスが身体を起こしながら「何故生きている」と呟き、男を――先ほどサーニスが脳天にレイピアを突き立てた筈の、斬鬼が健在していた。
「この男の言う通り、名のある災いはただでは死なんらしい。お師匠の打った刀が必要との事だ」
「なるほど、この工房が【りんな刀工鍛冶場】であるか。誠に喜ばしい、この世に生まれ早百年余り、刀とは失われた技術と嘆いておったが」
「今すぐその刀の錆にしてやる、と言ったら喜びか?」
「それが純粋なる果し合いの末にであれば、喜びもしよう――が、本日は手合わせのみで、御免」
左手の親指、人差し指、中指を立てて鼻へやり、ペコリと頭を下げた斬鬼の声と共に、彼は黒い影となって身体を四散させ、消えていった。
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