魔法少女の異世界刀匠生活

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第八章

アルハット・ヴ・ロ・レアルタ-10

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 アルハット・ヴ・ロ・レアルタは、霊子転移によってシドニア領からアルハット領へと戻り、自身の皇居と言える木造建築の城にある庭から城内へと入り、出迎えてくれた部下と共に執務室へと向かいながら、言葉を投げた。


「これからシドニア領の領主・シドニア様と、シドニア領の刀匠・リンナ様、及びお付きの方がお見えになります。会談と歓迎の準備を」

「困りますなぁアルハット様、そうした手続きは予め話を通してもらいませんと」


 口元に髭を蓄えた、横に広い腹をした煌びやかな衣装に身を包む男に、アルハットは視線をやる。

  ドラファルド・レンダ。かつてアルハット領に貴族主義が蔓延っていた時代から名を遺す家系の者で、名だたる錬金術師を多く輩出した名家の出。

  ドラファルド自身も優秀な錬金術師であり、アルハット領における指定錬金術師の一人でもある。


「申し訳ありません。災い対策で一刻も早い対処が必要だったものだから」

「それはそれは。どのような進展がありましたかな?」

「リンナ刀工鍛冶場の刀匠・リンナ様が打つ刀が、今後の災い対策に必要という事です。詳しくは後程資料をまとめますので、イルメール領から派遣されている国防省の方々にも共有を」

「では共有の後にそうした進展内容の真偽確認及び領土政府においての議会を行いませんと」

「人命が、そして何より国家や領土の安全を考慮しなければいけない事態です。無駄な真偽確認や議会が必要とは思えませんが」

「それはいけません、いけませんなぁ、アルハット様。実状がどうあれ、アルハット領はシドニア領と同じく、民衆に選ばれた七人の政治家達による領土運営が成されている民主主義領でございます。であるのに、貴女様お一人の独断で全てをお決めになると?」


 足を止め、ドラファルドを睨むようにしたアルハットだが、しかし彼の底知れぬ野心に満ちた目を見据えていると、自分までが引きずり込まれそうになると考えた彼女は、ため息をつきながら、歩を進める。


「何にせよこれからシドニア様がいらっしゃいます。現状アルハット領はシドニア領の統治下にありますし、彼の命令を聞かざるを得ないでしょう?」

「いえいえ。そうしたシドニア様のご発言等も含め、しっかりと議題に上げませんとな。上げた後、どうするかを選択する必要がありましょうて」


 食えぬ男であり、隙を見せればこちらを食って来ようとする男にこれ以上言葉をかける必要は無いだろうと心で断じ「準備を進めて下さい」とだけ述べ、執務室に一人で入る。

  執務室にまとめてある資料の内、必要な情報をまとめていくアルハットは、霊子端末を取り出して、以前菊谷ヤエから譲り受けた、クアンタのマジカリング・デバイス――魔法少女変身システムのデータを見据える。


「第四世代型ゴルタナと、このマジカリング・デバイスのシステム……この二つの機能を兼ね備える新たなゴルタナが製造できるようになれば、きっと犠牲者を減らす事が出来る筈」


 必要な資料は、先日のアルハット領スラム街における火災被害に関するモノと、既にシドニアへ概要は渡してあるが、開発を進める第四世代型ゴルタナの企画案をまとめる。

  まとめるのに必要な時間は数時間程。アルハット領とシドニア領はそほど移動距離が必要ではないので、着替えと移動でそろそろ到着するかという時間を見計らい、まとめた資料を霊子端末に入れた後、執務室を出る。

  執務室のドアを開けると、既にドラファルドが待ち構えており、彼はぺこりとお辞儀をした上で「準備を進めております」とだけ言った。


「結構。そろそろシドニア様とリンナ様、リンナ様のお付きが到着なされると思いますので、準備が完了次第お声をかけてください」

「かしこまりました」


 事前に配布されていた刀は皇居に戻る前、アルハットが国防省の信頼できる人間に渡して、配備するように手配しているし、後は歓迎の準備さえ終わればそれで良いだろうとしたアルハットが、皇居の城門に設置されている待合の席で座りながら、三人の到着を待つ。

  時間はそほどかからなかった。

  シドニア領の馬車が開かれた城門から現れ、今シドニアが率先し、庭へと足を踏みいれる。

  彼はその後、黒のドレスに身を包んだリンナの手を取りながら、レディをエスコートするように下ろし、リンナは顔を赤くしながら「あ、ありがとうございましゅっ!」と呂律の回っていない口で礼をした。

  クスリと笑いながら、出迎える為に歩み寄ろうとしたアルハットだったが――しかし、足を止め、今目から入ってきた情報に、ただ呆然と、立ち尽くす。


  ス――ッと馬車より降りた、一人の女性。


  薔薇色を基本色とした、スーツとドレスを合わせたような装いの人物は、その黒髪をサラリと流しながら身なりを軽く正し、腰に備えた刀に手を添えた。

  それがクアンタであるという事は、彼女には分かっている。

  分かっている筈なのに――自然とそうした装いに身を包んで、その細く鋭い、しかし綺麗な視線を自分へと向けるクアンタに、アルハットは、顔をぼぅ、と火照らせた。


「長旅ご苦労様、クアンタ。疲れていないかい?」

「ご心配おかけいたします。シドニア様こそ、長旅お疲れ様でございました」


 そうした気品溢れる兄との会話も、彼女の悠然とした態度も、何もかもが、視界情報として彼女の脳を揺らし、ドンドン体温が高まっていく感覚がする。

  今、クアンタがアルハットへと近付き、腰を落として、彼女の左手を、取った。


「アルハット様」

「へ、あ、その……っ」

「到着にお時間を頂き申し訳ございません。――この度は我が方の刀匠・リンナをアルハット領へお呼び頂き、ありがとうございます」


 アルハットの手の甲に、軽く口付けるクアンタの、そうした紳士的な態度に。


  彼女は「きゅーんっ」と高鳴る胸に、空いている右手を胸元で握り締め、心の中で叫ぶ。


(ヤバい……、このクアンタ、超好みどストライク……ッ!!)
 
  
  **
  
  
  アルハット領の城内から、その様子を見据えるドラファルド・レンダは、口元の髭を撫でながら、ただニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「おい」

「ハ」


 近くにいた付き人に声をかけると、男はペコリと頭を下げながら声を上げ、ドラファルドからの命令を待つ。


「アルハットを監視しろ――皇族に付け入る隙を見つける事が出来るやもしれんぞ」

「――ハッ」


 男は何か含みがあるような、複雑な表情を浮かべた後、ドラファルドから遠ざかっていく。


  ドラファルドの卑下た笑みは――最早誰も見て等いない。
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