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第十章
五災刃-01
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シドニア・ヴ・レ・レアルタには三人の姉と、一人の妹がいる。
異母姉弟であるものの、しかし当人たちは強い血の繋がりを認識できる程、共通項に溢れ、シドニアは姉達と妹が苦手だった。
第一皇女であるイルメールは、単純に扱いづらい事が理由で。
第二皇女であるカルファスは琴線に触れると狂気に陥る事が理由で。
第三皇女であるアメリアは油断をすれば手中を収められてしまう事が理由で。
そして、第四皇女であり妹であるアルハットは――皇女の中でも一番苦手な存在だ。
理由は幾つかある。
元々シドニアの予想以上に優秀であった事もそうだし、その優秀な能力を持て余している事に対する憤慨もある。
そして、何より気にくわないのは――
**
アルハット・ヴ・ロ・レアルタは、執務室にドラファルド・レンダを呼び出した。
リンナには割り当てた客室にいて貰っている。シドニアは自室で公務に手を付けている事だろうと思うが、詳しくは不明である。
普段彼の付き人として後ろにいるカルファ・ドルストはおらず、それについてどうしたのかと問うと「何でもありません」とはぐらかされたが、しかしアルハットからしたらどうでもよかった。
「何か、御用ですかな」
「まずはどうぞ、掛けて下さい」
執務室の来客用ソファに腰かけるよう指示すると、彼は訝しみながらもその通りにし、対面にかけ直したアルハットが、今頭を下げた。
「先に一つ、謝らなければなりません」
「何をでしょうか」
「貴方へ、私は私自身の不手際、私自身の落ち度を含め、貴方に怒ってしまった事を」
「アルハット様、私は先代・アルハット様から仕えております故、一つ言わせて頂きますと、そう易々と頭を下げるのをお止めなさい。それは貴方の格を、そして皇族という品格をも乏しめる理由になります」
「そうはいきません。確かに必要のない謝罪はするべきではないけれど、私は私の無能さを蔑ろにして貴方を侮辱したのだから、それは皇族がどうとかの前に、人間として謝るべきであるから謝るのです。
……それに民主主義領の領主として、過ちを認める事が出来ない人間というのはどうなのかしら」
そうしたやり取りの中で、ドラファルドは目線を彼女と合わせ、彼女が何を企んでいるのかを目算しようとするが、しかしそれは難しい。
彼女は元よりプライドというプライドも持たぬ、皇族らしからぬ人間だ。だからこそドラファルドは付け入る隙があると踏んだのだが、今はそうしたプライドの無さすら、利用しているようにも思える。
「わかりました。まずはその謝罪をお受けいたしましょう。私としても、皇族に対しての態度で無いと自戒しております。申し訳ありません」
「気にしないで下さい。――これでようやく本題に入れるわ。私も、あまり心に重しを抱えた状態でこの話を切り出すのはイヤだったから」
「この話?」
「ええ――リンナ刀工鍛冶場はアルハット領に移転しない。コレはリンナ側の意向もあるけれど、私の意向でもあります」
「なるほど。それはつまり、アルハット様の支持率低下を意味していると、ご理解して頂いているのですかな?」
理解していない筈が無いだろう。もしこうした計算も出来ぬようであれば、アルハットは無能を通り越して愚か者である。
「理解はしています。――けれど、そこについてお話があるのです、ドラファルド・レンダ」
「どういう事ですかな?」
本心が読めない、先を理解できない、彼女が何を考えているかが分からぬから、何を言い出すかも理解できぬ。
「率直に言います。――別に、私としては領民の生活向上に繋がるのであれば、アルハット領の実質統治を貴方が行おうが、シドニア兄さまが行おうが、私が行おうが、構わないと思っています」
「……ほう」
「私は勉強不足の皇族であるでしょう。母から大した教育を受けていないという点も大きいでしょうが、何よりこれまで私は、貴方やお兄様などの有能な方々に囲まれていたからこそ、こうした立場でい続けられただけの事。
例えばアメリア姉さまのように、殆ど独断で政策を決める様にしていたら、数年と持たず、アルハット領は現在の生活水準を維持できなくなっていた事でしょう」
「アルハット様は謙虚でいらっしゃる」
「事実でしょう。そしてリンナ刀工鍛冶場をアルハット領に移せなかった事により、私の支持率低下は大なり小なり免れぬのは確かで、貴方はこの事態を好機と見て、アルハット領内でのシドニア兄さまへの支持率を下げにも向かう。これも間違いは無いですね?」
「ええ、それもお見通しでしたか」
「シドニア兄さまも気付いた上で笑っておられました」
シドニアがこうした事態を見抜くとは分かっていたが、しかし分かっている状態でただ笑っているだけというのは居心地が悪い。
向こうが何かしら手を打ってくるのかさえ分かれば手の施しようはあるが、そもそも笑っているというのは「事態を軽く見ている」のか「対処済みの問題」とされているのかも分からぬからだ。前者であればドラファルドにとって好機だが、後者であれば警戒が必要だ。
「では、私の傀儡として利用される立場になるという事も、ある程度はご自覚頂いていると?」
「そうね、それは特に構わないと思っています。……けれど、今の貴方が抱いている野望を実行されると、それなりに困るのです」
「私の野望とは」
「属領という立場からの脱却、自治独立、及び皇族政治からの離反についてです。
現状は災い対策の為、各領土間の足並みが崩れるのは避けたい。そして、各領土間の足並みを揃えるには、何だかんだ各皇族が領主として据えている現状が一番好ましい。
さらに災いの存在は領民へ周知させると混乱を招くからここも説明が難しい。そして貴方がシドニア領からの自治独立を目指せば、シドニア兄さまはアルハット領へ何らかの経済制裁を施行する可能性がある。いいえ、しなければシドニア領民への示しがつかないから、必ずするわ。
特にリンナ刀工鍛冶場をこちらに移せないという事は、今後の災い対策に必要な刀の搬入を行うリエルティック商会との貿易を制限してくる可能性も否定できない。
以上の理由から、今の貴方がやろうとしている事を肯定は出来ない、という事をご理解ください」
先ほど、アルハットを叱咤してから、一日と時間は経過していない。数時間は経過しているものの、その短い時間で立ち直り、そしてよくここまで思考を巡らせたものだ、と少し感心する。
「貴方は『どうしたいか』を考えたのですな」
「ええ。未熟な者なりに、どうしたいかをまず考え、そこからどうするかに繋げようとしたのです」
「その考え方は、確かに行き詰った時には最優のやり方です。……しかし、裏を返せば『結論在りき』になりかねない事も自覚なさい」
アルハットもコクリと頷き、彼の言いたい事を述べる。
「私はあくまで『どうしたいか』が先行し過ぎて『どうすればいいか』が未熟なのね」
「ええ。貴女の言い分も、その言い分の理論性も認識しました。それは認めましょう」
ドラファルドからすれば、アルハットの思考能力が高い事には利点と難点がある。
利点は思考能力が高ければ、ドラファルドが『なぜアルハットをこう動かすのか』を容易く理解できるからであり、説明の手間、そして理解した内容から彼女なりの行動を期待できるからだ。
難点は――少しでも自身の考え方と違えば、それに対しての反論や反発があり得る。
現状、彼女はその利点と難点、双方を有している。
「だから貴方の考えを、最後まで聞きたいのです。もし貴方の考えている内容と情勢を鑑みて、正しいと思えば貴方に従う。でも正しいと思えないのであれば、それを訂正してもらう」
「なるほど――ええ、まず政治には議論が必要ですな。その申し出を受けましょう」
異母姉弟であるものの、しかし当人たちは強い血の繋がりを認識できる程、共通項に溢れ、シドニアは姉達と妹が苦手だった。
第一皇女であるイルメールは、単純に扱いづらい事が理由で。
第二皇女であるカルファスは琴線に触れると狂気に陥る事が理由で。
第三皇女であるアメリアは油断をすれば手中を収められてしまう事が理由で。
そして、第四皇女であり妹であるアルハットは――皇女の中でも一番苦手な存在だ。
理由は幾つかある。
元々シドニアの予想以上に優秀であった事もそうだし、その優秀な能力を持て余している事に対する憤慨もある。
そして、何より気にくわないのは――
**
アルハット・ヴ・ロ・レアルタは、執務室にドラファルド・レンダを呼び出した。
リンナには割り当てた客室にいて貰っている。シドニアは自室で公務に手を付けている事だろうと思うが、詳しくは不明である。
普段彼の付き人として後ろにいるカルファ・ドルストはおらず、それについてどうしたのかと問うと「何でもありません」とはぐらかされたが、しかしアルハットからしたらどうでもよかった。
「何か、御用ですかな」
「まずはどうぞ、掛けて下さい」
執務室の来客用ソファに腰かけるよう指示すると、彼は訝しみながらもその通りにし、対面にかけ直したアルハットが、今頭を下げた。
「先に一つ、謝らなければなりません」
「何をでしょうか」
「貴方へ、私は私自身の不手際、私自身の落ち度を含め、貴方に怒ってしまった事を」
「アルハット様、私は先代・アルハット様から仕えております故、一つ言わせて頂きますと、そう易々と頭を下げるのをお止めなさい。それは貴方の格を、そして皇族という品格をも乏しめる理由になります」
「そうはいきません。確かに必要のない謝罪はするべきではないけれど、私は私の無能さを蔑ろにして貴方を侮辱したのだから、それは皇族がどうとかの前に、人間として謝るべきであるから謝るのです。
……それに民主主義領の領主として、過ちを認める事が出来ない人間というのはどうなのかしら」
そうしたやり取りの中で、ドラファルドは目線を彼女と合わせ、彼女が何を企んでいるのかを目算しようとするが、しかしそれは難しい。
彼女は元よりプライドというプライドも持たぬ、皇族らしからぬ人間だ。だからこそドラファルドは付け入る隙があると踏んだのだが、今はそうしたプライドの無さすら、利用しているようにも思える。
「わかりました。まずはその謝罪をお受けいたしましょう。私としても、皇族に対しての態度で無いと自戒しております。申し訳ありません」
「気にしないで下さい。――これでようやく本題に入れるわ。私も、あまり心に重しを抱えた状態でこの話を切り出すのはイヤだったから」
「この話?」
「ええ――リンナ刀工鍛冶場はアルハット領に移転しない。コレはリンナ側の意向もあるけれど、私の意向でもあります」
「なるほど。それはつまり、アルハット様の支持率低下を意味していると、ご理解して頂いているのですかな?」
理解していない筈が無いだろう。もしこうした計算も出来ぬようであれば、アルハットは無能を通り越して愚か者である。
「理解はしています。――けれど、そこについてお話があるのです、ドラファルド・レンダ」
「どういう事ですかな?」
本心が読めない、先を理解できない、彼女が何を考えているかが分からぬから、何を言い出すかも理解できぬ。
「率直に言います。――別に、私としては領民の生活向上に繋がるのであれば、アルハット領の実質統治を貴方が行おうが、シドニア兄さまが行おうが、私が行おうが、構わないと思っています」
「……ほう」
「私は勉強不足の皇族であるでしょう。母から大した教育を受けていないという点も大きいでしょうが、何よりこれまで私は、貴方やお兄様などの有能な方々に囲まれていたからこそ、こうした立場でい続けられただけの事。
例えばアメリア姉さまのように、殆ど独断で政策を決める様にしていたら、数年と持たず、アルハット領は現在の生活水準を維持できなくなっていた事でしょう」
「アルハット様は謙虚でいらっしゃる」
「事実でしょう。そしてリンナ刀工鍛冶場をアルハット領に移せなかった事により、私の支持率低下は大なり小なり免れぬのは確かで、貴方はこの事態を好機と見て、アルハット領内でのシドニア兄さまへの支持率を下げにも向かう。これも間違いは無いですね?」
「ええ、それもお見通しでしたか」
「シドニア兄さまも気付いた上で笑っておられました」
シドニアがこうした事態を見抜くとは分かっていたが、しかし分かっている状態でただ笑っているだけというのは居心地が悪い。
向こうが何かしら手を打ってくるのかさえ分かれば手の施しようはあるが、そもそも笑っているというのは「事態を軽く見ている」のか「対処済みの問題」とされているのかも分からぬからだ。前者であればドラファルドにとって好機だが、後者であれば警戒が必要だ。
「では、私の傀儡として利用される立場になるという事も、ある程度はご自覚頂いていると?」
「そうね、それは特に構わないと思っています。……けれど、今の貴方が抱いている野望を実行されると、それなりに困るのです」
「私の野望とは」
「属領という立場からの脱却、自治独立、及び皇族政治からの離反についてです。
現状は災い対策の為、各領土間の足並みが崩れるのは避けたい。そして、各領土間の足並みを揃えるには、何だかんだ各皇族が領主として据えている現状が一番好ましい。
さらに災いの存在は領民へ周知させると混乱を招くからここも説明が難しい。そして貴方がシドニア領からの自治独立を目指せば、シドニア兄さまはアルハット領へ何らかの経済制裁を施行する可能性がある。いいえ、しなければシドニア領民への示しがつかないから、必ずするわ。
特にリンナ刀工鍛冶場をこちらに移せないという事は、今後の災い対策に必要な刀の搬入を行うリエルティック商会との貿易を制限してくる可能性も否定できない。
以上の理由から、今の貴方がやろうとしている事を肯定は出来ない、という事をご理解ください」
先ほど、アルハットを叱咤してから、一日と時間は経過していない。数時間は経過しているものの、その短い時間で立ち直り、そしてよくここまで思考を巡らせたものだ、と少し感心する。
「貴方は『どうしたいか』を考えたのですな」
「ええ。未熟な者なりに、どうしたいかをまず考え、そこからどうするかに繋げようとしたのです」
「その考え方は、確かに行き詰った時には最優のやり方です。……しかし、裏を返せば『結論在りき』になりかねない事も自覚なさい」
アルハットもコクリと頷き、彼の言いたい事を述べる。
「私はあくまで『どうしたいか』が先行し過ぎて『どうすればいいか』が未熟なのね」
「ええ。貴女の言い分も、その言い分の理論性も認識しました。それは認めましょう」
ドラファルドからすれば、アルハットの思考能力が高い事には利点と難点がある。
利点は思考能力が高ければ、ドラファルドが『なぜアルハットをこう動かすのか』を容易く理解できるからであり、説明の手間、そして理解した内容から彼女なりの行動を期待できるからだ。
難点は――少しでも自身の考え方と違えば、それに対しての反論や反発があり得る。
現状、彼女はその利点と難点、双方を有している。
「だから貴方の考えを、最後まで聞きたいのです。もし貴方の考えている内容と情勢を鑑みて、正しいと思えば貴方に従う。でも正しいと思えないのであれば、それを訂正してもらう」
「なるほど――ええ、まず政治には議論が必要ですな。その申し出を受けましょう」
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