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第十一章
カルファス・ヴ・リ・レアルタ-09
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カルファス領に到着した、クアンタ、リンナ、アルハットの三人は、馬車に取り付けられた窓から見える、カルファス領首都・ファルムの景色を見据える。
人通りの多い歩道と、馬車が多く通る車道、更には特徴的なモニュメントとして、街の至る所に存在する噴水が印象強いだろう。
「やけに噴水が多いね」
「カルファス領……というより、カルファス姉さまの皇居が存在するこのファルムは、水の都とも言われているわ」
皇族用の馬車に乗っている為、窓から手を振る領民たちの姿を見据え、笑顔で手を振り返すカルファス。会話までは流石に聞こえていないだろうが、しかしクアンタとリンナが目配せすると、彼女もコクリと頷く。出来れば敬称と敬語をお願いしたい、という意味だ。
「なんで水の都なんですか?」
「簡単に言えば、水というのは生命の源だからよ。そして魔術という存在にとっても、源という言葉には、来る途中で説明していた【マナの源】に繋がる事もあるから、魔術師の家系が多いカルファス領では、そうした存在を崇めているのよ」
魔術師にはそうした信仰深い者が多く、また魔術師の家系が多く存在するカルファス領は、そうした者達が多く暮らしているが故に、彼らへの印象を良くするために設計された部分も多いという。
「後は、噴水というより、噴水を含めた街の構造そのものが結界になっているわ」
「結界って、なんか人を寄せ付けない的なカンジの奴ですか?」
「いや、むしろ逆だろう」
「クアンタは気付いたようね」
クアンタが窓から見える景色を眺めながら、街の構造を確認する。
ファルムという街の表通りは綺麗な曲線を描いた、円形の一本道と言った造りをしていて、非常に簡素である。
そうした表通りには商店や飲食店が集中し、噴水広場や公園等の、待ち合わせ等に最適な場所には定置にベンチが設置され、居易い空間を演出している。
「表通りで全てが完結するように、円となっていますね」
「全てが完結する、ってどういう意味?」
「簡単に言えば、表通りの店を使うだけで、生活必需品が全て補えるようになっている。それもどこから回ったとしても、一周回りきれば最初の地点に戻るように道が設計されている。これは経済的な結界だ」
「? それが何なの?」
「分からないかしら、リンナ。基本殆どの街は一本の直線に道を作り、その道に商店や飲食店を配置する。でもそうすると、元の道に戻るには振り返り、来た道を戻らなければいけないわよね?」
「え、まぁ、はい」
「この街の大通りは、そうする必要がない。それっていうのは無意識的にストレスフリーとなるのよ」
例えば、始点から終点までの一本道を歩くだけであれば、最終的に辿り着くのは終点でしかない。そこから始点へと戻る必要がある者は距離感を感じるという無意識のマイナス心理がある。
だが、この街のように円を描いた道にしている場合、始点と終点が全て同一地点になる。その間に点在する店のどこから一周しても、最終的には同じ場所に戻ってくる事により、実際の移動距離自体は一本道よりも長くなるが、距離的なマイナス心理は存在しない、もしくは薄くなるように設計されている。
「さらに目に見える範囲では、その円を描いた大通りから抜ける事の出来るそれぞれの通りは反対に、真っすぐに進む一本道化している。
もし別の通りへと行く場合は一度大通りを経由せざるを得ず、大通りにある店へ視線をどうしても移さなければならない。
その上、それぞれの通りを専門的な店や工場、酒場などの種別に分ける事によって区画整理を行い、必要のない通りに迷い込む事が無いように案内板を設置するなどの工夫がされている為、目的を以て行動する者からは不満が起きにくい」
よく観察し、心理を理解しているわねと、アルハットが頷きながら、霊子端末を起動し、ファルムの地図を表示する。
真ん中に円を描き、その円から伸びる十二本の線が等間隔に分けられ、更にその通りからは無数の枝分かれした細かい道が存在する。
「総合通りと呼ばれる日用雑貨や食品、軽食の摂れる飲食店等が集中する表の円形道と、十二本に及ぶ区画整理された工場や日用雑貨以外の専門店、酒場などの飲み屋街と言った専門道。さらにそうした専門道を抜けた先に住居地区がそれぞれある。
複雑な造りだけど、クアンタが言う様に、目的があれば最低限の移動だけで済む設計になっている。
そしてコレは、目的の有り無しに関わらず、表通りを歩いている者達が距離の心理的マイナスを受けずに、通りを見て回る口実・理由付けになるの。
――まぁ早い話が、自然と周りにある興味の無いお店さえもよく見れる様に設計されているから、財布の紐が緩まり易い街の造りになっている、という事よ」
そしてクアンタが面白いと感じた点は、綺麗な円形にして定置に同じような店やモニュメント等の目印を点在させる事で「先ほどもここに来たんじゃないか」という錯覚現象が起きやすいようになっている。
急いでいない者であれば自然ともう一周、円を描き歩いてしまうように、心理的影響を考えて設計されているとしか思えない。
「リンナ、結界とは貴女が言ったような、バリアみたいなものだけを言うんじゃないの。例えば人を引き寄せる、引き寄せた後に逃がさない、と言った設計もまた、結界と呼ばれるの」
「つまり……この街は、一度来た人を逃がしにくい、そんでもってお金を使いやすくなるように、心理的な効果を考えて設計されてるって事、ですか?」
「ええ。元々この街は『魔術を用いずにどれだけ人間の心理的影響を操る事が出来るか』というテストケースの為に設計されたらしいのだけれど、カルファス姉さまがこの街の構造を気に入っちゃってね。昔、区画整備を進めていた時に、ここをカルファス領の首都にしてしまおうと無理矢理決定したのよ」
無理矢理決めた、とは言っても理由として大きな言い分もある。こうした魔術を用いずに心理的な影響を与えられるという設計は、経済だけではなく戦時でも重要であるからだ。
例えばこうした非常に造りが分かりにくい設計にされている場合は、初見の者では進行方向を把握しにくく、足止めの効果もあるし、そもそも街の外へと逃げにくい設計にもなっている事から、撤退もさせにくいという利点もある。
「まさに結界ですね」
「魔術師の多くいる街なんだから、魔術で結界作っちゃえばいいのになぁ、ってアタシなんかは考えちゃいますけど」
「魔術師が作る工房や拠点の基本としては、魔術を用いる事無く人間を寄せ付ける事のない設計なのよ。
魔術師たちはそれぞれ、マナというエネルギーの流動を感じる事が出来る。つまりマナを用いて結界を作ってしまうと、どれだけマナの流動を隠蔽していても、自分より優秀な魔術師に居場所を看破されてしまう可能性がある」
事実、今三人の乗る馬車が通った道だけで見ても、どれだけ魔術師の工房があったかは数えきれないだろう――アルハットはそう言い切った。
「魔術師の工房はありとあらゆる場所に点在し、その実態を把握する事は難しい。カルファス姉さまでさえ、全ての工房は把握していない筈よ。
さらに魔術師の多くは名家と呼ばれる、歴史を積み重ねて巨万の富を築き上げて来た家系が多い。そうした家系がカモフラージュの為に資金を出し、工房の入口や出口に一般店を経営している場合もある。そうする事で一般人の出入りを多くし、より隠蔽性を高めている」
「なんか、スゲー色んな事考えて設計してるんすね、魔術師の工房って。ウチみたいに『リンナ刀工鍛冶場です!』って看板出すわけじゃなくて、誰にも見つからないようにしなきゃいけないんだ」
「それはそうよ。なんたって一子相伝の技術を遺していく必要があり、その技術を他所に知られるわけにはいかないもの。
この街は平和そうに見えて、実際には魔術師同士の殺し合いなんて日常茶飯事よ。実際カルファス姉さまの持つ技術を奪う為に、どれだけの魔術師が姉さまに勝負を挑み、その度に技術を奪われているかは数えきれないわ」
「カルファス様はそうした者を相手にするのですか?」
「それは姉さまが推奨しているわ。『私の持っている技術が欲しいものはかかっていらっしゃい。でも負けた時には貴方達の技術は私のモノよ』ってね」
「なんか、皇族らしからぬような、でもその正々堂々っぷりは皇族っぽいような、ですね……」
柔らかな雰囲気のカルファスと、魔術の事となると発狂しだして手に負えなくなるカルファスの、両面を知っているリンナとクアンタは、彼女ならばやりかねないかもしれないと頷く。
人通りの多い歩道と、馬車が多く通る車道、更には特徴的なモニュメントとして、街の至る所に存在する噴水が印象強いだろう。
「やけに噴水が多いね」
「カルファス領……というより、カルファス姉さまの皇居が存在するこのファルムは、水の都とも言われているわ」
皇族用の馬車に乗っている為、窓から手を振る領民たちの姿を見据え、笑顔で手を振り返すカルファス。会話までは流石に聞こえていないだろうが、しかしクアンタとリンナが目配せすると、彼女もコクリと頷く。出来れば敬称と敬語をお願いしたい、という意味だ。
「なんで水の都なんですか?」
「簡単に言えば、水というのは生命の源だからよ。そして魔術という存在にとっても、源という言葉には、来る途中で説明していた【マナの源】に繋がる事もあるから、魔術師の家系が多いカルファス領では、そうした存在を崇めているのよ」
魔術師にはそうした信仰深い者が多く、また魔術師の家系が多く存在するカルファス領は、そうした者達が多く暮らしているが故に、彼らへの印象を良くするために設計された部分も多いという。
「後は、噴水というより、噴水を含めた街の構造そのものが結界になっているわ」
「結界って、なんか人を寄せ付けない的なカンジの奴ですか?」
「いや、むしろ逆だろう」
「クアンタは気付いたようね」
クアンタが窓から見える景色を眺めながら、街の構造を確認する。
ファルムという街の表通りは綺麗な曲線を描いた、円形の一本道と言った造りをしていて、非常に簡素である。
そうした表通りには商店や飲食店が集中し、噴水広場や公園等の、待ち合わせ等に最適な場所には定置にベンチが設置され、居易い空間を演出している。
「表通りで全てが完結するように、円となっていますね」
「全てが完結する、ってどういう意味?」
「簡単に言えば、表通りの店を使うだけで、生活必需品が全て補えるようになっている。それもどこから回ったとしても、一周回りきれば最初の地点に戻るように道が設計されている。これは経済的な結界だ」
「? それが何なの?」
「分からないかしら、リンナ。基本殆どの街は一本の直線に道を作り、その道に商店や飲食店を配置する。でもそうすると、元の道に戻るには振り返り、来た道を戻らなければいけないわよね?」
「え、まぁ、はい」
「この街の大通りは、そうする必要がない。それっていうのは無意識的にストレスフリーとなるのよ」
例えば、始点から終点までの一本道を歩くだけであれば、最終的に辿り着くのは終点でしかない。そこから始点へと戻る必要がある者は距離感を感じるという無意識のマイナス心理がある。
だが、この街のように円を描いた道にしている場合、始点と終点が全て同一地点になる。その間に点在する店のどこから一周しても、最終的には同じ場所に戻ってくる事により、実際の移動距離自体は一本道よりも長くなるが、距離的なマイナス心理は存在しない、もしくは薄くなるように設計されている。
「さらに目に見える範囲では、その円を描いた大通りから抜ける事の出来るそれぞれの通りは反対に、真っすぐに進む一本道化している。
もし別の通りへと行く場合は一度大通りを経由せざるを得ず、大通りにある店へ視線をどうしても移さなければならない。
その上、それぞれの通りを専門的な店や工場、酒場などの種別に分ける事によって区画整理を行い、必要のない通りに迷い込む事が無いように案内板を設置するなどの工夫がされている為、目的を以て行動する者からは不満が起きにくい」
よく観察し、心理を理解しているわねと、アルハットが頷きながら、霊子端末を起動し、ファルムの地図を表示する。
真ん中に円を描き、その円から伸びる十二本の線が等間隔に分けられ、更にその通りからは無数の枝分かれした細かい道が存在する。
「総合通りと呼ばれる日用雑貨や食品、軽食の摂れる飲食店等が集中する表の円形道と、十二本に及ぶ区画整理された工場や日用雑貨以外の専門店、酒場などの飲み屋街と言った専門道。さらにそうした専門道を抜けた先に住居地区がそれぞれある。
複雑な造りだけど、クアンタが言う様に、目的があれば最低限の移動だけで済む設計になっている。
そしてコレは、目的の有り無しに関わらず、表通りを歩いている者達が距離の心理的マイナスを受けずに、通りを見て回る口実・理由付けになるの。
――まぁ早い話が、自然と周りにある興味の無いお店さえもよく見れる様に設計されているから、財布の紐が緩まり易い街の造りになっている、という事よ」
そしてクアンタが面白いと感じた点は、綺麗な円形にして定置に同じような店やモニュメント等の目印を点在させる事で「先ほどもここに来たんじゃないか」という錯覚現象が起きやすいようになっている。
急いでいない者であれば自然ともう一周、円を描き歩いてしまうように、心理的影響を考えて設計されているとしか思えない。
「リンナ、結界とは貴女が言ったような、バリアみたいなものだけを言うんじゃないの。例えば人を引き寄せる、引き寄せた後に逃がさない、と言った設計もまた、結界と呼ばれるの」
「つまり……この街は、一度来た人を逃がしにくい、そんでもってお金を使いやすくなるように、心理的な効果を考えて設計されてるって事、ですか?」
「ええ。元々この街は『魔術を用いずにどれだけ人間の心理的影響を操る事が出来るか』というテストケースの為に設計されたらしいのだけれど、カルファス姉さまがこの街の構造を気に入っちゃってね。昔、区画整備を進めていた時に、ここをカルファス領の首都にしてしまおうと無理矢理決定したのよ」
無理矢理決めた、とは言っても理由として大きな言い分もある。こうした魔術を用いずに心理的な影響を与えられるという設計は、経済だけではなく戦時でも重要であるからだ。
例えばこうした非常に造りが分かりにくい設計にされている場合は、初見の者では進行方向を把握しにくく、足止めの効果もあるし、そもそも街の外へと逃げにくい設計にもなっている事から、撤退もさせにくいという利点もある。
「まさに結界ですね」
「魔術師の多くいる街なんだから、魔術で結界作っちゃえばいいのになぁ、ってアタシなんかは考えちゃいますけど」
「魔術師が作る工房や拠点の基本としては、魔術を用いる事無く人間を寄せ付ける事のない設計なのよ。
魔術師たちはそれぞれ、マナというエネルギーの流動を感じる事が出来る。つまりマナを用いて結界を作ってしまうと、どれだけマナの流動を隠蔽していても、自分より優秀な魔術師に居場所を看破されてしまう可能性がある」
事実、今三人の乗る馬車が通った道だけで見ても、どれだけ魔術師の工房があったかは数えきれないだろう――アルハットはそう言い切った。
「魔術師の工房はありとあらゆる場所に点在し、その実態を把握する事は難しい。カルファス姉さまでさえ、全ての工房は把握していない筈よ。
さらに魔術師の多くは名家と呼ばれる、歴史を積み重ねて巨万の富を築き上げて来た家系が多い。そうした家系がカモフラージュの為に資金を出し、工房の入口や出口に一般店を経営している場合もある。そうする事で一般人の出入りを多くし、より隠蔽性を高めている」
「なんか、スゲー色んな事考えて設計してるんすね、魔術師の工房って。ウチみたいに『リンナ刀工鍛冶場です!』って看板出すわけじゃなくて、誰にも見つからないようにしなきゃいけないんだ」
「それはそうよ。なんたって一子相伝の技術を遺していく必要があり、その技術を他所に知られるわけにはいかないもの。
この街は平和そうに見えて、実際には魔術師同士の殺し合いなんて日常茶飯事よ。実際カルファス姉さまの持つ技術を奪う為に、どれだけの魔術師が姉さまに勝負を挑み、その度に技術を奪われているかは数えきれないわ」
「カルファス様はそうした者を相手にするのですか?」
「それは姉さまが推奨しているわ。『私の持っている技術が欲しいものはかかっていらっしゃい。でも負けた時には貴方達の技術は私のモノよ』ってね」
「なんか、皇族らしからぬような、でもその正々堂々っぷりは皇族っぽいような、ですね……」
柔らかな雰囲気のカルファスと、魔術の事となると発狂しだして手に負えなくなるカルファスの、両面を知っているリンナとクアンタは、彼女ならばやりかねないかもしれないと頷く。
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