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第十二章
進化-06
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「……それにさっき、アルハットは言ってたよね? アタシが使う為に、今回のデバイス開発を進めていたって。
なら、アタシのせいでもある。
アタシに、力が無いから……アタシが、ただクアンタに守られるだけの、か弱い女でしかないから……っ!」
ボロボロと涙を流すリンナの肩に、カルファスは手を触れようとしたが――その華奢で弱弱しい少女の肩に、どう手を触れれば良いのか、分からなかった。
「姉さま、リンナとクアンタをお願いしてもよろしいでしょうか」
「え……うん、いいけど、アルちゃんはどうするの?」
「既にシドニア兄さま他、イルメール姉さまとアメリア姉さまにも連絡をさせて頂きました。例の、餓鬼という災いへの尋問を行いますので、迎えに行こうかと。サーニスさんを護衛に付けるまで、リンナとクアンタの安全を守らないと」
霊子端末を取り出したアルハットが、リンナへ一度だけ視線を送る。
「リンナ」
「……なに、アルハット」
「貴女は力が無いと言ったわね」
「言ったよ。事実、アタシは誰かから守ってもらわなきゃならない位に弱くて……」
「そうかもしれない。でも、こんな言葉でいいのか分からないけれど、言わせてほしい。
――貴女は、私に『どうしたいか』が大切であると教えてくれた。力のない貴女が、皇族である私に怒鳴りつけて、でも私の事を想った叫びを上げてくれた。
クアンタも私も、きっとシドニア兄さまもイルメール姉さまも、カルファス姉さまもアメリア姉さまも、貴女を守る理由は、ただ一つ。
貴女が好きだから。貴女の真っすぐで、何時でも誰かの事を想える、誰かの痛みに気付ける、誰かの願いに寄り添える、優しくて純粋な貴女が、大好きなのよ。
仮に貴女がどれだけ強かったとしても、私たちは貴女を守るために全力を尽くす。
それだけは、忘れないで」
最後にアルハットが浮かべた微笑みだけは、リンナも視線を向けて見送った。
霊子の粒となってその場から消えたアルハットを見届けたリンナとカルファスは、その場で長く沈黙していたが――しかし、カルファスが口を開く。
「ねえ、リンナちゃん。リンナちゃんはさ、守られたり、助けられたりするのは、キライ?」
「……キライじゃ、ないです。でも、クアンタはアタシの事を何時も守ってくれる、アタシの為に何でもしてくれる……そうしたあの子に、アタシは何にも、何にも返せてなくて」
「返してるよ。いっぱい、色んな事をしてあげてる」
カルファスは、リンナの隣に椅子を持っていき、彼女の手をそっと握って、今出来る最大限の笑顔を浮かべようとしたが、瞬間頭を過ったのは、明るい記憶でも楽しかった思い出でも無く――ただ、魔術師達との殺し合いの日々で、それが何だか可笑しかったから出た笑いは、恐らく苦笑と呼ぶべき種類の笑みだろう。
「私はね、誰かに守られることも、守ってくることもしてこなかった……出来なかった、が正しかったかな」
「カルファス様……?」
「子供の頃から、私の事を守ってくれる人なんかいなかった。もっと遅くに生まれていたら、イル姉さまが助けてくれたりしたのかもしれないけど、歳の差が二つしかないから、あの人が強くなるよりも前に、私が自分で強くなる方法を探る方がよっぽど有意義だった」
魔術師として命を与えられ、産まれてから今日のこの日まで、カルファスに平穏という言葉等無かった。
物心つく頃から、カルファスは魔術回路を狙う者たちから何度となく殺されかけた。
それを裏で手引きしていた母を更迭し、自らがカルファスの名を受け継いだ後は、皇族として、カルファス領領主としての、騙し騙されの政治という世界も経験した。
知識水準の低い領民に苦労させられる事もあった。
――妹のアメリア、弟のシドニアという、狡知に長けた者達と渡り合う為に、魔術以外にも学ばねばならぬ事が多い中で、カルファスはそうした人としての生を捨てたのだと言う。
「まともな神経じゃいられなかった。外に出れば殺されかかって、家の中でも殺されかかって、そして外交に出れば経済的に殺されかかって……って、そんな生活してたから、私は敵になる人へは何してもいいんじゃないかって思うようにもなったよね」
だから本当に、カルファスはリンナが何故、餓鬼へした事をあれほどに怒ったか、理解できないのだと言う。
「餓鬼ちゃんは、私を殺そうとした。当然だよね、餓鬼ちゃんは災いで、私は人間側の皇族なんだ。必要があれば殺そうとすると思う。
でも、私はもしあの子が、災いじゃなくて人間だったとしても、同じことをしたんだと思う。
あの子は私の敵となり、私を殺そうとした。なら私は、あの子を殺す事以上をしないけれど、代わりに死ぬより前の事は何だってやる。
拷問だろうが尋問だろうが、尊厳を踏み躙る事だってする。
――人にとって何よりも大切な命を踏み躙る奴は、同じ事をされても厭わない、覚悟が必要だもの」
リンナは、そう言ったカルファスの言葉に――自分自身でも驚くほどに、怒りが湧いてこなかった。
悲しみに暮れていたからではない。
カルファスの想いが、どこか伝わったような気がしたからかもしれない。
「人の身体で最も大切な物、リンナちゃんは何だと思う?」
「……命、ですか?」
「そうだねぇ、私もそう思う。でも例えば魔術師なんかは、命よりも魔術回路の方が大切って考えの人、結構いるんだ。もし自分が死んでも、魔術回路を残せればって考えの人もいる位。……ふふ、ホントに狂ってるよね、あの人たち」
人も、動物も、災いも、恐らくフォーリナー等と言った生命体も、きっと何よりも命というものを尊ぶ筈であろうに。
けれど、魔術師はそうではない。
数代、十数代と続けられた家系の呪縛、源への執着、魔術師としての誇り。
そうした、命よりも大切にする何かを守るために、彼らもまた力をつけ、戦うのだという。
――そして時には、他者の守るべきものを踏み躙ってでも、自らの守りたいものを守るために。
だがそれは、魔術師だけに留まりはしない。
普通の人だって、命を守るために、誰かの命を陥れたりするように、価値観が異なるだけで、その根っこにある部分は一緒なのだと、カルファスは思う。
「身体以外で大切な存在――例えば他人とか、リンナちゃんは何が一番大切?」
「……アタシは」
「ううん、今ここで答える必要は無い。あるかどうかだけ知りたかっただけ。
……リンナちゃんには、きっと多くの大切がいっぱいあるんだ。時に自分の命を、危険を顧みる事無く守りたいと願う、大切なモノ。
そうした大切な人を守るための力が欲しいって、強くなりたいって願う、自分のなりたい姿になる、そうした自分に大成する。
それこそ私は、進化のあるべき形だと思うんだ」
進化。
クアンタとアルハットが口にした言葉。
リンナには、進化が何か、分からない。
リンナは何時だって人の身でしかなく、人の身以上の事をしたいと願った事は一度も無い。
ただ――人の身で出来る事はしたいと、願う事は幾度もあっただろうが。
「リンナちゃんは、クアンタちゃんに守られてばかり、何も返せない自分がイヤだって言ったよね?」
「……はい」
「でもリンナちゃんは、そうした自分の足りない部分を、どうしたいって気持ちをしっかり抱けてる。それだけで十分に凄い事だし、その想いはきっと、クアンタちゃんに届いてる。
強さはこれから幾らでも身に着ける事が出来るし、リンナちゃんがリンナちゃんなりに、クアンタちゃんを守る方法は、きっとどこかにあるんだ。
……決して、私の様に歪まず、その気持ちを抱き続けて、しっかりと前を向いて。
私は、そうやって前を向いて、なりたい自分になろうと戦う人が好き。
そういう人たちを守るために――より良い皇族になろうと決めたんだから」
なら、アタシのせいでもある。
アタシに、力が無いから……アタシが、ただクアンタに守られるだけの、か弱い女でしかないから……っ!」
ボロボロと涙を流すリンナの肩に、カルファスは手を触れようとしたが――その華奢で弱弱しい少女の肩に、どう手を触れれば良いのか、分からなかった。
「姉さま、リンナとクアンタをお願いしてもよろしいでしょうか」
「え……うん、いいけど、アルちゃんはどうするの?」
「既にシドニア兄さま他、イルメール姉さまとアメリア姉さまにも連絡をさせて頂きました。例の、餓鬼という災いへの尋問を行いますので、迎えに行こうかと。サーニスさんを護衛に付けるまで、リンナとクアンタの安全を守らないと」
霊子端末を取り出したアルハットが、リンナへ一度だけ視線を送る。
「リンナ」
「……なに、アルハット」
「貴女は力が無いと言ったわね」
「言ったよ。事実、アタシは誰かから守ってもらわなきゃならない位に弱くて……」
「そうかもしれない。でも、こんな言葉でいいのか分からないけれど、言わせてほしい。
――貴女は、私に『どうしたいか』が大切であると教えてくれた。力のない貴女が、皇族である私に怒鳴りつけて、でも私の事を想った叫びを上げてくれた。
クアンタも私も、きっとシドニア兄さまもイルメール姉さまも、カルファス姉さまもアメリア姉さまも、貴女を守る理由は、ただ一つ。
貴女が好きだから。貴女の真っすぐで、何時でも誰かの事を想える、誰かの痛みに気付ける、誰かの願いに寄り添える、優しくて純粋な貴女が、大好きなのよ。
仮に貴女がどれだけ強かったとしても、私たちは貴女を守るために全力を尽くす。
それだけは、忘れないで」
最後にアルハットが浮かべた微笑みだけは、リンナも視線を向けて見送った。
霊子の粒となってその場から消えたアルハットを見届けたリンナとカルファスは、その場で長く沈黙していたが――しかし、カルファスが口を開く。
「ねえ、リンナちゃん。リンナちゃんはさ、守られたり、助けられたりするのは、キライ?」
「……キライじゃ、ないです。でも、クアンタはアタシの事を何時も守ってくれる、アタシの為に何でもしてくれる……そうしたあの子に、アタシは何にも、何にも返せてなくて」
「返してるよ。いっぱい、色んな事をしてあげてる」
カルファスは、リンナの隣に椅子を持っていき、彼女の手をそっと握って、今出来る最大限の笑顔を浮かべようとしたが、瞬間頭を過ったのは、明るい記憶でも楽しかった思い出でも無く――ただ、魔術師達との殺し合いの日々で、それが何だか可笑しかったから出た笑いは、恐らく苦笑と呼ぶべき種類の笑みだろう。
「私はね、誰かに守られることも、守ってくることもしてこなかった……出来なかった、が正しかったかな」
「カルファス様……?」
「子供の頃から、私の事を守ってくれる人なんかいなかった。もっと遅くに生まれていたら、イル姉さまが助けてくれたりしたのかもしれないけど、歳の差が二つしかないから、あの人が強くなるよりも前に、私が自分で強くなる方法を探る方がよっぽど有意義だった」
魔術師として命を与えられ、産まれてから今日のこの日まで、カルファスに平穏という言葉等無かった。
物心つく頃から、カルファスは魔術回路を狙う者たちから何度となく殺されかけた。
それを裏で手引きしていた母を更迭し、自らがカルファスの名を受け継いだ後は、皇族として、カルファス領領主としての、騙し騙されの政治という世界も経験した。
知識水準の低い領民に苦労させられる事もあった。
――妹のアメリア、弟のシドニアという、狡知に長けた者達と渡り合う為に、魔術以外にも学ばねばならぬ事が多い中で、カルファスはそうした人としての生を捨てたのだと言う。
「まともな神経じゃいられなかった。外に出れば殺されかかって、家の中でも殺されかかって、そして外交に出れば経済的に殺されかかって……って、そんな生活してたから、私は敵になる人へは何してもいいんじゃないかって思うようにもなったよね」
だから本当に、カルファスはリンナが何故、餓鬼へした事をあれほどに怒ったか、理解できないのだと言う。
「餓鬼ちゃんは、私を殺そうとした。当然だよね、餓鬼ちゃんは災いで、私は人間側の皇族なんだ。必要があれば殺そうとすると思う。
でも、私はもしあの子が、災いじゃなくて人間だったとしても、同じことをしたんだと思う。
あの子は私の敵となり、私を殺そうとした。なら私は、あの子を殺す事以上をしないけれど、代わりに死ぬより前の事は何だってやる。
拷問だろうが尋問だろうが、尊厳を踏み躙る事だってする。
――人にとって何よりも大切な命を踏み躙る奴は、同じ事をされても厭わない、覚悟が必要だもの」
リンナは、そう言ったカルファスの言葉に――自分自身でも驚くほどに、怒りが湧いてこなかった。
悲しみに暮れていたからではない。
カルファスの想いが、どこか伝わったような気がしたからかもしれない。
「人の身体で最も大切な物、リンナちゃんは何だと思う?」
「……命、ですか?」
「そうだねぇ、私もそう思う。でも例えば魔術師なんかは、命よりも魔術回路の方が大切って考えの人、結構いるんだ。もし自分が死んでも、魔術回路を残せればって考えの人もいる位。……ふふ、ホントに狂ってるよね、あの人たち」
人も、動物も、災いも、恐らくフォーリナー等と言った生命体も、きっと何よりも命というものを尊ぶ筈であろうに。
けれど、魔術師はそうではない。
数代、十数代と続けられた家系の呪縛、源への執着、魔術師としての誇り。
そうした、命よりも大切にする何かを守るために、彼らもまた力をつけ、戦うのだという。
――そして時には、他者の守るべきものを踏み躙ってでも、自らの守りたいものを守るために。
だがそれは、魔術師だけに留まりはしない。
普通の人だって、命を守るために、誰かの命を陥れたりするように、価値観が異なるだけで、その根っこにある部分は一緒なのだと、カルファスは思う。
「身体以外で大切な存在――例えば他人とか、リンナちゃんは何が一番大切?」
「……アタシは」
「ううん、今ここで答える必要は無い。あるかどうかだけ知りたかっただけ。
……リンナちゃんには、きっと多くの大切がいっぱいあるんだ。時に自分の命を、危険を顧みる事無く守りたいと願う、大切なモノ。
そうした大切な人を守るための力が欲しいって、強くなりたいって願う、自分のなりたい姿になる、そうした自分に大成する。
それこそ私は、進化のあるべき形だと思うんだ」
進化。
クアンタとアルハットが口にした言葉。
リンナには、進化が何か、分からない。
リンナは何時だって人の身でしかなく、人の身以上の事をしたいと願った事は一度も無い。
ただ――人の身で出来る事はしたいと、願う事は幾度もあっただろうが。
「リンナちゃんは、クアンタちゃんに守られてばかり、何も返せない自分がイヤだって言ったよね?」
「……はい」
「でもリンナちゃんは、そうした自分の足りない部分を、どうしたいって気持ちをしっかり抱けてる。それだけで十分に凄い事だし、その想いはきっと、クアンタちゃんに届いてる。
強さはこれから幾らでも身に着ける事が出来るし、リンナちゃんがリンナちゃんなりに、クアンタちゃんを守る方法は、きっとどこかにあるんだ。
……決して、私の様に歪まず、その気持ちを抱き続けて、しっかりと前を向いて。
私は、そうやって前を向いて、なりたい自分になろうと戦う人が好き。
そういう人たちを守るために――より良い皇族になろうと決めたんだから」
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