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第十二章
進化-10
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既に、十何倍の重力を感じている筈のイルメールが、一歩一歩前へ進む光景は、ただの恐怖しか感じない。
こういう時、下手に恐怖心を抱いてしまう感情や思考という無駄なものが、なぜ自身に備わってしまっているのか、それを悔やむけれど、しかし嘆いてばかりもいられない。
「っお……っ、ぐ……、コレは、結構効くな」
そこでイルメールが、初めて表情を若干崩し、僅かに姿勢を前のめりにする。
「……二十倍の重力をお前にだけ付与して、ようやくソレか。ホント、バケモノでしかないな、イルメール」
「で? それがオメェの全力か?」
「ああ……オレの力は【合計数二十倍率の重力を操る能力】だからな」
そこで、フ――と身体が軽く感じるシドニアが、今膝を起こして身体を伸ばす。
サーニスも今一度身体を動かし、自身へ圧し掛かっていた重力が解放されている事を知り、シドニアと隣り合う。
「つまり姉上にのみ重力操作が及んだ結果、我々の身体が自由になったわけだ」
シドニアと相対し、今までサーニスと睨み合っていた暗鬼が、そこでニィと口元を上げた。
「宜し。豪鬼の援護というのはただの殺戮であれば便利だが、しかし果し合いの場合は好ましいとは思えんでな」
「何とも、舐められたものだな」
サーニスが刀を収め、普段使用するレイピアを抜いた瞬間、斬鬼も「否」と首を横に振る。
「舐めてはおらん。己が望むのは強敵との果し合いでしかない。ただの雑魚との戦いは作業でしかなく、故にさっさと終わらせてしまった方が良いであろう」
「だが強敵相手であれば、何人も邪魔をしない純然たる戦いを求める……貴様はそう言いたいのだな?」
「応ともよ。己は人間とは異なる災いであるが、しかし名を有したが故にそうした個性を身に着けてしまった。
――しかし、個性や感情、思考というのは、時に本来の役割や存在意義すらも否定する。特に己のこうした、決闘主義というのは如何せん面倒でな」
「だがその心意気、気に入ったぞ斬鬼。……シドニア様」
「分かった、斬鬼は君に任せよう」
となれば――とシドニアは、周りの状況を見定める。
今、アルハットが試験管より取り出した、水銀が空を駆けた。
一尾の蛇にも似た蛇行で餓鬼へと迫る、アルハットの操る水銀が、餓鬼の手にまとわれる豪炎によって弾かれるようにされたが、しかし水銀はあくまで炎から距離を取るのみで、決して餓鬼へと迫る事を止めはしない。
「う――ザイなぁあッ!!」
地を蹴り、距離を取るアルハットへと迫ろうとする餓鬼。
だが、その動きを見込んでいたかのように、アルハットは地面に手を触れ、その地面を隆起させ、足元を抉らせて壁を作り上げた。
「っ、!」
突如自身とアルハットを遮る壁に、つい足を止めてしまう餓鬼。
だが、足を止めればそれだけアルハットの思うツボとなる。
壁が視界を遮っていた為か、上空へ舞い、月夜と燃え盛る炎によって輝く、計十二本のボルトが目に入らなかったようだ。
パチンと鳴らされた、アルハットの指。それと共に放出される青白い光が当たると、ボルトは一瞬で先端を鋭利に伸ばし、そして空気を押し出すようにして急速に動き出す十二本が、彼女の全身を次々に貫いていく。
「が――ぎぃいいっ!!」
死にはしない、だが痛みはある。故に餓鬼は苛立ちを隠せぬと言わんばかりに、アルハットと餓鬼を遮る土の壁へ向けて思い切り殴りつけた餓鬼。
殴りつけた事によって、根本を除いて炎へと置き換えられた土の壁。
急遽後ろに飛んで餓鬼と距離を取ったアルハットが、今の現象を見据えて「貴女の能力は随分と怖いわね」と手を組んだ。
「触れたものを炎に置換する能力――けれど、今みたいに地面と同化している土の壁を置換した場合、この星と接続されているものをどう置換するか知りたかったのだけれど」
「フン、アンタもカルファスと一緒だね。小難しい事ばっか考えて戦いに集中しねぇんだからさ……っ」
「集中してるわ。集中しているからこそ、そうしてあなたの能力を真に知ろうとしているだけの事」
「そういう考え事する余裕がある風なのが気にくわねェって言ってんじゃんッ!!」
アルハットと餓鬼との戦いは一進一退。
どちらも攻め切る事が出来ずにいる状況であり、またアルハットも意図してそうした状況を作り出している。
また捕獲するとすれば、この中で一番容易いのは餓鬼であろう。
彼女はこれまでの流れからして、思考能力がそう高い方ではない。戦闘能力としても、応用の利きやすい豪鬼、シンプル故に当人の強さが目立つ斬鬼と異なり、触れさせさえしなければ、その豪炎もただの火炎でしかない。
「シドニアはアルハットに手を貸さないのかい?」
「それは君の動き次第だ、暗鬼」
「今の所この中で一番面倒なのは主じゃからな」
現在の状況は混沌としているが、しかし分かりやすく一騎打ちの状況が作られてきた事は間違いない。
イルメールと豪鬼は、そのイルメールに付与された二十倍率の重力が圧し掛かり、彼女の動きを抑制しているが故に、身体能力としては敵わぬ豪鬼でも相対出来ているし。
サーニスと斬鬼は、元より高い戦闘能力を持つ二者同士であるから、今は既に目で追いつけぬ程の斬撃による攻防が行われている。
アルハットと餓鬼は、アルハットが状況を握ってこそいるが、しかし餓鬼の能力が強力であるが故に攻め切れていない状況。
こうした中、動いている様子も見受けられない暗鬼を監視するシドニアと、アメリア。
「ドラファルド・レンダから君の能力に関しては聞いている。全てでは無いだろうが、君は相手の記憶に障害を引き起こす能力を持ち得、この障害は五人程度の人間へ同時に引き起こす事が出来ると言う」
「ああ、それは嘘じゃない。あの時はドラファルドにボクが活躍できる場を用意して貰う予定だったから、それなりに本当の事を話したよ」
「まことに面倒な能力じゃ。例えすぐに修復できるとしても、記憶に障害を引き起こす能力は使い所次第では世界をも滅ぼせるでのォ。
……そして主は、故にそうした能力を熟知し、自分が動ける場所で無ければ動かぬ事が出来る」
シドニアが無闇に暗鬼へと斬りかからぬ理由もそれだ。
暗鬼の持つ能力を活用すれば、シドニアの動きを如何にかく乱する事も可能だし、その隙を突いて他の面々――面倒なのはアメリアという戦闘能力を持たぬ彼女の暗殺なども容易であるという事だ。
(……失敗じゃの)
(ええ。確かにサーニスがいる事は好ましいですが、しかし姉上の警護が薄い状況で、危険に晒すのは得策ではない)
だが二者は気付いていないが、暗鬼も現在、自分が面倒な状況にあると考えている。
(アメリアがボクに注目してるのが一番面倒なんだよなぁ……アルハットもそうだったけれど、ボクの能力は障害を起こした記憶に関わるキィワードをすぐにでも思い出せる状況じゃ効果が薄い。
何の記憶に障害を引き起こすかによって変わるけれど、思考が柔らかくて早い人物は、その分だけ記憶障害からの回復も早い。だからアルハットとアメリアを早々に潰したかったのだけれど)
だが、その面倒と感じている心は見通させない。
暗鬼は微笑みをアメリアに向け、そして周りを見渡す。
(けれど、そろそろ作戦に動けると思う。その作戦が成功すれば、現状を幾らでも打破は可能だ。
人間は、共闘による団結力が非常に厄介な反面、そうした団結力が一つでも瓦解すれば、脆い物。
――そしてその瓦解した部分が、要であればあるだけ、建て直しは難しくなる)
戦闘を行っている六名は気付いていなかったかもしれないが。
その時、アメリアとシドニア、そして暗鬼の三人は、今戦場と化しているその場へと駆けつけてくる二人分の足音に気付き、アメリアとシドニアは、無意識的にそちらへと視線を向けてしまった。
――瞬間、暗鬼は自分の能力を発動した。
こういう時、下手に恐怖心を抱いてしまう感情や思考という無駄なものが、なぜ自身に備わってしまっているのか、それを悔やむけれど、しかし嘆いてばかりもいられない。
「っお……っ、ぐ……、コレは、結構効くな」
そこでイルメールが、初めて表情を若干崩し、僅かに姿勢を前のめりにする。
「……二十倍の重力をお前にだけ付与して、ようやくソレか。ホント、バケモノでしかないな、イルメール」
「で? それがオメェの全力か?」
「ああ……オレの力は【合計数二十倍率の重力を操る能力】だからな」
そこで、フ――と身体が軽く感じるシドニアが、今膝を起こして身体を伸ばす。
サーニスも今一度身体を動かし、自身へ圧し掛かっていた重力が解放されている事を知り、シドニアと隣り合う。
「つまり姉上にのみ重力操作が及んだ結果、我々の身体が自由になったわけだ」
シドニアと相対し、今までサーニスと睨み合っていた暗鬼が、そこでニィと口元を上げた。
「宜し。豪鬼の援護というのはただの殺戮であれば便利だが、しかし果し合いの場合は好ましいとは思えんでな」
「何とも、舐められたものだな」
サーニスが刀を収め、普段使用するレイピアを抜いた瞬間、斬鬼も「否」と首を横に振る。
「舐めてはおらん。己が望むのは強敵との果し合いでしかない。ただの雑魚との戦いは作業でしかなく、故にさっさと終わらせてしまった方が良いであろう」
「だが強敵相手であれば、何人も邪魔をしない純然たる戦いを求める……貴様はそう言いたいのだな?」
「応ともよ。己は人間とは異なる災いであるが、しかし名を有したが故にそうした個性を身に着けてしまった。
――しかし、個性や感情、思考というのは、時に本来の役割や存在意義すらも否定する。特に己のこうした、決闘主義というのは如何せん面倒でな」
「だがその心意気、気に入ったぞ斬鬼。……シドニア様」
「分かった、斬鬼は君に任せよう」
となれば――とシドニアは、周りの状況を見定める。
今、アルハットが試験管より取り出した、水銀が空を駆けた。
一尾の蛇にも似た蛇行で餓鬼へと迫る、アルハットの操る水銀が、餓鬼の手にまとわれる豪炎によって弾かれるようにされたが、しかし水銀はあくまで炎から距離を取るのみで、決して餓鬼へと迫る事を止めはしない。
「う――ザイなぁあッ!!」
地を蹴り、距離を取るアルハットへと迫ろうとする餓鬼。
だが、その動きを見込んでいたかのように、アルハットは地面に手を触れ、その地面を隆起させ、足元を抉らせて壁を作り上げた。
「っ、!」
突如自身とアルハットを遮る壁に、つい足を止めてしまう餓鬼。
だが、足を止めればそれだけアルハットの思うツボとなる。
壁が視界を遮っていた為か、上空へ舞い、月夜と燃え盛る炎によって輝く、計十二本のボルトが目に入らなかったようだ。
パチンと鳴らされた、アルハットの指。それと共に放出される青白い光が当たると、ボルトは一瞬で先端を鋭利に伸ばし、そして空気を押し出すようにして急速に動き出す十二本が、彼女の全身を次々に貫いていく。
「が――ぎぃいいっ!!」
死にはしない、だが痛みはある。故に餓鬼は苛立ちを隠せぬと言わんばかりに、アルハットと餓鬼を遮る土の壁へ向けて思い切り殴りつけた餓鬼。
殴りつけた事によって、根本を除いて炎へと置き換えられた土の壁。
急遽後ろに飛んで餓鬼と距離を取ったアルハットが、今の現象を見据えて「貴女の能力は随分と怖いわね」と手を組んだ。
「触れたものを炎に置換する能力――けれど、今みたいに地面と同化している土の壁を置換した場合、この星と接続されているものをどう置換するか知りたかったのだけれど」
「フン、アンタもカルファスと一緒だね。小難しい事ばっか考えて戦いに集中しねぇんだからさ……っ」
「集中してるわ。集中しているからこそ、そうしてあなたの能力を真に知ろうとしているだけの事」
「そういう考え事する余裕がある風なのが気にくわねェって言ってんじゃんッ!!」
アルハットと餓鬼との戦いは一進一退。
どちらも攻め切る事が出来ずにいる状況であり、またアルハットも意図してそうした状況を作り出している。
また捕獲するとすれば、この中で一番容易いのは餓鬼であろう。
彼女はこれまでの流れからして、思考能力がそう高い方ではない。戦闘能力としても、応用の利きやすい豪鬼、シンプル故に当人の強さが目立つ斬鬼と異なり、触れさせさえしなければ、その豪炎もただの火炎でしかない。
「シドニアはアルハットに手を貸さないのかい?」
「それは君の動き次第だ、暗鬼」
「今の所この中で一番面倒なのは主じゃからな」
現在の状況は混沌としているが、しかし分かりやすく一騎打ちの状況が作られてきた事は間違いない。
イルメールと豪鬼は、そのイルメールに付与された二十倍率の重力が圧し掛かり、彼女の動きを抑制しているが故に、身体能力としては敵わぬ豪鬼でも相対出来ているし。
サーニスと斬鬼は、元より高い戦闘能力を持つ二者同士であるから、今は既に目で追いつけぬ程の斬撃による攻防が行われている。
アルハットと餓鬼は、アルハットが状況を握ってこそいるが、しかし餓鬼の能力が強力であるが故に攻め切れていない状況。
こうした中、動いている様子も見受けられない暗鬼を監視するシドニアと、アメリア。
「ドラファルド・レンダから君の能力に関しては聞いている。全てでは無いだろうが、君は相手の記憶に障害を引き起こす能力を持ち得、この障害は五人程度の人間へ同時に引き起こす事が出来ると言う」
「ああ、それは嘘じゃない。あの時はドラファルドにボクが活躍できる場を用意して貰う予定だったから、それなりに本当の事を話したよ」
「まことに面倒な能力じゃ。例えすぐに修復できるとしても、記憶に障害を引き起こす能力は使い所次第では世界をも滅ぼせるでのォ。
……そして主は、故にそうした能力を熟知し、自分が動ける場所で無ければ動かぬ事が出来る」
シドニアが無闇に暗鬼へと斬りかからぬ理由もそれだ。
暗鬼の持つ能力を活用すれば、シドニアの動きを如何にかく乱する事も可能だし、その隙を突いて他の面々――面倒なのはアメリアという戦闘能力を持たぬ彼女の暗殺なども容易であるという事だ。
(……失敗じゃの)
(ええ。確かにサーニスがいる事は好ましいですが、しかし姉上の警護が薄い状況で、危険に晒すのは得策ではない)
だが二者は気付いていないが、暗鬼も現在、自分が面倒な状況にあると考えている。
(アメリアがボクに注目してるのが一番面倒なんだよなぁ……アルハットもそうだったけれど、ボクの能力は障害を起こした記憶に関わるキィワードをすぐにでも思い出せる状況じゃ効果が薄い。
何の記憶に障害を引き起こすかによって変わるけれど、思考が柔らかくて早い人物は、その分だけ記憶障害からの回復も早い。だからアルハットとアメリアを早々に潰したかったのだけれど)
だが、その面倒と感じている心は見通させない。
暗鬼は微笑みをアメリアに向け、そして周りを見渡す。
(けれど、そろそろ作戦に動けると思う。その作戦が成功すれば、現状を幾らでも打破は可能だ。
人間は、共闘による団結力が非常に厄介な反面、そうした団結力が一つでも瓦解すれば、脆い物。
――そしてその瓦解した部分が、要であればあるだけ、建て直しは難しくなる)
戦闘を行っている六名は気付いていなかったかもしれないが。
その時、アメリアとシドニア、そして暗鬼の三人は、今戦場と化しているその場へと駆けつけてくる二人分の足音に気付き、アメリアとシドニアは、無意識的にそちらへと視線を向けてしまった。
――瞬間、暗鬼は自分の能力を発動した。
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