魔法少女の異世界刀匠生活

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第十二章

進化-12

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「何度総力戦をシミュレーションしてもね、君が煩わしかったんだよ。

 刀がどれだけ配備されようが、ボク達五災刃の手にかかれば有利な状況は幾らでも作り出せる。時間をかけてどれだけでも殺しきり、リンナの命か虚力を奪えると踏んだよ。

  でも君の突飛な思考から生みだされる魔術や魔導機は、正直どんな有利な状況を作ったとしても、状況そのものをひっくり返されかねない。

 だから、君というイレギュラーの一人をさっさと殺す事で、今後の状況をより良いモノにし易くする。その為に時間と手間をかけなければならなかった」

「餓鬼……ちゃんを、寄越した、理由も……結局は、私から……いえ、他の、皇族から……貴方の、事を……意識から遠ざける、為……っ!」

「そうだよ。アメリアなら分かってくれると思うけれど、どんな良い策略や手段だって、その方法を看破されてしまえば対処法なんか幾らでもある。

 なら、複数の策略を同時に企てて実行すれば、どの策が本命かなんてわかりっこないだろう?

  餓鬼はね、必要だったから利用したわけじゃない。動かせるコマをひとまず動かしておくかな、程度に投入しただけの事さ」


 今、僅かにカルファスが膝に入れていた力が弱まり、姿勢を崩した。

  その姿を見据えた暗鬼は、彼女の膝に軽く蹴りを入れて、カルファスを前のめりで倒すと、その顔面を地面に押し付けさせるため、頭を踏みつけた。


「貴様……ッ!」

「シドニア、あまり動かない方がいいよ。今のボクは誰にも記憶操作を行っていない状況だ。キャパシティは十分に空いているから、即座に君の記憶障害へ移る事が出来る。

 ――そうなった時、君はアメリアやアルハットのように、状況を冷静に見極めて行動できるかな?」


  クスクスと笑いながら、カルファスの頭を踏む足に力を籠める暗鬼。

  シドニアは、その脅しとも、事実ともとれる言葉を受け取りながら、リンナに背中を向けつつ冷や汗を流し、今全く無防備になっているアメリアにも目線を向ける。


(現状、守るべき優先順位としてはリンナ、カルファス、アメリアの順だ。これは変わらない)


 刀の配備数はある程度行き渡ったとは言え、まだまだ少ない状況に変わらない。不測の事態に備え、リンナという災いに対抗するための力を有する彼女を失う事は、皇族を殺され、国の混乱を招いたとしても必要な事ではある。


(カルファスの魔術回路と技術も、失い難い。戦力・兵器生産技術という意味合いでもそうだが、対災い案件が終了した後の国家運営という意味合いでも、彼女の技能は必要不可欠だ)


 シドニアはあくまで政治家だ。その思考は全て『レアルタ皇国』という国の維持と繁栄を鑑みて巡らされる。つまり『戦時中でも戦後の事を考えなければならない』のであり、カルファスは戦後に必要な人材だ。


(だがアメリアを放って、彼女という策謀家を失えば、それだけで国土安定に影響を及ぼす。彼女のカリスマ性はアメリア領土だけではなく各領土にシンパが存在する。彼女を失えばそれらが敵に回る可能性だってある)


 何という事だ、とシドニアは確かに冷静さを欠いた状況で唾を飲み込む。

  そうした、失い難い三人の面々を一堂に集め、その防衛が困難な状況を。

  その内の誰かを失いかねないという状況を、目の前にいる敵は、暗鬼という策略家は、作り上げたのだ。

  たった、二ヶ月という短い準備期間だけで。


「シドニア、君は確かに優秀な男だ。だがこの状況を君程度の優秀さで何とかする事が出来るかい?」

「……黙れ」

「いいや黙らないよ。今ボクの手には三人の命を奪える状況が握られている。そして君は、その三人の内誰を切り捨てるか、切り捨てなくても済む方法は無いか、三人とも失うのではないかという、希望と絶望を心中で渦にしている。そんな状況でまともに頭が働くはずもない。

 それをさらにかき乱せることが出来るなら、ボクにとってはより良い状況になるじゃないか。どれだけでも言葉を並べ立てて君を困らせてあげようじゃないか。


 ――君はアメリア程に先を読む力もない、半端物だしね」


「、黙れと言って――ッ」


 激高し、思わず身体が前に出そうになった瞬間の事だった。

  突如、暗鬼が視線をズラし、身体をカルファスから退けて、その脚部を振るった。

  シドニアには、空中を蹴りつけたようにしか見えなかったが、今鉄の弾かれるような音が聞こえたと思った瞬間、じんわりと滲み出る様に、地を転がる刀と、姿勢を崩した女性――クアンタの姿が浮かび上がり、そこで冷静さを取り戻した。


「やぁクアンタ。……現状最も動向を観察しなければならない二人目のイレギュラー」

「暗鬼」


 クアンタは既に致死量の血を流すカルファスの手を取ろうとするが、しかし彼女の手を奪い、捻る様にして防いだ暗鬼は、詰まらない物を見る様な蔑んだ目で、彼女の腹部を蹴りつけ、背中から地面へと転がした。


「君という存在が思い掛けず虚力を失い、戦闘力をなくしている事が、より有利に働いているけれどね、それでも君というイレギュラーに現場をかき乱されたらそれなりに困るんだよ」

「――状況を認識。シドニア、現状で最も重要な人材はお師匠とアメリアである。カルファス救出・防衛は困難と判断し、即時離脱を提言する」


 虚力を失い、感情を欠如しているクアンタにとって、既に虫の息と化しているカルファスに向ける余裕は無いと判断。

  だが、シドニアはそこまで冷静でいられる筈もなく、彼は剣と刀を構えたまま「しかしっ」と反論を口にしようとした。


「……状況認識のアップデート判断、シドニアは正常な思考を失っている状況である。この状況ではお師匠防衛は困難。私は独自に行動を開始する」


 背中から崩れた姿勢を即座に戻し、先ほど転がった刀を手に取ると、暗鬼へと斬りかかるクアンタ。

  だが暗鬼は、魔法少女へと変身もしていない、虚力も少なく戦闘力としても低下している彼女の振るう刃に斬られる筈もないと刃を避け、彼女の着込むミリタリーゴシックの胸倉を掴み、背負い投げで地面へと叩きつけた。


「損傷軽微、作戦を継続」

「君、元よりそんなにある方ではなかったけど、それでも随分と感情を無くしてるね。でも丁度いいや、カルファスと君を殺せば、それだけで今後の状況は安定するだろうし、それで手を打とう」


 クアンタの右手に握られた刀の柄を蹴り、転がした事で、彼女の戦闘能力を失わせる。

  さらには、遠慮する事も無く右足のつま先でクアンタの顔面を蹴りつけ、鼻の曲がったクアンタが「損傷中度」と言葉を発した。


「ねぇ……暗鬼、だった、よね……?」


 そこで、シドニアに守られているリンナが、声を発した。

  リンナがこの場で何かを言うと考えていなかった暗鬼が、クアンタの胸倉を掴んで彼女を持ち上げ、彼女の振るう力無い蹴りに意識を向ける事無く、リンナへ「なんだい?」と問いかける。


「ア、アンタは……人を、殺す事……何とも思わないの……?」

「クアンタや、カルファスを殺す事かい?」

「そうだよ……っ! アンタらが何を目的にしてるか、アタシには全然わかんねぇよッ!

 人類を滅ぼす事!? それとも、災厄って奴を世界にまき散らす事!? そんな事して何になるのさ!?」

「何になるって。君、自分が何言っているのか、分かっているかい?

  ボク達災いはさ、生まれた時からこの世界に災厄をまき散らすっていうシステムを勝手に組み込まれて生まれたんだ。つまりは定めって奴。それを成そうとする事に是非を問われてもね……うん、困るよ。

  じゃあリンナ、君は何故刀を打つ? 刀を打つ事は、世界が君に与えた役割かい? 違うだろう。それは君がしたいと願ったからそうしたんだろう?

 なら、それは君の自由意思であり、ボク達のようにシステムに定められた役割というワケでも無い。にも関わらず、それを君は成す。そっちの方がボク達からしたら『何故』だよ。

  そんな、意味の無い事に意味を求めるような人間に、ボク達のやろうとしている事を理解出来ると思えないし、してほしいとも思えないね」


  リンナはこれまで、災いという存在と語らう機会は無かった。

  災いは人間にとっての敵であり、自らの使命を遂行するために行動をすると、確かに理解はしていたつもりだった。

  だが、目の前にいる少年か少女かも見分けがつかない人物は、リンナの言葉を理解している。彼らにはそうした意思や感情があり、話が出来るのならば、彼らがどうしてその使命を遂行しようとするのか、その理由を聞けるのだと思っていた。


  ――いや、理由の如何を聞こうとしたのではない。

  ――リンナはただ、そこに何か、理由があって欲しかった。

  ――理由があれば、彼女はそれに、否と言えたのだから。
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