魔法少女の異世界刀匠生活

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第十三章

災滅の魔法少女-02

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 特異性質を持つ虚力同士は、反発し合う。

  リンナが放つ攻撃は一撃一撃に、リンナが打つ刀以上の虚力が込められている。

  それによって傷を受ければ、傷から入り込んだ虚力が災いの体内を犯し、いずれは全身を形作る虚力そのものを拡散させていく。

  今の餓鬼は直接虚力によって傷を受けたわけではないので、即死という事態は避けられたが――しかし彼女の身体から放たれている虚力の余波にあてられ、例えるならば出来た傷口を抉りに来るも同義だ。


「でも、なんで餓鬼の置換能力が……?」

「おいおい豪鬼、さっき私が言った解説をもう忘れたか?」


 クククと笑いながら豪鬼を小ばかにするかのように、しかし説明したくてたまらないと言った様子のヤエが、嬉々として口を開く。


「餓鬼の置換能力は虚力によって、炎に置き換える対象を包む必要がある。しかし、発動するために包もうと放出した虚力が拡散されてしまえば、能力が発動する前にオジャン、というわけだ」

「……なるほど、発動までの、タイムラグがある能力は、リンナが常時放出する虚力量によって、かき消されるってわけか……というか、アンタ誰だ?」

「ん? 私はしがない観戦者さ。名を知る必要は無いよ、五災刃」


 小うるさくはあるが、しかし邪魔をするつもりはないよと言わんばかりにニヤニヤとしながら煙草を吹かす彼女の姿に舌打ちしつつ、豪鬼は斬鬼と斬り合うリンナの姿を見据える。


「おい暗鬼、餓鬼は?」

「ダメ、気絶した。このままだと多分、中から自壊して消えていく」

「早く愚母の所に連れていく必要があるか――全く、オレのガラじゃないんだが」


 戦況は既に膠着、というよりは混乱状態と言っても良い。


  元々戦闘能力のないアメリアは恐らく事態を冷静に把握こそしているだろうが、ともかく現状は五災刃にとっても脅威はない。

  先ほどまでリンナを守る役割を果たしていたシドニアは、その優れた頭脳でも把握しがたい現状を見据えてただ茫然とせざるを得ずにいる。

  イルメールは――動き、リンナの援護へと動こうとするサーニスの肩を取って、ただ静かにリンナの動きを見据えている。

 彼女に現在もかけられている重力操作の影響もあるかもしれないが、しかし彼女という戦闘狂がその程度で動きを止めるとは考え辛いし、何よりカルファスを殺されている状況で、冷静に居られる理由も分からない。

  アルハットは、餓鬼によって焼かれた皮膚を、水銀をタオルのようなもので包んであてがい、冷やすようにしている。恐らくは餓鬼の炎によって内臓まで傷つけられた可能性もあり、彼女もそう動く事は無いだろう。

  クアンタは、既に体内の虚力量が自身の身体を構成する分しかないのか、リンナの動向をただ眺めているだけ。彼女も脅威にはなり得ない。

  何より――リンナというイレギュラーの力があれば、現状五災刃を殺すには十分と、皆心の中で無意識に感じてしまっているからこそ、自分が動く事によって彼女の邪魔となる可能性を鑑みている可能性はある。


「……斬鬼、交代だ……っ」


 豪鬼の言葉に、斬鬼も「応よ」と答えながら、振り切られたリンナの刃を避け、彼女へ触れぬように地を蹴って後退。


「逃がすか――ッ!」


 表情をしかめながら斬鬼を追おうとするリンナ。

  だがその寸前、豪鬼が斬鬼よりも前に立ち、リンナの持つ長太刀【滅鬼】に向けて、手をかざした。


「おおっ」


 遠くからヤエの驚くような声が聞こえたが、それは無視。

  現在イルメールに圧し掛かっている、二十倍率の重力操作を解除すると同時に、長太刀【滅鬼】に十倍率、リンナの身体に五倍率の重力を与えると、彼女は一瞬だけ動きを止め、滅鬼を地へと落とした。


「ッ、――しゃら、くせぇッ!!」

「しゃらくさくても良いんだよ……っ!」


  さらに、自分の身体に五倍率の反重力操作――つまり重力の逆転現象を行う事で、地を蹴ると共に浮遊を開始。

 豪鬼の重力操作は【合計数二十倍率の重力を操る能力】であり、それは単純に重くする能力ではなく、逆に反重力効果を生み出す事により浮遊等も計算に入れる事が出来る。今回で言えば、滅鬼に与える十倍率の重力操作、リンナに与える五倍率の重力操作、そして自身に与える五倍率の反重力操作で、計二十倍率、と言った形である。

  一瞬だけ動きを重くしたリンナだったが、豪鬼のかけたリンナ本人への重力操作をすぐに破るように俊敏に動くものの、振り切った拳は宙に浮いていた豪鬼には当たらず、彼はリンナの背後に着地すると、自分にかけていた五倍率と、リンナによって強制的に解除された五倍率の重力操作を合わせ、十倍率を今一度与える。


「なるほど、考えたなぁ豪鬼。お前の重力操作は対象の相手そのものに虚力で干渉するわけではなく、該当物質が触れる空間――というより重力に虚力で干渉する能力だ。リンナさんの持つ虚力で重力に干渉し、強引に解除は出来るが、その解除はワンテンポ遅くなる、という戦法だな」


 既に誰も聞いていないが、しかしそうした戦法を取る事によってリンナの動きを抑制する事に成功した豪鬼は、次なる問題点を斬鬼へと彼なりに叫ぶ。


「……斬鬼、イルメール、頼んだっ」

「了承であるぞ豪鬼殿」


 そう、問題としていたのは、リンナだけではない。

  豪鬼が二十倍率の重力操作を彼女へと与えて、ようやく大人しく戦うようになった暴れん坊、イルメールである。

  彼女は自由になった自身の身体を認識すると、ニヤリと笑いながら腕をブンブンと回した後、サーニスの持っていた打刀【キソ】をひったくり、その刃を以て突撃を開始した。


「リンナ、流石オレの見込んだ女だ――ッ!!」


 数十メートルは離れていた筈の場所から、一瞬で斬鬼の下へと辿り着いていたイルメールが、空中で身体を一回転させると、その回転による運動エネルギーを全て還元させるかのように、斬鬼の構えた刀の刃を、叩き折る程の力で参戦。


「おうおうおうッ!! 斬鬼だったか!? その程度の力でオレの育てたサーニスを殺せると思ってンのか!?」

「ッ、見事なり、いるめぇる殿……ッ!」


 だが、これで時間を稼ぐこと、より戦況をかき乱す事に成功した。

  斬鬼と暗鬼、そして豪鬼はそれぞれのやり方を再認識した後――動いた。


  斬鬼は、今強く振り込まれたイルメールの振る刃を避けて地面へとめり込ませると同時に、彼女の顎に向けて左手の掌底を打ち込み、一瞬だけ動きを抑制するとそのまま身体を構成する影を拡散させると、姿を消して視認できぬように。


「ッ、斬鬼、テメェッ!!」


 叫び、斬鬼の居場所を探そうとするイルメールと、サーニスに向けて、暗鬼は脳の認識操作を行う。

  操作の内容は『餓鬼と暗鬼の姿を認識出来ぬようにさせる』事であり、暗鬼は餓鬼の身体を抱えながらイルメールとサーニスの隙間を縫うように駆け出す。


「っ、サーニス!」

「は、はいっ!」

「餓鬼と暗鬼を追え!」


 呆然としているサーニスに声をかけ、餓鬼と暗鬼の事を追わせようとするシドニアだったが、しかし彼女達の事を認識できずにいるサーニスが再び認識できるようになるまで、数秒ほどだが時間を有する必要があり――シドニアは舌打ちしつつ、森林地帯の奥へと逃げていく二者を見送る事しかできずにいた。


「認識操作か……っ!」


 残るは豪鬼だが――彼は自身の存在する空間にマイナス二十倍率の重力を与える事によって急速な浮遊を行い、既に誰もが至る事の出来ない高みへとその身を置いて、危険性が下がった事を確認すると、そのまま姿を消して消えていく。

 視力も強化されているリンナにとっても捉える事が出来ぬ状況で――彼女は舌打ちをしながら、今刃を収めた。


「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」


 息を整えながら、しかし心中収まらぬ怒りを何とか抑え、彼女は変身を解く。

  災滅の魔法少女から、リンナへと姿を戻した彼女は、ただ呆然と立ち尽くしながら、溢れる涙を堪える事無く、死亡したカルファスの亡骸に向けて、歩み出す。


「……ゴメン、ゴメンナサイ、カルファス様……ッ!

 アタシ、カルファス様の仇、討てなかった……ッ! カルファス様が死ぬ前に……、戦う事が、出来なかった……ッ!」


 彼女の血に塗れても気にする必要など無いと言わんばかりに、リンナは嘆きを口にする。

  そんな彼女に、ただ押し黙りつつ近付き、労いと慰めの言葉でもかけようとする、シドニア、サーニスの二名だったが……。


  
  そこで、イルメールがキョトンとした顔で、首を傾げた。




「え? カルファス、多分死んでねぇぞ?」




 ……ん? と。

  今リンナが流していた涙を引っ込め、その言葉を放ったイルメールと、視線を合わせる。


「……んん? ど、どういう事イルメール。カルファス様、心臓も潰されて、死んで……え?」


 混乱するリンナ、そしてイルメールに近づき彼女の頭を殴るのは、シドニアだ。


「イルメール! 確かに私とてカルファスの死を受け入れがたいのは同様だが、彼女は明らかに死んでいるだろう! それを希望的観測で悪戯にリンナへ希望を持たせるな!」

「あの、イルメール様、そのお言葉は傷心なされているリンナさんを傷つける発言にもなります故、シドニア様の仰られるように、控えられた方がよろしいかと……」


 サーニスも言葉には気を付けているが、概ねシドニアと同意見だったらしい。

 だがイルメールは尚も「え? え?」と彼らに視線を向けながら「オメェ等知らねぇの!?」と驚いた。


  彼女が何に驚いているのかが理解できず、リンナ、シドニアとサーニスは、混乱するしかない。


「知らないとは、何がだ……?」


 ようやくシドニアが口を開いた言葉に、アルハットもため息をつきながら腹部を冷やしつつ近付き、アメリアがそんなアルハットに肩を貸しながら、三者へ言葉を投げる。


「あー……シドニア、サーニス、リンナ。すまん、吾輩もイルメールの意見に賛成じゃ。


 ……恐らくじゃが、カルファスは生きておる」
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